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ISの外国人戦闘員の子ども達は救出されるべきか...ドキュメンタリー映画

イラクとシリアにかけて、一時は英国一国に匹敵する面積を支配していたIS(日本では「イスラム国」と表記される場合も)が支配地を失ったのは、今から4年以上前の2019年3月。その戦闘員や妻・子どもなど、多くが行き場を失った。このうち、非戦闘員で出身国に簡単に帰還できない人々は、シリア北部のホル・キャンプに収容され、その数は8万人とも言われた。彼らは、出身国の政府・国民からは、帰国して欲しくない人々と考えられていた。こうして居場所のない「厄介者」のキャンプ滞在は長期化していく。当時のニュースは「下水が路上にあふれ非常に不衛生」などと、キャンプの劣悪な生活環境を伝えている。

ここで紹介する作品「"敵"の子どもたち」は、このホル・キャンプから「孫」を救出しようとしたスウェーデン人ミュージシャンの姿を追いかけたドキュメンタリーだ。

構図を少し詳しく説明しないと、分かりにくいかも知れない。
ミュージシャン・パトリシオの娘は、スウェーデンでイスラム教に改宗し、同じスウェーデン人のイスラム教徒男性と結婚。夫は悪名高いISメンバーだった。夫婦は2014年、ISの「イスラム国家」建設に共鳴してシリアに渡る。IS掃討作戦が激化した2019年、ともに現地で死亡。1歳から8歳までの子供7人がシリアに残された。7人は、ISに参加した戦闘員の子供ということになる。スウェーデンを含めた国際社会の感情からすれば、「"敵"の子どもたち」という、映画の題名通りの存在だった。

娘を失ったパトリシオは、せめて孫たちを救出しようと、自分の3人の娘をスウェーデンに置いて、イラク北部のクルド地域の主都アルビルに飛び、シリア入国を画策する。ISの領土が消滅した2019年4月のことだ。

パトリシオは、スウェーデン・メディアに積極的に登場し、救出支持の世論を高めようともする。シリアへの入国許可を取るためには、行動に後ろ向きなスウェーデン政府を動かす必要もあった。映画が、「ISの賛同者は助ける必要がないとスウェーデン政府は考えている」と説明するように、政府はIS関係者には冷淡だったのだ。

ただ、一方でスウェーデン政府は、ISに拉致され、性奴隷にされたヤジーディなどの宗教的少数派の人々を難民として積極的に受け入れていた。人道主義意識の高いと言われる同国政府。ISに迫害された人々の救出と同様に、「"敵"の子どもたち」も救うべきなのか。この辺の是非は、非常に難しい判断を迫られていたのだろう。

ISをめぐり、無数の悲劇が生まれたのは、まだ10年もたっていない近い過去の話。身柄を拘束され、「性奴隷」としてIS関係者の間で売買された中東の宗教的少数派のヤジーディ女性の中には、いまも生死不明となっている人も多くいる。日本とは違い、ISの問題は、欧州・中東では今も生々しい問題であり続けている。

そうした中パトリシオは、ISに参加した娘の行動に、わだかまりを持ち続けながらも、「孫には罪はない」という信念を強く抱き続ける。イラクに長期滞在して救出に奔走し、密入国まで試みようとする。

そうした孫への強い思いには、共感を持つ人は多いだろう。その一方で、ISの過激思想の自国への波及を阻止するために、IS領土からの帰国者に対しどのような対策をとるべきなのか、という難しい課題が突きつけられている。作品は、「かわいい孫を救出」というヒューマンストーリーと同時に、中東・欧州諸国が抱え続けているISの負の遺産の深刻さの両面が描き出されている。エンディングは、まさにその両面を実感させるものだった。

監督は、南米チリ出身でスウェーデン在住のゴルキ・グラセル・ミューラー氏。配給は、福岡を拠点に、世界的課題を扱ったドキュメンタリー作品を日本に紹介し続ける「ユナイテッドピープル」。9月16日、東京の「シアター・イメージフォーラム」を第一弾として、全国ロードショー。


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