Ichi

私は関東のある山村で、学歴も手に職もない親の元に生まれ、壁がずり落ちるような家で、イモ…

Ichi

私は関東のある山村で、学歴も手に職もない親の元に生まれ、壁がずり落ちるような家で、イモのツルや、トウモロコシの粉のすいとんを食べ、学校の同級生や隣近所から好奇な蔑みの目で見られながらも、持ち前の精神力で貧乏をものともせずに耐え抜いてきました。その過程を詩で綴ってみました。

最近の記事

極貧詩 341           旅立ち㉖

先生は俺の目を食い入るようにじっと見る 「早く話せ」と目が言っている 俺は転機の出来事を話し始めた 「小5の後半のことでした」 「産休代理の先生の国語の授業の時でした」 「また退屈な国語かあ、と投げやりな感じでいました」 「今日は作文よ!と先生はニコニコ顔でした」 「そんなのヤだよ!」 「めんどくせえなあ!」 「書くことなんかねえよ!」 「俺たち貧乏三羽烏はもちろん多くが不平三昧でした」 「はい、静かに!原稿用紙を2枚ずつ配りま――す、と楽しそうでした」 「先生のおどけた

    • 極貧詩 340           旅立ち㉕

      卒業式終了、校庭に残っているのは担任の先生 ヤッちゃん、シゲちゃん、俺の貧乏三羽烏 俺達をわざわざ呼び戻して贈ってくれる激励の言葉 これから家族の要になって農業をしていくヤッちゃん 東京の工場での仕事に全力を傾けて臨むヤッちゃん 無理を覚悟の経済状況を押して公立高校進学が決まった俺 「最後に俺に言っておきたいこと」とは何だろうか 先生は瞬きもしないで俺の目をじっと見る 数十秒間の緊張感で落ち着かない沈黙が続く おもむろに先生が口を開く 先生の言葉に自分の言葉を重ねていく

      • 極貧詩 339           旅立ち㉔

        卒業式の後の宝物のような時間 担任の先生からの珠玉の「はなむけ」の言葉 順番にヤッちゃん、シゲちゃん、俺に語り掛けてくれる 語り掛けはさらに続いていく 話は小学生時代にさかのぼっていく 先生は俺たち3人の顔を順番にゆっくり見ながら話す 貧乏な子供たちの唯一の味方、安藤先生から聞いた話だという 俺達も先生の話に口をはさむ 「頭のてっぺんから足先まで貧乏がまとわりついていたそうだな」 「そうかもな、ひでえ格好してたんだんべなあ」 「ヤス、シゲ、イチ、気を悪くしないでくれよ」

        • 極貧詩 338             旅立ち㉓

          「いざ分かれ目」の最後の最後 担任の先生が俺たち貧乏三羽烏を呼び戻す 一人一人順番に「はなむけの言葉」 何で俺達だけにと疑心暗鬼 先生から俺達への愛情満載の心に刺さる言葉 それほど俺たちは印象深かったのか それほど俺たちは目立っていたのか それほど俺たちは気になる存在だったのか それほど俺たちを気にしてくれていたのか 今となっては感謝の思いが胸深くから湧き出て来る 37名平等に「娘、息子」として目を配ってきたという先生 34名の同級生からの蔑みに近い好奇の視線が痛かった

        極貧詩 341           旅立ち㉖

        • 極貧詩 340           旅立ち㉕

        • 極貧詩 339           旅立ち㉔

        • 極貧詩 338             旅立ち㉓

          極貧詩 337             旅立ち㉒

          卒業式終了後の思ってもいなかった担任の先生の「総括」の言葉 ヤッちゃん、シゲちゃんの順に涙腺を刺激する「愛」の言葉 中学校入学以来俺たち貧乏三羽烏のことをずっと気にかけてくれていた 最終学年の担任として俺たちのことを陰に日向に見てくれていた 同級生37人の中で俺たち3人の貧困状況は飛びぬけていた 他の男子数人、女子数人も貧困ではあったが俺たちには「敵わない」 着ているモノ、持っているモノを見るだけでその差が際立っていた 俺たち3人は小学校1年生の時から「筋金入り」の貧困状況

          極貧詩 337             旅立ち㉒

          極貧詩 336             旅立ち㉑

          ヤッちゃん、シゲちゃん、俺、3人はまだ中学校の校庭にいる 母親たちは「別れの木造橋」でおしゃべりに興じている 先生が俺たち3人に一人ずつ「はなむけの言葉」を贈ってくれる まずはヤッちゃん、感激の態で顔が紅潮している 次に先生はシゲちゃんの顔を「穴が開くほど」じっと見る シゲちゃんは緊張しているのか直立不動の姿勢でいる 先生がしばらくの沈黙の後ゆっくり話し出す 「お前も今日まで俺の息子だからシゲって呼ばせてもらうぞ」 「3学期のお前は目を見張るような成長ぶりだったなあ」 「

          極貧詩 336             旅立ち㉑

          極貧詩 335             旅立ち⑳

          「別れの木造橋」への距離は近くて遠い 感涙の卒業式が終わり、中学校の校庭は閑散としている 用務員のおじさんとの最後の挨拶のやり取りにまた涙 今まで我慢していた涙は今日一気に流し切ったかのようだ 今度は用務員のおじさんと一緒に立っている担任の先生 「こっちへ戻って来い」の手招きに自然に体が動く 貧乏三羽烏に最後に伝えたいことでもあるのかと疑心暗鬼 先生はまっすぐ3人を見据えている さらにせわしく手招きをして「早く来い」と催促している ヤッちゃんが最初に口を開く 「先生、本

          極貧詩 335             旅立ち⑳

          極貧詩 334             旅立ち⑲

          「別れの木造橋」はすぐそこに近づいている ヤッちゃんと俺、ヤッちゃんとシゲちゃん、シゲちゃんと俺 お互いの心の思いをしっかり伝えることができただろうか まだまだ言い足りないことがたくさんあるような気がしている 言葉にはできないことがまだたくさんあるような気がしている 貧乏三羽烏の9年間を振り返ってみると本当に「楽しかった」 ヤッちゃんが突然大声を上げる 「おい!大事なことを忘れてるど!」 俺とシゲちゃんはその声に驚く 「ヤッちゃん、どうしたんだい?」 「何を忘れてるっちゅう

          極貧詩 334             旅立ち⑲

          極貧詩 333             旅立ち⑱

          「別れの木造橋」に向かってゆっくりと歩を進めていた 俺、ヤッちゃん、シゲちゃんの静かなエール交換 鼻垂らし3人組の今までの思いがほとばしり出る 小学校、中学校と変わらず友情関係が続いてきた 貧乏三羽烏は3人一体で9年間を過ごしてきた 陰に陽にかかる貧困ゆえの重圧に3人で耐えてきた 学校という閉鎖空間には1人だけなら耐えられない重圧があった 「自分より下」を蔑むクラスメートの視線が痛かった 「あの貧乏人たち」と言う聞えよがしの陰口が胸を刺した 貧困三羽烏の共通項の一つは「

          極貧詩 333             旅立ち⑱

          極貧詩 332             旅立ち⑰

          坂道を下って木造橋を渡れば3人の別れが待っている 小学校低学年から中学3年生終了の今までの友情関係 各地域では誰もが知る貧困家庭に育った貧乏三羽烏 同じ境遇を切り抜けてきた3人の結束は固いものがあった 1人だけだったらプレッシャーに打ちひしがれていただろう 恥ずかしさも屈辱もことあるごとに3人で分け合ってきた 今日がじっくり言葉を交わせる最後の機会になるかもしれない ヤッちゃんがシゲちゃんにお互いへのエールを込めて話し出す 「シゲちゃん色々とありがとな、ほんとうに楽しか

          極貧詩 332             旅立ち⑰

          極貧詩 331             旅立ち⑯

          3年間お世話になった、川に架かっている木造橋 坂道を下る途中で見えてくる いつもヤッちゃんとそこで待ち合わせて3人で渡った 今日は心を騒がす、わずか10メートルにも満たない橋 中学3年間の往復歩数は合計何歩になるのだろうか 下を流れる川は四季折々いろいろな姿を見せてくれた 坂道の角を曲がって木造橋の端が見えてくる 3人で静かなエール交換を始める 最初に俺とヤッちゃん 「ヤッちゃん色々とありがとうな、本当に楽しかったよ」 「俺だってそうだよイッちゃん、俺こそありがとうだよ」

          極貧詩 331             旅立ち⑯

          極貧詩 330             旅立ち⑮

          卒業式の余韻が残る別れの坂道 こんな風にゆっくり坂を下りるのもこれが最後 万感胸に迫りさっきから熱いものが胸にこみあげている 3人で一緒に耐えてきた「明るい」貧困 9年間の「苦しい楽しい」思い出が去来する 口に出さずともお互いの心情が共有できた 俺の思いはさらに口からほとばしり出る 「着ているモノとか持ちモノでずいぶん陰口言われたよな」 「継ぎ当てだらけだよなあ」 「ツンツルテンだよなあ」 「いつもおんなじモノだよなあ」 「ちょっとくせえよなあ」 「鉛筆あんなになるまで使

          極貧詩 330             旅立ち⑮

          極貧詩 329             旅立ち⑭

          ヤッちゃん、シゲちゃんの順に饒舌に心の内を吐露 まるで前から決めていたかのように思いの丈を語る 今度は当然俺が自分の思いを2人と自分に語る番だ 心の中には過ぎし日々の思い出がゴッソリ詰まっている 言葉に出してしまうと陳腐になってしまうかもしれない それでも今がしっかりと思いを伝える最後のチャンスだ 気づかれないようにまずはゆっくり呼吸を整えた 言いたいこと、伝えたいことがほとばしり出そうだ ヤッちゃんとシゲちゃんに交互に目を合わせる 「俺の方こそ2人には心から本当に心か

          極貧詩 329             旅立ち⑭

          極貧詩 328             旅立ち⑬

          貧乏の星のもとに生まれた三羽烏 俺、シゲちゃん、ヤッちゃん 生まれてから今の今までついて回った貧困 小学生時代「貧乏」を意識し始めたのは2,3年生の頃か 3人がお互いの服装、顔つき、言動が似ていることを察知 以来自然にひかれあい思春期の今も同じ行動をとっている ヤッちゃんの心情吐露の後今度はシゲちゃんが話し出す ヤッちゃんの話に心を打たれ下を向いていた顔を上げる 「ヤッちゃん、イッちゃん、俺は2人に感謝してるんだ」 「2人がいなかったら俺はいじけた貧乏人のままだった」

          極貧詩 328             旅立ち⑬

          極貧詩 327             旅立ち⑫

          中学校生活最後の日の帰りの通学路 最後の足取りを残すかのようにゆっくり歩く 坂道が終わりかけたころヤッちゃんがおもむろに話し出す 「俺はおめえらがいてくれて本当にありがたかったよ」 「一番貧乏で、一番馬鹿な俺に付き合ってくれて本当にありがとな」 「おめえたちといると頭の良しあしとか関係なかった」 「金のあるなしなんてもっと関係なかったよな」 「最後に百姓でもちゃんと勉強が必要なんだって気づかせてくれたよな」 「俺最初は大工になりたかったんだ」 「でも大工だと家を離れて親方の

          極貧詩 327             旅立ち⑫

          極貧詩 326             旅立ち⑪

          この坂を下るのもこれが最後になる 胸に去来するよしなしごと その中には浮かんできて胸をチクリと刺すことも多い 幼少時、小学生時代、そして中学生時代 俺、シゲちゃん、ヤッちゃんの変わることのなかった共通項 影に日向に尻尾のようについて回って来た貧困 3人でお互いに精神的に支え合って乗り越えてきた これが俺一人だけだったらどうだっただろうか 考えただけでも身がすくむ思いがする 自我が芽生えてからの小学校高学年時代 ボロの重ね着が周囲から浮き上がり貧乏を際立たせていた 月末の

          極貧詩 326             旅立ち⑪