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スローシャッターという、記憶に包まれて。

第一印象にわたしはすこぶる

自信がないのだけれど。

人の第一印象と同じで本の扉を

開けた時の第一印象は、まっすぐ

第一行目だと思っている。

第一行目にはその物語の魂が

宿っていると信じているわたしは

そこにひとめぼれしなければ

次の行へと読み進めたいと思わない。

わがままな読者でごめんなさいと

思いながら。

わたしは去年Twitterでタイムラインが

こちらの本の話題でもちきりになって

いた頃から、好きになることがあらかじめ

わかってる本があった。

田所敦嗣さんの『スローシャッター』だ。


noteで田所さんのエッセイにはじめて

出会った時からその第一印象である

冒頭の一行目に、目と心を奪われた

ことがあった。

だから、noteでの連載が紙の本になるん

だと思った時、こころ躍った。

水産会社に勤務する著者の田所さんは

25か国を旅した経験を持っている。

仕事を通して出会った海の向こうで

暮らす人たちと暮らした時間、

かけがえのない彼らとの交流が

綴られている。

本の扉を開く時。

読者であるわたしたちは旅の入り口に

立っている気持ちになる。


扉を開くと、著者の田所敦嗣さんの温かな言葉に出会える。



そんな素敵な仕掛けがこの本にはたくさん

散りばめられていて、出版社とそこに

関わったプロフェッショナルな方々の

遊び心とただならぬ熱がページの

すみずみにまで感じられる。

心まるごと持って行かれた第一行は

たくさんあるけれど。

いくつか紹介したい。

全てのことに意味を持たせる必要は、あるだろうか。

「チャボ湖の住人」の冒頭より。

マウリシオという青年とチャボ湖、

チリ南部の小さな淡水湖で出会った

著者の2週間の体験が綴られている。

「数時間ごとに魚のコンディションを

チェックしながら」田所さんは、

その青年とさまざまな話をして過ごす。

自然を相手にしているがゆえの時間の

贈り物がそこにはたっぷり用意されて

いたから。

「生き物に対する敬意や尊厳を大切に

していることを」マウリシオのふるまいや

言葉に感じて「温かい何かを」感じてゆく。

そしてこんなふうに、温かい何かは

彼の仕事ぶりからもうかがえたと綴られる。

誰に褒められたくも思わんし、
これだけのことをしたら、これだけの
報酬がもらえるということもない。
時が来たならば、ちゃんと花が咲き
褒められても、褒められんでも、すべきことを
して去っていく。そういうのが実行であり、
教えであり、真理だ。

永平寺貫首・宮崎変保の言葉

こんなに胸にささる結びの言葉で

しめくるる。

田所さんの経験を通して読者である

わたしもあたかも追体験している気持ちに

なる。

それは田所さんの経験をそっくりそのまま

というよりは、

かつても大切な人に出会ったことの

個々の体験を温めながらわたしたちは

追体験しているのだと思う。

そしてその思いそのもののような

言葉を差し出してくれる。

そこに触れた時読者の心が動くのは

言葉のなかに経験という時間が

もたらす体温のようなものが

つつまれているからかもしれない。

気持をあてはめることの職人のような

ことば選びに惹かれる。

自分と似た色彩を持つ人に、出会ったことはあるだろうか。

「烟の街」の冒頭より。

「全く異なる世界を歩んできたのに」

どこか似ている人に出会っていると実感

できると。

中国山東省にある烟台という街を舞台に

した小李とのエピソードがいい。

仕事のトラブルを抱えていて緊急に

かけつけた著者につきあって彼は徹夜も

いとわない。

ましてそのことに文句を言ったりしない。

日本語が達者なの20年ほど前に日本に来て

いたことがあるから。

資格をとるまでは帰れない当時のつらい思いを

語る小李。

その時に彼を救ってくれたある日本人の

話をしてくれる。

そこに集った誰一人日本語をうまく話せない

彼らを誰一人漏らすことなく合格へと

導いたトミナガさん。

彼の熱い指導の日々を忘れられないという。

そんなことを思い出しながら

こういうことを日本では「根っこ」と

言うんですよねって小李が言葉にする。

日本人でも中国人でも「人」としての

根っこは同じだよと。

だから困っていたら助けるのはあたり

まえなんだと。

そのことを少し照れくさそうに言う小李。

冒頭の言葉を振り返る。

色彩と表現されたのは心の色では

ないだろうかとわたしは思った。

田所さんは烟台という街を思い出す時

「煙った町の向こう」の夕陽の色を

彼との出来事を名前で言えない色に

重ねて追想している。

それは鮮やかとも違う色あいだった。

こんなふうに、田所さんの視点は

タイトルが示すスローシャッターの如く

低速で人々を映し出す。

滝や川、海など水の流れを清らかに表現

するときに採用される写真技法に似て

人との出会いをゆっくりと流れる川の

ように記憶を言葉に置き換える。

一冊を読み終えた後、本の帯にあるように

読めば、
旅に出たくなる。
人に、
会いたくなる。

『スローシャッター』の帯の言葉より。

まさに人恋しくなる一冊だった。

わたしが会いたいのは誰なのか

教えてくれる。

この一冊は田所敦嗣さんというひとりの

水産会社に勤務する男のひとが海の向こうで

出会って来たかけがえのないひとたちを

読者のわたしたちに紹介してくれる

旅行記であるけれど。

それはまるで人の時間に流れていた

エンドロールのようだった。

そして最終章に来て。

ここに描かれた旅は一直線で

帰結するのではなくて、なだらかな

縁と円を描くように循環していた。

近頃わたしはどこかに出掛けるたびに

鞄の中にこの一冊をしのばせている。

こんなに付箋だらけになっちゃったです。
また会いに行きます!








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