スポーツとは競技のことではなく、人生そのもの。そこで得られる友達、指導者、生活… 「子どもたちの人生を創る」という意味で 大きな力を持つものだと思う。

大阪府教育庁
教育振興室 保健体育課長
田中 実

―――今回は行政の立場から見た「スポーツの力」についてお話をお伺いしたいのですが、まずは大阪府の教育振興室保健体育課というセクションが普段どういう活動やお仕事をされているところかお聞かせいただけますか?

 結構幅の広い仕事なんですけど、大きくは「保健」と「体育」という二つがあります。まず「体育」の方で言いますと、学校での体育を通じた体力向上というものです。子どもたちの体力を測るスポーツテストが毎年ありまして、その点数が全国と比べて大阪府は相対的にかなり下位にある状態が続いています。それが子どもたちの全てを表すわけじゃないのですが、一つの指標として受け止めて体力テストの結果を少しでも向上させようというのが、我々の「体育」での今一番の課題ですね。

 「保健」については二つの意味があります。「学校保健」と「安全教育」。安全教育は交通安全とか防災教育とか。6月に大阪府北部地震がありました。災害に備えて、子どもたちへの防災教育をどうすべきかということですね。また防犯や交通安全は、例えば不審者や交通事故から子どもたちをどう守り、それをどう教えていくかということを考える仕事です。それともう一つ、課の名前には出てこないですが学校給食。給食の衛生管理やアレルギー対策も我々の大切な仕事の領域の一つです。

 私は教員出身ではなく、行政の仕事をずっとやってきました。直前は住宅まちづくり部というところで大阪のグランドデザインを描く仕事をしていました。ほかには企業誘致や私立幼稚園に関することや、約20年前の「なみはや国体」にも携わりました。また、人事、予算などの内部管理系の仕事のほか、府内のある市に出向もしていました。数えてみるとこれまで十四回異動をしています。その一つとして、10年ほど前に教育委員会に六年間いた事がありまして、今回2回目の教育委員会での仕事です。そういう経緯なので、以前から「保健体育」に詳しいわけでもなく今の仕事に就いたことで、管理スパンの広さと言いますか、その責任の大きさを実感しております。

―――大きな課題であげられた「体力」を上げていくための具体的な取り組みについて教えてください。

 一つの指標としてテストがあります。低いから上げる、単純にその為のテスト対策をすれば数値が上がるかもしれない、つまり受験勉強の傾向と対策みたいなことですよね。でもそれはちょっと違うんじゃないかなと思っています。

 そこで、体育の専門大学に協力をお願いして、そこの先生に小学校に教えに行って頂くという取り組みをやっています。その他にも、ラグビーやフットサルのプロのスポーツ団体さんなどにも協力をしてもらっています。具体的には、普段、選手に対して取り組んでいる専門性の高いメニューなどをベースにしながら、子どもたちに分かりやすくアレンジして教えてもらうということを年に数回、通常の体育の授業の中で実施しています。

 先に結論を言いますと、それによって「身体を動かすのが楽しい」と思える子が増えました。やはり、楽しいと思えると子どもたちは身体を動かしたくなるんですよね。もちろん、大阪には何百校と学校がありますので、その全てで実施するわけにはいかないんですが、まずはそういう取り組みをやってみて、こういう事をやれば子どもたちはやる気になるんだとか、こういう風に教えたら伸ばしてあげられるんだっていう事を、実際にプロの方に教えてもらって現場の先生方に感じ取って頂いています。

「子どもたちのイキイキとする姿を見られるようにするため」という考え方が、我々の仕事の最も大きな要素を占めている。

―――数値が伸びてない一つの要因としては、子どもたちが体を動かす楽しむきっかけやノウハウが少なかったということがあげられるということですね。

 それは大きな要因だと思います。私の幼い頃は、近くの公園などで遊んでいた経験が沢山あったなと思います。T∨ゲームはないですし、楽しみといえば友達と外で遊ぶ事みたいなところがありましたからね。そういう機会が格段に減っているというのはみなさんの周りでも実感されていると思います。だから基本的な運動量が少なくなっているのは事実なんですね。そんな中で運動量を増やそうと思えば、学校での体育の授業がとても重要になってくるんです。

 しかし、小学校の先生は体育専門の先生ではないんです、オールラウンド。つまり体育だけを専門にされているわけではないですから、例えば運動量を増やすにしてもどうしたら良いのかっていうところは少し不得意だったりする先生も沢山います。

 例えば授業を見学に行くと、ここは私の主観なんですけども、どうしても小学校の先生はルールを大切にされるところがあります。鐘が鳴りました、整列しなさいという規律から入って、先生が説明している間は三角座りでじっとさせて、じゃあ笛がピッと鳴ったら始めなさいというところがあって。体育なのに子どもたちが動いていないなと感じたりもしました。

 それが、先ほどお話したようなプロの指導者の方々に普段実践されているメニューで授業をしてもらうと、鐘が鳴ってから鳴り終わるまでずっと走りっぱなし、動かしっぱなしなんです。失敗しても構わないからとにかく動き回ること。最初から最後までとにかく止まらせない。それだけでも運動量が全く違います。私は教員ではないので、現場の先生から見たらそういうやり方は違うという意見も出るかもしれませんが、体育の授業ぐらいはそれでもいいんじゃないかなと思います。

 スポーツテストの結果だけを見て一喜一憂してもそれはナンセンスだと思っています。先生が上手に子どもたちに指導をして、頑張ったねとか、こうやったらもっと良くなるよと言って、子どもたちがやる気を起こしてくれれば結果は後から付いてくると思っていますし、むしろそういう環境を作るところから取り組んでいかないことには進まないんじゃないかと思います。

 現場の先生方に対しても、テストの点数を上げる為に頑張って欲しいと言っても絶対に動いてくれません。それは私だって一緒です。とにかく点数を上げれば良いからと言ったらそれはちょっと違うでしょとなってしまいますよね。「子どもたちのイキイキとする姿を見られるようにするために、先生、力を発揮してくれませんか?」という考え方が、我々の仕事の最も大きな要素を占めているなと思っています。

記録のためという事ではなく、子どもがやる気を起こしてくれるための支援ならいくらでもしていきたいという思いがあります。そのアプローチで子どもたちが輝くことが出来れば、それが一番。

 ―――現場で指導される学校の先生方や行政の方々の考え方が、子どもたちの体力向上に大きな影響を与えるということですね。

 そうですね。例えば、テストの現場に行くと、本当に一生懸命子どもたちに声をかけて、頑張れ頑張れ! こうやるんだよっていう事を説明してくれる先生もいらっしゃいます。一方で身体測定のような感じで淡々とされてる場合もあります。でもそれは学校からすれば学力など沢山の取組みをする中で、どうしても短い時間で実施しないといけないということがありますから、それはそれで仕方がないところもあります。

 だからこそ、我々はそういうところをサポート出来たらと思って、子どもたちが頑張れるようなコツを示したポスターを作って配布したりもしています。たとえば握力計は声を出しながら握ると記録が出やすいとかね(笑)。実際にそうなんですよね。子どもたちに何も言わないで1回やってもらい、次に声を出してやってみたら「おー伸びた!」みたいな(笑)。子どもはそれだけで喜ぶんです。

 記録のためという事ではなく、子どもがやる気を起こしてくれるための支援ならいくらでもしていこうという思いがありますね。コツを伝えたら子どもがとてもやる気を起こした、出来なかったことが出来るようになった、勝ち負けではなくて目標を越えようと頑張った。その事によって勉強も頑張れるようになったとか、生活態度も良くなったとか。誰にでも先生や友達にちょっと褒められただけで嬉しいっていう経験ってありますよね?それが本質だと考えています。

 私はたまたま保健体育という分野でアプローチしていますが、学校には色々な教科や分野がありますから、それぞれのアプローチで子どもたちが輝くことが出来れば、それが一番だと思います。我々の分野はそのうちの一つです。

―――ところで田中課長も現場に行って指導をされるんですね。

 僕、机上で仕事をするの嫌いなんです(笑)。しょっちゅう現場に行きます。体操服着て、やっています。子どもの気持ちに少しでも近付けたらなと思うので。部下からは「課長そこまでしなくても」という声もあるんですけど、やっぱり現場に出て子どもの良さや先生の良さを肌に感じる事が大事だと思っています。教育委員会というところは普通にやっているだけではどうしても現場と離れてしまうという意識があるんです。なぜなら大阪府という立場から見ると小学校の現場というのはものすごく遠いんです。教育の現場があって学校があって、それを管轄する市町村の教育委員会があって、府の教育委員会があって、そして文部科学省があるという構造なんですよ。だから府の人間が小学校の子どもたちに直接会える機会がなかなかない。

 その構造の中で、大阪の子供たちの体力向上をどうしようかっていう課題に対して、机上でああだこうだ言ってもダメなんです。だから部下にも「とにかく現場に行きなさい」と言っています。そしたら今まであまりそういう機会がなかったようでみんな喜んで行ってくれています(笑)。

教育は時間がかかる。目先の点数のためにやるのではなくて、〝どんな大人になりたいか〟というのを見据えて我々は取り組まないといけません。

―――様々な取り組みの中で、タブロイド誌も発行されていますが、そちらについてもお聞かせください。

 小学校における体力向上の取組みを支援するため「子ども元気アッププロジェクト事業」を実施しています。その一環として、毎日新聞社のご協力により「おおさか子ども元気アップ新聞」(小学生対象)及びスポーツ分野で頑張る中学生、高校生アスリートを紹介、応援する「Osaka Teens Athlete Press(大阪ティーンズアスリートプレス)」(中高生対象)を年3回発行し、府内小・中・高等学校等の全児童・全生徒、教職員の方々へ配付しています。

 それらの媒体を通して、様々な競技・演技で頑張っている子どもたちを取り上げています。トップアスリートはいくらでもマスコミに取り上げられますが、ここでは、身近にいるアスリート。これを見た家族や友人から“すごいやん〟と言われて自信になったり、もっと頑張れるきっかけになったりしてほしいなと思っています。

 その誌面にも掲載していますが、「体力向上」という課題に対して、先程お話した体力テストへの直接的なアプローチとは別に、学校という枠を飛び出したイベントなどもしているんです。

 子どもたちに身体を動かす楽しみを知ってもらうことを目的とした“めっちゃWAKUWAKUダンス〟です。学校や地域のチームが自分たちのダンスを披露したり、高校生のダンス部の生徒たちが、出演する子どもたちに府が開発した“めっちゃWAKUWAKUダンス〟を教えますという取り組みをイオンモールさんのイベントスペースで開催しています。オープンな場ですから、子どもを見にくる家族の方々をはじめ、多くの方々に取り組みを知ってもらえました。実際に子どもたちがステージで踊っていると、ステージ前のスペースでもっと小さな幼児たちも一緒になって踊っているという場面が見受けられて、まさに狙っていた通りでしたね。

 もう一つ良かったのは、高校生たちが自分たちのダンスパォーマンスを披露してくれるんですけど、踊りに来ていた小学生は羨望の眼差しでそれを見ているんです。キレが違う、あんな風になりたいと。教える側の高校生としても憧れの存在として見てもらえることは嬉しいですよね、自信にもなる。

 更に、教えるのは初めてに近い事だと思いますが、教える事の楽しさを知ったりとか、普段高校生はスポーツでも何にしても先生からあれこれやりなさいと指導をされる立場ですよね。でも立場を変えて自分たちが指導する事で「身体を動かす事って楽しいんだ」という再発見をしてくれたらすごく良いなと思っています。でも何よりも、やっぱり子どもたちのイキイキとした元気な笑顔を生で見ていたら可愛いし、涙が出そうになりますね(笑)。

 あと、我々は給食や保健の仕事もやっていますので、体力にも関わってくる“食べること〟や“休むこと、眠ること〟などの大切さも誌面で伝えています。冒頭でお話した体力を向上していくためには、普段からよく寝てよく食べてよく遊ぶ、どれか一つ欠けてもいけないと思っています。そういう意味では、トータルで子どもたちを見ていく仕事のお手伝いをさせていただいているのかなと。なかなかうまい事いかないですけどね(笑)。

 今は種をまく時期だと思っています。今までのやり方はよく分からないですが、私は素人なりに現場に行く事で、こうなのかな、ああなのかなって感じた事をやってきただけですが、種をまかないことには育てようもありません。とにかくまいて、長い目でみていかないという思いがあります。

 教員でもない私が言うのはおこがましいですが、教育は時間がかかる。目先の点数のためにやるのではなくて、“どんな大人になりたいか〟というのを見据えて我々は取り組まないといけません。その時その時の短期利益を上げても会社がすぐ潰れるのと一緒で、長期的に子どもたちを見ていかないと。そんな責任があるんじゃないかと思っています。

―――最後になりますが、田中課長にとってスポーツの力とは?

 スポーツとは競技のことではなく人生そのもの。大それた言い方かもしれませんが、人生に大きく関わってくるものだと思います。

 そういう意味で考えると、なにかの競技を頑張っている子どもがいる、いい成績を残したというだけではなく、たとえスポーツが不得意な子どもであっても、身体を動かしたり、スポーツを通して得られる友達、指導者、生活、そういった「子どもたちの人生を創る」という意味で大きな力を持つものだと思います。


大阪府教育庁 教育振興室 保健体育課長 田中 実 大阪市立大学卒業、1981年に大阪府入庁。1997年国体総務課主査、2007年教職員人事課課長補佐、2013年羽曳野市副市長、2015年住宅まちづくり部都市空間創造室参事を経て、2016年より大阪府教育庁 教育振興室保健体育課長に着任。学校保健、学校安全、学校給食、学校体育の普及充実と指導助言に努めるとともに、スポーツ活動の普及振興を図り、児童、生徒の健康管理及び健康・安全教育、学校給食の運営・衛生管理、食育や体力向上の推進など、生涯にわたる心身の健康の保持増進の基礎となる、子どもたちの健康と体力づくりに取り組んでいる。

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コメント2件

初めまして。鈴木拓資と申します。
高校体育の指導者を目指している者です。
イキイキとしている子どもたちは、スポーツに没頭している証拠だと考えています。
その没頭できる瞬間を生み出すためには、オリジナルの運動メニュー(教材)× 指導方法が重要だと考え、取り組んでいるところです。うまく表現できませんが、この記事を読んで、体育は、学校教育の枠を超えて、もっと幅広く捉えていく必要があると思いました。未だ残っている旧態依然の考え方や方法から脱却して。
貴重なご意見ありがとうございます!これからもスポーツの力の良さを伝えることで、よりよい社会創りに貢献してまいります。引き続き宜しくお願いします
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