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見知らぬあなたに、卒業おめでとうを、伝えたい。

きのう、同じハッシュタグをつけている

記事のひとつと、とても印象的に出逢った。

タイトルがわたしになじみのある学科の名前

だったので、なんとなくタップしてみた。

この3月21日に卒業された大学4年生の方。

無事に卒業証書(学位)を受け取って来たことが

綴られていた。

よくよく読んでいると、それはわたしの母校だった。

4年通ったあの大学だ。

いや、実を言うと4年よりも少ない。

半年ぐらい心の病で、休学していた。

ちょうど二年生の春か夏頃だったかも

しれない。

休学しながらもバイトしたり、いろいろ

検定受けたりして、大学は辞めようと

思っていた。

辞めて、働こうとも思っていた。

そんな複雑なあのキャンパスがいまは

とても鮮やかに懐かしい。

それはきっと、3回の時に、ちゃんと人と

つきあうようになったことで、わたしは

わたしじしんがどういう人間なのかも

知ることになったからかもしれない。

そして、そんなみんなのおかげで卒業に

こぎつけられたと思っている。

キャンパスに行くというよりは、好きな人達に

会いに行く場所のようになっていた。

ギリギリ遅刻しそうなときにあの大学の

急な坂道を駆け上がるのはいのちがけだった。

心臓バクバクさせながら走ってると

キャンパスには、白いオーバーオールを

着て、風のように自由に歩いているひとたちが

がみえた。

油絵の具だらけになっていて、その絵具の

混ざり合い方が、まるでデザインのように

みえる。

デザイン学科の人たち。

よくあるたとえだけど、

ジャクソン・ポロックみたいだった。



みんながピロティに作品を広げていたりする

その横を走り抜けていた思い出。

音楽学科のあるひっそりとした渡り廊下を

歩いていると、ピアノや声楽の練習する声が

聞こえたり。

舞台芸術の教室からは、

あめんぼあかいなあいうえお

っていうお馴染みの発声練習が聞こえた。

学食は、第一学食と第二とカフェがあって。

カフェが好きだった。

そこの前にある安藤忠雄さん建築の

パイプオルガンのフロアも好きだった。

コンクリートでできたモダン系の椅子に

腰掛けていると足元からしんしんと

冷えてくるのだけど、そのフロアで聞く

パイプオルガンの演奏時間にはかならず

寄っていた。

ここで出会ったのが伊藤君だった。


伊藤君は友達だった。

ちょうど今ぐらいの季節、吉野の桜をみんなで

みに行ったのに、同じところで車が迷って

しまって桜に会えなくてしゃーないなって

吊り橋で、遊んだりした。

ほんとうはこういう景色に出会いたかった。


いい加減にしなよって伊藤さんに叱られながらも

つり橋を左右にメタメタに揺らしていた伊藤君が

懐かしい。

そして、彼になってくれた人と出逢ったのも

このキャンパスだった。

今何時ですか? って聞かれたわたしは

誘い文句のベタすぎる常套句だと知りつつ

その声と眼差しと薄い唇に惹かれた。

いつか記事にした黄昏のあの人だ。

そして先日noteの記事でであった彼は、

この大学の成績優秀者として「学長賞受賞者」と

なられたことも報告されていた。

すっげーねって読みながらも、拍手を送りたい

気持ちでいっぱいだった。

コロナ禍での2度目の卒業式への思いが綴られて

いた。

つながりもほとんだなかった故に、卒業式で

再会した人達と、会話したり写真をとったりして

あわただしく過ぎていったことも書かれていた

彼は、ひとりが好きなタイプだったらしく。

あまり人とふれあってこなかったのに

親しくしていなかった人からも受賞おめでとうを

言ってもらえたことに、みんなのやさしさに

触れて、自分がいた場所はこんなに幸せな場所

だったのかと気づいたという。

いいなぁこの感じって思いながら読んでいた。

誰かの暖かさに触れて、自分の心も暖めたい。そんな願望が、ふと私の胸に去来しました。

卒業式の思いを綴られたとある方のnote。

涙腺が崩壊しそうだった。

そういうことに今ちゃんと気づいている

彼のことをあの頃のわたしに教えてあげたい。

そしてこの場所から離れたくない想いに駆られた

ことが、タイトルにもなっていた。

感情が畳みかけるかのように綴られているので、

顔も知らない彼の顔が浮かんでみえるようで、

周りの人の祝福する声までも聞こえてきそうな

そんな文章だった。

描写もふくめて好みだなって思っていたら

彼が受賞した学長賞は「脚本賞」だったとの

ことを知り、納得した。

そして写真撮影の時に、泣き顔じゃなくて笑顔で

写っていたいって思ったらしい。

「この時は本当に心の底から幸せだったなぁ」という明るく楽しい思い出に変換できるようにしておきたくて。

わたしと同じ母校の卒業式を綴ったすてきなnote。


そして翌朝、いろいろ片付け物をされていた

彼がふと定期入れに入れてあった学生証が

なくなっていることに気づき、失くしたと

焦っているエピソードがよかった。

あぁもうじぶんはあの大学の学生じゃないと

気づいた時の寂しさ。

そしてコロナという未知の脅威に対峙しつつ

なにを創れるのかという自らと対話しながらの

学生生活だったと振り返っていた。

最後に綴られた言葉。

こんなにも創作意欲を掻き立てられる状況はないんじゃないかと思うぐらい、ハングリーで、がむしゃらにがっついていける、そんな4年間だったなと自分では思っています。

わたしと同じ母校の卒業式の思いを綴られたnote。

ものを創るということはそう、この

倦んだ感じから遠いところにある

がむしゃらにがっつくという気持ちこそが

創作を前へと進ませる原動力なのかもしれない。

わたしも、ものを創る端くれとして、ずっと年下の

彼の言葉に今とても励まされている。

そして、わたしはみしらぬあなたに心より卒業

おめでとうを伝えたい。



すてきな吉野の桜のフリー画像を拝借いたしました。
ありがとうございました。


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