感想:ドキュメンタリー『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』「ぶち上げ」の恐怖

【製作:アメリカ合衆国 2019年公開 Netflixオリジナル作品】

2017年、インフルエンサー達がInstagramで一斉に告知した音楽フェス「ファイア・フェスティバル」。
バハナの美しいビーチにセレブが集まり、メジャー・レイザーをはじめとした有名なアーティストによるステージやクルーズイベントを楽しみ、海辺の広々としたヴィラに宿泊ーー。
SNSにアップされたプロモーションビデオの豪華なイメージの反響は大きく、チケットの売れ行きも順調。
しかし、このビデオが公開された時点では、実際にはフェスティバルの正確な開催地さえ決まってはいなかった。インフラ整備、物品の手配、現地スタッフの雇用など、開催に必要な作業がことごとく間に合わないまま、フェスは開催日を迎える。
フェスの失敗の顛末を、関係者へのインタビューを通じて描くドキュメンタリー。

SNSの普及とともに、社交の場での華やかな姿や、見栄えの良いライフスタイルを発信し、フォロワーの消費行動に影響を与える「インフルエンサー」の存在が注目を集めるようになった。企業は彼らを起用してプロモーションを行い、インフルエンサーはその対価を得る仕組みである。
投稿の表示回数やアクセス数がそのまま価値となるため、インフルエンサー達はインパクトのある画像やテキスト、映像をつくることを目指す。
無数の投稿の中で目立つためには飛び抜けて華やかなビジュアルや、関心を惹くコピーが必要である。
このため、大仰な宣言や、目を疑うような光景をいち早く発信して注目を集める、いわゆる「ぶち上げ」といわれる行為も頻繁に起こる。

この作品は、このように「ぶち上げ」たものの、内実が伴わなかった例を取り上げ、インフルエンサーマーケティングによるイメージ消費を批判的にまなざすドキュメンタリーだ。

ファイア・フェスティバルの主催者であるビリー・マクファーランドは、クレジットカードのプロモーションで実績を残した。
カード会員限定のイベント等を通してVIPとしての体験を提供することで若者の人気を集めた彼は、「イメージを売る」ことを得意とする。
ビリーはフェスのPVにおいてもこの才覚を発揮する。有名モデル達が水着姿でビーチを楽しむ光景は、希少価値の高い経験をSNS上で発信することを望むユーザーの琴線に触れるものだった。

しかし、写真に切り取られるような美しい光景を実現するためには、フレーム外で綿密な計画と地道な作業が必要である。ビリーがそれを甘く見積もったことが、フェスの失敗につながった。
同規模のフェスが年単位の準備を要するのに対し、ファイア・フェスティバルの納期は数ヶ月。
多くの客がバハマの小さな島を訪れる上での交通手段、ケータリング、下水処理、ヴィラの建設、それらに必要な現地スタッフの雇用、すべての手配の見通しが立たないままプロモーションが先行したため、関係者はスケジュールに追われることになる。
また、ビリーは音楽への知識にも乏しく、出演アーティストが十分にパフォーマンスできる音響設備やステージを整えることもできなかった。
彼のもとで働くスタッフに対しても誠実とはいえず、初期に運営に疑問を投げかけたスタッフを企画から外し、準備期間には給与の未払いが発生。注文した物品が税関で足止めされた際には、スタッフのひとりに、税関長とセックスをして融通を利かせるよう命じるなど、尊厳を踏みにじるような言動も行う。
本作の関係者インタビューはすべて真正面からカメラを固定して撮られており、ビリーがひとりひとりの人間と向き合っていなかったことが逆説的に表される。

断片的なイメージを消費する過程では、画面の外にある全体像や働きは捨象される傾向にある。欲しい情報へのアクセスが容易な環境において、「労力」は見えづらくなり、省けるものとみなされがちだ。
多くの人が自分の経験の上澄みをWEBに公開し、それらはシェアによって増殖する。投稿を見た者は刺激と焦燥感を覚え、同じような経験・発信の再生産を試みる。企業と一般人がフラットな立場に近づいたSNS時代には、プロモーターもこのサイクルの中に容易に取り込まれる。
ファイア・フェスティバルはこうした構造の結果であるといえる。
求めていた光景がないばかりか、人数分の宿泊場所や食事さえ整っていない現地で途方に暮れるインフルエンサー達はSNSで「実況」を行い、その情報が再び断片的に消費される。コラージュ画像や大喜利も大量に作られ、華やかな交流や投稿のネタを求めて高額なチケットを買った客への嘲笑がWEB上に溢れたが、こうした欲望は消費社会に生きる上では誰もが逃れられないものだ。
檻の中で誰が最も賢いかを競うのではなく、現実に働き、困難に見舞われている人間の存在を真摯に考える必要があると感じた。

ファイア・フェスティバルの失敗はインパクトの大きいものだが、外聞のためにできないことをできると言う、実務を行う人々を尊重せず意見を聞かない、準備とコミュニケーションの不足など、ひとつひとつは日々の仕事の中でも起こりがちなミスだと思う。
自分だったらこの場合に適切な行動ができるだろうか、引き返せただろうか……と肝が冷える場面も多々あり、身につまされる作品だった。

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