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#25:雪ダルマ男①仙台と東京と神戸で交錯するキモチ

マッチングアプリどころか、カメラ付ケータイもなかったときの頃のお話です。つまり今から20年ぐらい前のこと。

東京の旅行代理店に就職も決まり、卒業を控えた私は何気ない気持ちでヤフーが運営する今はなき「ヤフー・メッセンジャー」というチャットルームを覗いていた。出会いを求めるとかそういう気持ちはさらさらなく、暇つぶしで知らない人と話すのがおもしろいと思ったのだ。
そこで、知り合ったのが早稲田大学の野球部に所属するというTという同い年の男だった。彼は実家が仙台で就職すれば地元の銀行の社会人野球のチームに入ることが決まっていると言っていた。ファッションの話などで意気投合した私たちはすぐにメールアドレスを交換して、自分の写真を添付して、何時間も電話する仲になった。送られてきた写真はたしかに早稲田のユニフォームを着て、部室でスパイクを手入れしているものと、飲み会らしき場所で楽しそうに笑っている集合写真だった。

まだ人生の経験値も低かった当時の私は彼の一言一言を信じていた。毎日かかってくる電話の先から聞こえるやさしい声が好きだったし、離れていてもあたたかな幸せを感じることができた。家族や友達にも「まだ会えていないんだけどこういう人と電話したりメールしたりしている」と話したら、最初は訝しがっていた家族も少しずつ信用できる人なのかも…という感じに変っていた。野球の話をしたい、と言って父に電話をかわってほしいと言うことまであったし、母や妹に電話で挨拶をすることもあった。

「会いたい」という気持ちになってきた私は彼が今住んでいるという仙台に遊びに行きたいと申し出た。すると、最初は喜んで話を合わせていたTは数日前になってから「会社の入社前研修が入ったからまた今度にしよう」とキャンセルしてきた。研修なら仕方がない。と諦めた私だったが、数ヵ月後に再び仙台に行くチャンスがめぐってきた。姉妹でファンクラブにまで入るほど好きなアーティストのライブハウスツアーの仙台公演が当たったのだった。妹とふたり、未踏の地である仙台へ乗り込んだ私。近くまで来てるのだから、今度こそ会えるだろう。そういう気持ちで数日過ごしたが、残業だとか出張だとか言って絶対に会おうとはしなかった。入社前の研修生に残業や出張?さすがにおかしい。何か私に会わない理由があると気付いた私は調査をすることにした。妹には先に帰ってもらい、2日ほど延泊した。

「私、仙台駅の前のホテルに泊まってるんだけど、今回会えなかったらもう二度と連絡はとらない」
とメールしたら慌てた様子で電話がかかってきた。
「信じてほしい、本当に会いたいけど今は野球の冬季トレーニングで東京にいる」
電話では何とでもいえる。もうこうなってくると会いたい、というよりは真実を解明したい。果たして、会おうとしない本当の理由は何なのか。

続く

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