マガジンのカバー画像

【マガジン】月の砂漠のかぐや姫

338
今ではなく、人と精霊が身近であった時代。ここではなく、ゴビの赤土と砂漠の白砂が広がる場所。中国の祁連山脈の北側、後代に河西回廊と呼ばれる場所を舞台として、謎の遊牧民族「月の民」の… もっと読む
運営しているクリエイター

2021年1月の記事一覧

月の砂漠のかぐや姫 第157話

月の砂漠のかぐや姫 第157話

 ヤルダンの案内人である王柔を失ったことから、冒頓は自分の記憶だけを頼りに、複雑な地形を持つヤルダンの中を、部下を率いて進んできていました。でも、彼は少しも迷うことがありませんでした。
 ヤルダンを進んでこの場所に来たら、次は左手の岩壁に沿って進む。この剣の形のように鋭くとがった奇岩の近くに来たら岩壁を離れて、次はあの遠くに見える、杯を伏せたような形をした奇岩を目指す。昔は川が流れていた跡だとでも

もっとみる
月の砂漠のかぐや姫 第156話

月の砂漠のかぐや姫 第156話

 
 ヤルダンと呼ばれる地域は、地形の変化があまりないゴビの荒地の中で、砂岩が数段に重なり合ったり寄せ集まったりして複雑な地形を作り出している珍しい場所です。そのヤルダンの中で、比較的開けていて、風通しの良い一角がありました。小山のように高く積み重なった砂岩に外周を囲まれているものの、ちょうどその一角だけは、まるで昔話に出てくる巨人が野営用の天幕でも置くために大きな砂岩を取り除いた後だとでもいうか

もっとみる
月の砂漠のかぐや姫 第155話

月の砂漠のかぐや姫 第155話

「おお、そうだっ。俺たちの守る荷を、よくもやってくれたなっ」
「後悔させてやるっ。俺の矢で、やつらに後悔させてやるっ」
 冒頓の言葉に触発されたのか、騎馬隊の男たちからも、次々と大きな叫び声が上がりました。
 冒頓は、これまで自分が経験した物事の中で、一つのことを学んでいました。人は自分の意志からだけでなく、他人の言うことによっても動きはするが、いざというときに人を支える力となるものは、他人の言葉

もっとみる
月の砂漠のかぐや姫 第154話

月の砂漠のかぐや姫 第154話

 苑の言うとおりでした。これまでは、オオノスリの空風は、交易隊の上空を旋回しながら隊の移動に付き従っていたのですが、ヤルダンが近づいてくると、まるで立ち入ってはいけない境界線が空に引かれているかのように、一定の場所から先には来なくなってしまったのでした。
 どれだけ指笛を鳴らしても空風が自分の指示に従わないことに、苑はひどく困惑していました。自分が雛から育て訓練した空風が指示に従わないことなんて、

もっとみる
月の砂漠のかぐや姫 第153話

月の砂漠のかぐや姫 第153話

 ほんの一呼吸の間だけ、気まずい沈黙が生じました。はたして、苑はこれに気づいたでしょうか。
 冒頓は雰囲気を切り替えるように、これからの指示に話を変えました。
「よし、行くか。此処からは道がはっきりとしないから、俺が先頭に立つ。小苑は後ろを頼むぜ。まぁ、あいつらのせいで、ここでちょっかいを出してくる野盗はいないだろうが、念のためにその警戒もしておいてくれや」
「わかりましたっす。空風も俺たちの近く

もっとみる
月の砂漠のかぐや姫 第152話

月の砂漠のかぐや姫 第152話

 広場からヤルダンへと伸びる交易路も、これまでの道程と同様に、岩壁の中段に刻み付けられた細い道でした。広場から勢いよく飛び出した騎馬隊は、道幅に合わせるようにするすると隊列を整えて、苑を先頭にした細い綱のようになりました。
 少年とは言っても、苑は物心ついた時からこの護衛隊と共に旅をしていますし、騎馬民族の少年の常として、馬の扱いは体に染みついています。ヤルダンの近くまで来ているとはいえ、はやる気

もっとみる
月の砂漠のかぐや姫 第151話

月の砂漠のかぐや姫 第151話

 現実的に考えれば、このような緊急の時ですから、冒頓が羽磋の愛馬を誰かにあてがったとしても、それがそのまま、彼が羽磋の死を認めたということにはならないでしょう。たとえ羽磋がこの場にいたとしても、自分が怪我をして馬に乗れないような場合には、他の誰かに愛馬を託したことでしょうから。
 でも、冒頓には、苑の言葉が自分の考えを、端的に言えば、羽磋が生きていると思うか死んでいると思うかを、遠回しに聞いてきて

もっとみる