【掌編小説】星になる
僕が10歳の冬、幼馴染の詩織ちゃんは交通事故で死んだ。
その日詩織ちゃんと遊ぶ約束をしていた僕は、放課後クラスメートから遊びに誘われ、そちらを優先してしまった。
帰宅して詩織ちゃん宅を訪れ、事情を話し「ごめんね」と謝る僕に、詩織ちゃんはむくれながらも「しょうがないわね」と言い、「また明日ね」と笑って言ってくれた。
しかしそれが、僕と詩織ちゃんの最後の会話になった。
僕との約束がなくなった詩織ちゃんは、買物に出かけるお母さんについて行き、交差点でスリップした車に轢かれたのだそうだ。
僕が詩織ちゃんと約束通り遊んでいれば、その時詩織ちゃんは事故の現場に行くことはなく、事故に遭うこともなかったのに。
後悔の念が僕に重くのしかかった。苦しくなるほどに胸が締めつけられ、涙が溢れて後から後から雫となって頬を伝った。
僕は泣きながら詩織ちゃんの両親に「ごめんなさい」と謝った。
詩織ちゃんのお母さんは「文彦君のせいじゃないから気にしないで」と言ってくれた。
それでも、この件をきっかけに詩織ちゃんの両親は夫婦仲が悪化し、やがて離婚。
事故から半年後、詩織ちゃんのお母さんは僕に、「あの子は星になって私や文彦君を見守ってくれているわ。これもあの子の宿命だったのもしれない。だから文彦君は自分を責めずに生きてね」という文面の手紙を渡して、この町から去って行った。
僕は七夕になると毎年同じ願い事を短冊に書く。
「時が戻って詩織ちゃんを救えますように」と。
非現実的な願いだ。僕自身、その願いが叶うとは思っていない。馬鹿馬鹿しい、と嗤う人もいるだろう。
それでも、願い続けていれば、いつかはそんなことが起こるかもしれないじゃないか。
僕はそう思っていたかったし、あんなふうに死んでしまうことが詩織ちゃんの宿命だなんて思いたくなかった。
そうして、11歳の時から17歳の今日まで、7回同じ願い事を短冊に書き続けた。
今日の七夕の夜空には、厚く雲が広がっていて、とても願いが叶いそうな様子はない。
それでも、眠りに就いた僕は、夢の中で不思議な体験をすることになる。
僕は10歳の僕に戻っていた。
放課後の教室、黒板の日付は事故が起こったあの日。
僕はクラスメートに、この後遊びに行こう、と誘われる。
僕はゆっくりハッキリと、今日は用事があるから行けない、と言って断る。
逸る気持ちを抑えて詩織ちゃん宅へ行く。
玄関に出て来た詩織ちゃん。
まだ、生きてる……!
僕は玄関に出て来た詩織ちゃんのお母さんに、これから僕の家で詩織ちゃんと遊ぶこと、大通りの交差点は通行止めになって通れないという話を聞いた、ということを、不自然にならないよう気をつけながら告げる。
詩織ちゃんと一緒に僕の家に行き、リビングでおやつを食べたりゲームをしたりして過ごす。
時計の示す時間を気にしている僕は、そのことを不思議そうに指摘され、焦りながら誤魔化す。
やがて時間は事故発生時刻を過ぎ、僕は詩織ちゃんを家へと送り、買物から帰って来た詩織ちゃんのお母さんに挨拶して、自宅へと戻った。
目を覚ますと7月8日の朝で、僕は17歳の僕に戻っていた。
机の引き出しに入れていた詩織ちゃんのお母さんからの手紙はなくなっていた。
代わりに、「笹木文彦様」、「七瀬詩織」と名の書かれた封筒に入った手紙があった。
それには、小学生と思われる筆跡で、詩織ちゃんの言葉が綴られていた。
「文彦君、今度、お父さんの仕事の都合で引っこすことになったの。文彦君とはたくさんいっしょに遊んだし、とても楽しかったね。私、大きくなったら歌手になろうと思ってる。歌手になってテレビで見かけたら応えんしてね。今までなかよくしてくれてありがとう。元気でね」と。
手紙の日付はあの日から約2年後。
詩織ちゃんは無事命を繋ぐことができたようだ。
僕の6年に渡る願い事は、本当に叶ったのだ。
ようやく僕は、のしかかっていた重い後悔から解放されたような気がした。
テレビでは、女性アイドルグループのデビューを知らせる報道が流れていた。
自己紹介をして行く面々の中に一人、僕はどこか見覚えのあるような顔の少女に目を止めていた。
その少女は渡されたマイクを手に取り、輝くような笑顔で名乗った。「七瀬詩織、17歳です」と。
夢を叶えた詩織ちゃん。星にならなかった彼女は、これから星になるのだろう。
僕はそんな彼女を、彼女の望むように応援して行きたいと思っている。
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