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『この世界の片隅で』一時保護所(その6)僕には居場所がどこにもない~A君のこと②


(写真はみんなのフォトギャラリーから頂きました!)

前回からの続きです。前回(その5)は下↓の欄からご覧ください。

一時保護所にいる子どもたちは、1日のうちで、朝昼晩の食事、学習時間、お風呂の時間、就寝(消灯)時間、おやつの時間、自由時間のスケジュールが決められていた。自由時間の中でも、大きなホール(ここは学習や、全体での食事に使用されていた。)で、テレビを観たり、ボードゲーム、トランプ、卓球をしたりする時間が決められていて、学校に通学している子どもたちが帰ってくると、思い思いに仲のいい子どもたち同志が遊んでいた。ここでも性格がでて、毎日卓球をする子どももいれば、筋トレに励む子もいれば、電子ピアノを弾く子、テレビにかじりついている子も、それぞれだった。中学生も高校生もいたので、受験生もおり、自由時間には個室にこもって学習する子どももいた。

A君は、一時保護所に入ってしばらくしたら、自由時間にこれらの子ども達と一緒に遊ぶ輪の中からはずれ、ぽつんとすることが多くなった。理由は、トランプなどしていても、すぐにイライラしてしまうことであったりして、ほかの子どもたちから、一緒に遊んでも楽しくない、と思われてしまう、というようなことであったのだと思う。そんな時は、保護所の職員が一緒にゲームをして遊んであげたりしていた。

一時保護所には、男女の職員がいて、子どもたちの生活全般の面倒をみたり、一緒に遊んだりしてあげていたが、卓球やゲームなどになると、男子だけで遊んでいることが多かった。子ども達もやはり、男性職員と女性職員に求めるものはちがうらしく、悩みごとをきいてもらうのは女性職員、遊ぶのは男性職員、などとなんとなく振り分けていたように思うし、当然のことながら、職員の人柄なんかで、子ども達自身も、相性があう、あわないもあったようだった。

さて、A君のことに戻ると、A君は、事件のあったその日も、普段と同じように、ぽつんとひとりでホールのテーブルについていて、将棋をいじっていた。他の子ども達は、他のテーブルの島で、いくつかのグループに分かれて、トランプやボードゲームをしたりしていた。ちなみに、前の記事に登場するN君はこんな自由時間に何をしているかといえば、録画したアニメを、高校から帰ってきたK君と一緒に並んで食い入るように観て、時折、K君と意見を言い合ったりしていた。その姿はなんとなく微笑ましくて、普通の高校生で、そういう姿をみて、私もほっとしたりしていた。

その日、私は、金曜日の夕方で、翌日は土曜で休みということもあり、急ぎの仕事もなかったので、子ども達と一緒に遊ぼうと思い、職員室からホールに出ることにした。そこで、私はひとりで将棋をしているA君をみつけて、A君の相手でもしようと、A君の前に座った。

将棋はできないので、A君の話し相手にでも、と思ったのだが、子どもたちと一緒に遊びに出てきた私を珍しく思ったのか、S君という高校生の子がA君と私のいるテーブルに来て、私に将棋はしっているのかと訊いてきた。知らないんだよ、と言うと、S君は、いろいろと教えてくれて、なぜか流れで、A君と、私とS君のチームに分かれ、将棋をすることになった。S君は高校生で、性格も少し勝気なところもあれば、優しいところもあり、スポーツもよくできて、当時の一時保護所の中では、年齢もあってか、リーダー的な感じがあった。しかし、S君も普段、A君とは気があわないようで、決してつるんだりしないのだが、将棋の得意なS君が、おそらく、ものめずらしい私と少し遊ぼうとでも思ったらしく、一緒になったのだと思う。将棋をさしはじめたものの、今まで将棋などしたことのない私は、すぐにS君にこれどうするの、と尋ね、実質、A君対S君で将棋をしている感じになっていた。

しばらくすると、将棋に強いS君が優勢になり、A君が負けそうになった。その時、一瞬、手を迷ったA君がさし直そうとした時、S君が、大声で、「あー!こいつズルしたー!」とホールに響く声で言った。私は一瞬それを制したのだけれど、調子に乗ったS君はそれをきくはずもなく、S君が何度か繰り返して言うと、A君は立ち上がり、「ズルなんてしてない!あーもう将棋なんかやりたくない!」とさしていた将棋盤をひっくり返し、ホールを出ていってしまった。その間、ベテランの職員さんもどうしたの?と言って二人の間にはいってくれたが、A君がホールを出てしまったので、そのままになってしまった。ホールにいた別の子ども達は、A君の大声にびっくりしたようだが、なんでもないように自分たちのゲームに戻っていった。私は、A君に、役にたつ仲裁もできなかったことを申し訳ないと思いながら、いたたまれない気持ちで、A君がひっくり返した将棋盤を片付けていた。

その時だった。

「うるせんだよ、おまえ、ふざけんな!」という、M君の怒声がろうかから聞こえた。驚いてろうかをのぞくと、高校生で長身のM君が、ろうかにいたA君に殴りかかろうとしていて、A君もそれに応戦しようとしているところだった。それを男性職員が2人の間にはいり、殴りかかろうとするM君を手で阻んでいた。あまりに大声でM君が叫んだので、職員室にいた職員も事務員も部屋からでて、ろうかに出ていた。A君は、立ち尽くしていたが、急に、ろうかの床にへたりこんで、大声で泣き出し、こう言った。

「またやっちゃったんだ、こんなことして、もう僕には行く所がないんだ」

なぜM君が急に登場して、喧嘩になっているのか、さっぱりわからなかったけれど、A君が僕は悪くないとか、僕は何もやってないとか、そんなことを言うのではないかと、咄嗟に想像していた私は、その時A君の口から出た言葉に心底驚いてしまった。そして、周囲にいた職員も、子どもたちも、私も、ただただ、そんなA君を突っ立ったまま見ていた。何か、連続ドラマかなんかで、主人公が泣き崩れたりするのを、周囲が突っ立ったままみつめるシーンがよくあるけれど、まったくそれと同じシーンだった。A君はへたりこんだまましばらく泣き続け、職員にうながされ、部屋に戻っていった。

あとで他の職員からきいた話では、イライラしてホールを出たA君が、洗濯をしようとして、自分の部屋から洗濯籠を持って出た際に、ろうかの壁かなんかをたたいたか、もしくは、洗濯籠を床にぶちつけて、大きな騒音をたてたらしかった。それを、部屋にいたM君が、これまた、保護所からの行先が決まらず、毎日焦燥感を募らせて、イライラしていたところに、A君が騒音をたてたことで腹をたて、殴りかかりそうになった、とのことだった。

「もう僕には行く所がないんだ」、そんなことを考えていたのか、A君。家にも居場所がなくて、きっと、学校でも友達をつくるのも難しいことも多いはずのA君が、実は、こんなに切羽つまっていたなんて、私は想像もしていなかったのである。

私は、そんな言葉を言わせてしまったことが申し訳なく、私が、将棋をしていたあの時、少しでもまともにA君をフォローしていたら、こんなことに絶対にならなかったのに、、、と不覚にも、涙がでてしまった。子どもの扱い方も知らないのに下手に相手をしてしまって、無用にA君を傷つけたことが不甲斐なく、心理担当職員のBさんに、「私どうしたらよかったでしょうか」と、普段はあまり言わない泣き言を言ってしまったのである。Bさんは、「あれはA君が向き合わないといけない問題なんですから、いいんですよ」と優しく言ってくれたが、私は自分がA君のそばにいることで、少しくらいはA君の放課後の寂しい時間が減らせるのではないさと考えた傲慢さがいけなかったのではないかと、反省しきりだった。

週末をすぎて、月曜に保護所に出勤したら、A君はころっとして元気だった。少し照れ気味に、僕ももう少し我慢しないと、、、と私に言ってくれたのが、救いではあったけれど、A君の抱える問題が小さくなったわけでもなく、逆につらい思い出を上書きしてしまったのではないかと思い、申し訳ない気持ちにはかわりはなかった。

それから数週間して、A君は自宅に戻っていった。うれしそうに、弟に会えるのが楽しみだと言って、笑顔で出ていった。

A君は、その後、保護所には戻ってこなかったけれど、また家庭では問題が発生し、一緒に住むのが困難であったようで、児相への相談はずっと継続されていた。それからしばらくして、私も児相の仕事を離れたので、それからA君がどうなったかは知らない。

ただ、あの時のA君の言葉、「もう僕には行く所がないんだ」を、今でもよく思い出す。行き場がないのは、誰でもそうなのかもしれないと思う。生きている間は、みんな、行き場など、なくてさまようのかもしれないと思う。A君、行き場がないのは、君も、わたしも、そうなんだよ、と、東京の空の下で、今日も、もしかしたら泣いているかもしれないA君を思って、そうつぶやいてみたりする。ただ、そうであっても、幸せであってほしいと、願いながら。

(A君のこと:了  次回につづく)

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