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【深夜の1時間創作】ビリヤード2【投げ銭】

【まえがき】

限られた1時間で好きなことを書くシリーズです。念のため述べておきますが、毒にも薬にもなりません。「ただの日記」としてお楽しみいただけましたら幸いです。では、ドウゾ。

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【前回の話】

「入んないっすねえ」

僕が盛大にショットを外したのに対し、ため息交じりにだいちゃんが言った。

「そろそろキメてくださいよー、だんだん眠たくなってきました」

「じゃあ、だいちゃんがキメたらいいじゃない」

苦笑しながら台を離れる。交代で、だいちゃんが台に近づく。

「そんなこと言ったって、入んないっす、もんっ!」

ストレスを一気に発散させるような、力づくのショットだ。これはもはや、入れる気がないんじゃないか。打たれた手玉は、狙うべき9番目の球の上をポンッと飛び越えてしまった。

「あら、あら、あらららら」

と俺。入らないどころか、当たらなかったら「ノーヒット」となり、「ファウル」となるのがナインボールのルールだ。ファウルになってしまうと、次の相手がどこでも好きなところに手玉を置いて試合再開できてしまう。相手に大チャンスを与えてしまうわけだ。

「これでキメてくださいよー」

やる気なく言うだいちゃん。勝負よりも、ただ早く終わりたいんだろう。「やれやれ、しょうがねえな」なんて言いながら、僕は9番目の球が真っすぐポケットに入れられる位置に球を置いた。

これでようやく終わり――と思ったが。

「うわ、まじすか、ありえねえ」

心底呆れた、という感じでだいちゃんが言う。

手玉に当たって真っすぐ転がっていったかに見えた9番目の球は、ポケットに入るどころか、跳ね返ってまたあらぬ方向に転がってしまった。

「もー、なーにやってんすか、本当にもう……」

そう言うだいちゃんに、恥ずかしさと情けなさで顔が真っ赤になる。

「ああ、えっと……やっぱ、やる気ないで終わるのって良くないじゃんか。最後はやる気出してちゃんと決めろって言われてるんだよ」

恥ずかしさ隠しに冗談を言うが、

「誰が言ってるんですかそんなこと」

「ほら、えっと……ビリヤードの神様?」

「はっ、なんですかそれ。オカルトになんか興味ありませんけど」

いや、そんな風に言わなくてもよくね?言葉のアヤというものがわからないのか、そもそも僕の冗談がつまらなすぎたのかもしれないが……。

「まーた、おもしれえことやってるな」

と、笠原がやってきた。こいつも同じ大学出身の生徒だ。

笠原と僕たちは、寮のグループ番号も同じだ。寮はいくつかのグループに分かれていて、各グループ6人までいる。グループの部屋の中がさらに3つの部屋に分かれ、それぞれ2人ずつで生活しているわけだ。

僕とだいちゃんはルームメイト同士だが、広い意味では笠原もルームメイトと呼んでいいかもしれない。部屋から出たら真っ先に「おはよう」と呼び合う仲である。

「俺も混ぜてくれよ」

笠原がそう言う一方で、僕とだいちゃんは顔を見合わせる。混ぜろって言っても、残り1球だぞ……?と思ってフリーズしていたが、先にだいちゃんが動いた。

「はい、じゃあ、ブレイクショットからやり直しましょーかー」

とか言いながら、せっかく落とした1番から8番までの球を集め、台の上に並べ始めた。おいおいおい、また最初からかよ、と思ったが、この場合は、むしろそうした方が早いと判断したんだろう。

或いは、眠たすぎて、どうでもよくなったのかもしれない。知らんけど。僕はさっきの恥ずかしいミスもまだ引きずっていたし、それが帳消しになるなら何でもいいやと思ってしまった。

「じゃあ、俺から打たせてもらうぞ」

と、勝手に笠原がキューを持って構える。僕もだいちゃんも何も言わなかったが、別に抗議する気も起きなかった。

「シュッ!」

なんて妙な掛け声を上げながら、笠原がブレイクショットを決める。カンッ、カンカンカンッ。弾ける数字の球。オレンジが落ち、赤が落ち、緑が落ち。おいおい、一発目から落ち過ぎでは、と思ったが。

「あ」

と、思わず俺は声が出た。黄色い帯の入った球も落ちてしまった。つまり、最後に落とすべき9番目だ。

「あーあ、やっちゃった」

と笠原。この場合、ブレイクエースと言って、笠原の勝利である。

「悪ぃな、つまらんことしちまった」

と言いながら、キューを台の上に投げ出し、口笛を吹きながらビリヤード場を出ていった。

「……どうします?」

とだいちゃん。

「どうするったって……」

と、俺。はぁ、と、だいちゃんに盛大に溜め息を吐かれた。

「ビリヤードの神様は、何て言ってますか?」

「えっ……いや、だいちゃん、さっき、オカルトは信じないって……」

「いや、真面目かよ」

いや、年上に向かってタメ語かよ。なんて、ツッコむことすら忘れていた。まぁ、その時点で結論は出ているじゃないか。今夜は、もうおしまいである。笠原がブレイクした球を粛々と二人で片づけ、僕ら2人も部屋を後にした。

寮のグループ部屋に戻る。時刻は夜の11時を回っていた。リビングでは、笠原のルームメイトである、クソ真面目な田尻が明日の授業の予習なのか、分厚い辞書を片手に英語の長文が書かれたプリントの読解に勤しんでいた。

僕らが部屋に帰ってきたのに気づき、田尻はプリントから顔を上げ、

「あ、笠原見ませんでした?」

とか訊いてくる。

「え、さっきビリヤード場に来たけど、あいつ、帰ってきてないの?」

「ビリヤード場に行ったんですか……」

「ああ、急に割り込んできたかと思ったら、ブレイクエースをキメて、すぐ出てったけど……」

「なるほど……ということは」

チッ、と、そこで田尻は舌打ちをした。

「また、女子寮に行きやがったなあいつ」

クソ真面目な田尻の口から、「女子寮」なんて言葉が出てきて、プッと思わず吹き出してしまった。

一応、滞在先のこの大学で、夜間の異性交遊は禁止されているハズだった。しかしそんなルール、簡単に破っているという生徒が何人かいるのも、風の噂で聞いていた。周りに迷惑がかからなければいいが。くれぐれもヘタに教師にバレて、我らが母校の名誉に傷がつくような事態は避けて欲しいものだが……。

まぁ、所詮は日本の三流大学に、名誉もクソもあったもんではないが。

結局、笠原が帰ってきたのは、翌朝6時のことだった。そう、朝8時に洗面所で出くわした田尻から聞いた。それまで、いったいどこで、誰と何をしてきたのだろうか。田尻の話によると、何も言わずに「くかー」とイビキをかいて寝始めたそうである。その首筋には、何やら痣みたいなものができていたとか。

「あれ、キスマークですよ。間違いない」

また、クソ真面目な彼の口から、朝っぱらからそんな言葉が出たのが、なんだか笑えた。

(完)


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