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中国の入国管理局で「この国では、ハウスワイフは職業とみなします」と言われた話

駐在員家族として移り住んだ中国で最初にしなければならないことは、長期滞在の手続きを行うことだった。そこで、私も子どもを連れて入国管理局に出向いた。その時、これまでの既成概念を大きく変えるような出来事が起こった。

それは、長期滞在の手続きをとる窓口で起こった出来事。その出来事が初めて外から日本を見て「日本のここがおかしい」と気づくきっかけになったのだ。

手続きに必要な書類をその場で書いているとき、職業欄のところでふと手が止まった。小学生の子どもは「学生」だが、自分の職業をどう書いていいか迷ったのだ。

「専業主婦だから”ハウスワイフ”と書けばいい“のでは?」と一瞬思ったものの、日本で専業主婦はたいてい無職扱い。そこで、職業欄には「No occupation(無職)」と書いて窓口に提出した。

ところが、書類を確認していた職員の女性が急にけげんな顔をして私を呼んだ。

以下は職員と私の会話。(実際には英語だがここでは日本語に意訳)

職員:あなた無職なの?

私:ええ、まあ……(収入ないし)

職員:無職だと手続きできない可能性があるわよ

私:はあ……(えー?そんなこと言われても……)

職員:(はっと気づいた様子で)あなたハウスワイフ?

私:はい、でも無収入です。(だから無職って書いたじゃん)

職員:でもあなた、チャイルドケアやハウスワーキングしてるのよね?

私:はあ、そうですが(だからなに?)

職員:それはあなたの「仕事」よね?だったら、なんで無職なんて書くの?これは間違ってるから訂正して!(なぜかイラついている)

私:え~?なんて書けばいいんですか?(困惑)

職員:(あんたどこまでバカ?という表情をされる)あなたの職業は「full-time housewife」!はい。ここにそう書いてちょうだい!(職業欄を指さす)

そう言われて、ようやく自分が職業欄に「ハウスワイフ」と書いていいということがわかった。どうやら日本と違い、中国で家事に従事している人は、それが職業として公的に認められるらしい。

すべての手続きが終わったあと、日本語が話せる別の職員が声を掛けてきた。

「日本人主婦の多くが職業欄に無職と書きますが、この国では家事や育児に従事する人を無職とは呼びません。ハウスワイフは職業とみなします。これから居住手続きを行う日本人にもそのことを伝えてください」

その言葉を聞いたとき。日本では何かにつけて無職だの税金泥棒だのとさげすまれる専業主婦の仕事が、中国では一つの職業としてちゃんと認められると初めて知った。そして、生まれて初めて日本で当たり前だと思っていた主婦=無職の概念に大きな疑問を抱くきっかけになったのだ。

その後仲良くなった中国人女性や他国の駐在員妻には専業主婦も数多くいたが、どの人も「家事や子育てが今の私の仕事よ!」と胸を張っていたのが印象的だった。それを見て、日本人主婦はもっと自分の仕事に誇りや自信を持っていいのではないか?と思った。

もちろん、中国でも家事や育児、介護などに従事する人の社会的地位が決して高いとは言えない。どちらかと言えば労働者が搾取されやすい職業だ。しかし、たとえアンペイドワークでもそれが職業であることを認めているだけでも、中国は日本より考えが進んでいるのではないか?と思わずにはいられない。

そもそも、次代を担う子どもを育てる「育児」や、高齢者をケアする「介護」、家の中を暮らしやすく整える「家事」「家計のマネジメント」など、多岐にわたる仕事を行う専業主婦が、なぜ日本では無職呼ばわりされて唾を吐かれなければならないのだろう?アンペイドワークであっても十分社会に貢献していると思うのだが。

長きにわたり、育児も介護も「無職の専業主婦」によるアンペイドワークに依存してきた日本社会。そのために仕事において女性を差別し続け、無理にでも家庭に縛り付けてきた。

にもかかわらず、今はそのような女性を活用しきれていない人材と切り捨てる。無償労働に甘んじてきた人びとへの敬意も感謝のかけらもない。

そんなどこぞの国家に比べたら、アンペイドワークを職業だと認める社会主義国家の方がよほど健全だとさえ思う。

税制面での不平等が是正されるべきなのは当然だとしても、ずっと無報酬でケアワークをやってきた人を税金泥棒呼ばわりするのはやはりおかしい。

それは愛情の名の下に搾取労働を強いるに等しく、なおかつそのようなアンペイドワークに従事する人への冒涜だ。女性にもっと税金を払わせたいなら、もっと家事育児介護の負担を減らして仕事に専念できる環境を作るべきではないだろうか?

家事や育児はなかなか重労働。それに休みもない。それを職業と呼んで何がおかしいのか?そこは税制とは切り離して考えたほうがいいと思う。公的文書の職業欄にも「無職」ではなく「家事育児従事者」などの名称をつけるべきではないだろうか?でないと、家事や育児の負担を一手に引き受けている主婦はますます追い詰められ、無理を重ねたあげく体を壊してそれこそ廃人になりかねない。

15年以上前、中国の入国管理局で職員に言われた言葉を思い出すたび、私は拝金主義がますます強まる日本政府や日本人がアンペイドワークを決して職業だと認めない考え方に疑問を抱き続けている。そんな考えのままでは、間違いなくこの国は衰退の一途をたどっていくだろう。

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