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本屋プラグのためにならない読書⑤

 “ド・ゴール将軍”ことフランス大統領シャルル・ド・ゴールの暗殺のため、秘密組織に雇われた国際的な凄腕(すごうで)のスナイパー“ジャッカル”。1960年代のフランスを舞台に、暗殺決行のXデーに向け、着々と計画を進めるジャッカルと、その阻止に奔走するフランス官憲の攻防を描いた小説『ジャッカルの日』は、“暗殺もの”の金字塔として名高い。73年に公開された同名の映画版をご覧になった方もいらっしゃるのではないか。

 今回は、そんな『ジャッカルの日』の日本版とも呼べる一冊を紹介したい。76年に発表された南原幹雄の時代小説『暗殺者の神話』がそれだ。


 85年に出た文庫版も絶版となって久しい作品ではあるが最近、手にする機会があり読んでみれば、これが滅法(めっぽう)面白い。なにせ、本作で暗殺のターゲットとなるのは将軍は将軍でも征夷大将軍、すなわち江戸幕府の第八代将軍徳川吉宗。そして吉宗を狙うスナイパーが、紀州の雑賀一党の子孫だと言うのだから、もはや県民として無視できるはずがない。

 戦乱の世に鉄砲衆として天下に名をはせた雑賀一党も、その子孫は和歌山に紀州徳川家が入国して以来130年、先祖代々の領地を失い、太平の世で人知れず不遇をかこっていた。そこに目を付けたのが、第七代将軍家継の早世の後、次の将軍位を巡る政争で、紀州徳川家の後塵を拝した尾張徳川家。雑賀鉄砲の秘術を受け継ぎ、余人の及ばぬ狙撃の腕前ながら、紀州の山奥で猟師として細々と暮らす雑賀孫一の子孫、雑賀孫四郎を探し出す。孫四郎は雑賀一党の再興を条件に次期将軍、吉宗暗殺を引き受ける。


 物語の序盤は、孫四郎が紀州を離れ江戸に向かう最中、暗殺計画を一つずつ具現化していく過程が丹念に描かれる。特製の狙撃銃を張り立て、紀州家の間諜(かんちょう)が目を光らす東海道を抜け、厳重に警備された関所を公儀の目をかすめて通過する。まさに日本版『ジャッカルの日』だが、本作はまだまだこれからが面白い。

 尾張家の暗殺計画を察知した紀州家では、暗殺者と目される孫四郎の捜索に奔走する一方、孫四郎に対抗できる狙撃手を江戸に呼び寄せる。その狙撃手こそ孫四郎の父にして鉄砲の師、雑賀一石斎。過去のある出来事が原因で孫四郎とは絶縁状態にある一石斎もまた、長年の悲願であった雑賀再興のため紀州家にくみする。

 ただひとり鉄砲ひとつで、数万人の守りの隙をつき将軍を狙い撃つため知略、機略を巡らす孫四郎の孤独な戦い。その戦いに、同じ目的のため敵味方に別れた父子の因縁が絡まる。そんな二人を雇う紀州家、尾張家の家臣たちも一筋縄ではいかないくせ者ぞろい。互いの裏をかく諜報(ちょうほう)合戦はスパイ小説さながら。また、フィクションとはいえ史実を交えた物語は、将軍位継承を巡る社会派ミステリーとしても読めるなど、娯楽時代小説の面白さを詰め込んだ作品だ。

 古本屋で見かけた際には、ぜひとも手に取っていただきたい。

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(本屋プラグ店主・嶋田詔太)

【毎日新聞HP】
https://mainichi.jp/articles/20210903/ddl/k30/040/330000c

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