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【くらたの本棚】1-2 『ウィキッド』とともに読み解く『オズの魔法使い』(中編)

昨日に引き続きこのテーマです。
ペンペン草も生えないほどに書く中編です。

今日は主に『オズの魔法使い』前半と『ウィキッド』のキャラクターとのリンクを考えていきます。途中、『オズの魔法使い』『ウィキッド』ともにネタバレ有りなのでご注意ください。


最初の仲間かかし 児童文学上重要なモチーフ?ハウルの動く城の王子にも変身

ドロシーの仲間に最初になるのは、かかしです。

ぼくは自分の足や腕や身体がつめものでもかまわないんだ。だって、けがをしなくてすむからね。誰かがぼくの足を踏んだり、ぼくに針をさしたりしたとするだろ、全然かまわない、感じないんだから。でもね、ぼくはみんなにばかだと言われたくはない。それにね、僕の頭につまってるのが、きみたちみたいな脳みそじゃなくてわらだとしたらさ、いったいどうやって物事を知れっていうんだ?

『オズの魔法使い』(小学館文庫)ライマン・フランク・ボウム 江國香織・訳
3 ドロシーは、どうやってかかしを助けたか 41ページ

『ウィキッド』終盤、軍隊に捕まった恋人フィエロを救うため、エルファバは彼をかかしにする魔法をかけます。それはここで描かれた「かかしは怪我をしない、痛くない」という性質からきているのですね。

ところで、これを読んでいてふと連想したのが、映画『ハウルの動く城』。こちらにもかかしのカブが登場します。映画のかかしのカブの正体は隣国の王子でした。
原作は1986年にイギリスの作家ダイアナ・ウィン・ジョーンズによって書かれました。こちらではかかしはソフィーに命を吹き込まれており、かかしはかかしのままだったとのこと(まとめサイト)。児童文学においてかかしは重要な位置づけなのでしょうかどうなのでしょうか。大学のゼミだったら最後まで調べないとレポートになりませんが、今日はいったん頭出しまで。
今後もし何か情報あったら追記します。

とんでもない理由でブリキになったきこり

幼少期に読んだことがあるに違いないのに、再読してまず驚いたのがこのブリキのきこりのエピソードでした。邪な東の魔女(最初にドロシーの家で殺される魔女)が彼の斧にかけた魔法によって、足や腕、頭部を順番に切り落とされ、都度鍛冶屋がブリキに変えてくれたというのです。
命は救われたが最後に胴体を真っ二つにされブリキに変えたときに心が失われたため、妻にするはずだった女性への愛情を感じられなくなったとのこと。
往々にして昔話にはびっくりするような一見残酷な描写がありますが、そこで残酷な目に合うのは悪者であり、読み手の子どもを安心させるための役割を果たします。主人公サイドのきこりがとんでもない目に合うのがこの物語の特徴でしょう。くらたの記憶にもなかったように、子どもにはそれほど残酷に感じないのかもしれません。「鍛冶屋がブリキに変えてくれたからよかった!」と受け取られるのでしょうかね。

ブリキになった過程に東の魔女が関わってくる点、ブリキになる前に美しいお嬢さんを一途に愛していた点は、『ウィキッド』のボックに共通する点と言えそうです。

臆病なライオン

臆病なライオンが臆病になったいきさつは謎で「たぶん生まれつき」とのこと。きこりにくらべてゆるい設定ですね。これなら『ウィキッド』の入り込む余地がありそうです。
『ウィキッド』では子ライオンのころ、動物から言葉を奪おうとする勢力による動物実験を行われ、そこからエルファバが救い出して逃がしたのを勘違いしている、というエピソードになりました。

『ウィキッド』グリンダのモデル その1:北の魔女

『オズの魔法使い』では、南の魔女だけが名前が明かされており、グリンダという名前です。『ウィキッド』の主人公のひとりグリンダはここからきているのでしょう。

『ウィキッド』で竜巻に飛ばされて家ごと東の魔女をつぶしてしまったドロシーを迎えるのはグリンダですが、『オズの魔法使い』では名前のない北の魔女です。白い帽子、白いガウン、白髪の、年をとった小さな女の人として表現されています。

「私自身は北の国に住んでいるんですけれどね。東の魔女が死んでいるのを発見して、マンチキンたちは迅速な使いをよこしました。それですぐに駆け付けたの。私は北の魔女です。」
「まあ!なんてこと!」ドロシーはさけびました。「あなた、本当の魔女なの?」
「ええ、そのとおり」小さな女の人はこたえました。「でも、私はいい魔女よ。人々に愛されている。」

『オズの魔法使い』(小学館文庫)ライマン・フランク・ボウム 江國香織・訳
2 マンチキンたちとの会話 23ページ

「でも、私はいい魔女よ。人々に愛されている」とは、不愉快な要素を排し、子どもたちがのびのびと楽しめることを企図した作品らしい天真爛漫な台詞ですね。『ウィキッド』のグリンダが、広く人々から愛されることに強いこだわりを持っているのは、このあたりからきているのかもしれません。

『ウィキッド』グリンダのモデル その2:南の魔女グリンダ

一方、本丸の南の魔女グリンダは、誰にでも親切な美しい女性として描かれています。また、長生きしているのに若々しいとの表現もあります。

みんなの目に、グリンダは美しく若く見えました。髪は豊かな赤い色、巻き毛が両肩に流れおちています。ドレスは純白で、目は青でした。その青い目がやさしそうにドロシーを見つめます。

『オズの魔法使い』(小学館文庫)ライマン・フランク・ボウム 江國香織・訳
23 いい魔女がドロシーの願いをかなえる 244ページ

また彼女は人間離れしたいい人ぶりをみせます。
ドロシーから翼のあるさるを呼びだせる金色の帽子を受け取ると、三回の願いを、かかし・ブリキのきこり・ライオンをいるべき場所へ返すことに使うと約束します。

グリンダは言いました。「(略)そうやって金色の帽子の魔力を使いきったら、帽子をさるの王様に返すことにしましょう。さるたちがみんな、この先ずっと自由に暮らせるように」

『オズの魔法使い』(小学館文庫)ライマン・フランク・ボウム 江國香織・訳
23 いい魔女がドロシーの願いをかなえる 247ページ

おお、いい人すぎる……。
アメリカの人々が『ウィキッド』を観る際にはきっと、この聖人グリンダが日本人のわたしより強く想起されるのでしょうね。聖人のようなふるまいのうらに、『ウィキッド』で描かれた、「愛されたい」という人間らしい希求をもとに葛藤するグリンダがいるとしたら、より深くて愛おしい人物造形です。

『ウィキッド』エルファバのモデル その1:邪な西の魔女

いっぽう、邪な西の魔女は恐ろしい怪物として描かれています。

さて、邪な西の魔女には目が片方しかありませんでした。でもこの片目には望遠鏡ほどの視力があって、どこまでも見通すことができました。ですから、自分の城の中にすわっていた魔女は、たまたまあたりを見まわして、ドロシーが仲間たちと一緒に眠りこんでいるのを見つけました。

『オズの魔法使い』(小学館文庫)ライマン・フランク・ボウム 江國香織・訳
12 邪な魔女をさがす 139ページ

確かに『ウィキッド』でも、遠くで起こっていることの状況がエルファバに見えているような演出はあったかも。
エルファバの肌が緑色なのは『ウィキッド』のオリジナルなのですね。緑色がゆえに幼い時からずっと阻害されたエルファバがエメラルドシティで「誰もあたしをジロジロ見たりしない」と喜ぶのは名シーンなんだけどな。

邪な西の魔女の肌は緑色ではありませんでしたが、作中には印象的な緑色の描写が多く出てきます。またオズの国の人々は緑がかった肌色をしている……これにインスパイアされて『ウィキッド』のエルファバの肌は緑色になったのかもしれませんね。
また、言語で表現するとこれだけの字数を必要とするものを、眼前に具体化してしまうのが舞台芸術のすごいところです。

緑のめがねに守られていてもなお、ドロシーと仲間たちは最初、この美しい街の輝きにめまいがしました。道には緑色の大理石でできた美しい家々がたちならび、いたるところにきらめくエメラルドがうめこまれています。一行の歩く道もおなじ緑色の大理石で舗装されており、石と石のつなぎめには、日ざしを浴びてきらきらと輝く、エメラルドがぎっしりならんでいるのでした。家々の窓には緑色のガラスがはめられ、この町では頭上の空まで緑がかっていて、お日さまの光も緑色です。たくさんの人が歩いています。男の人たち、女の人たち、それに子供たち。みんな緑色の服を着て緑がかった肌をしており、ドロシーと奇妙なよせあつめの仲間たちのことを、いぶかるようなまなざしで見ています。

『オズの魔法使い』(小学館文庫)ライマン・フランク・ボウム 江國香織・訳
11 オズのすばらしいエメラルドの街 117ページ

そこでドロシーは針と糸を持ち、オズが絹の布を正しい形に切るそばから、それをきちんとぬいあわせていきました。最初のはぎれはあかるい緑色、次のはぎれは暗い緑色、次のはぎれはエメラルドグリーン。オズは気球を様々な種類の緑色にしていきます。

『オズの魔法使い』(小学館文庫)ライマン・フランク・ボウム 江國香織・訳
17 気球がとび立つまで 203ページ

余談ですが、劇団四季『ウィキッド』の公式グッズには緑色のものが多いです。また、観客も緑色のファッションでいらっしゃる方が多かったです。浜松町の駅から「この人は『ウィキッド』に行くんだな」というのがすぐにわかります。くらたも、緑色のカーディガンを着ていきました。

『ウィキッド』エルファバのモデル その2:ギフテッドな「北の姫 ゲイエレット」

邪な西の魔女も強大な能力を持っていましたが、北の姫・ゲイエレットの人物造形には、『ウィキッド』エルファバの要素が潜んでいます。

そのころ、北のはずれには美しいお姫さまがすんでいて、彼女はまた力のある魔女でもありました。彼女の魔力は人々のためになることにだけ使われ、善良な人々を傷つけることなど、彼女には思いもよらないことでした。その姫の名はゲイエレット。ルビーのかたまりを積んで立てた立派なお城に住んでいました。みんな彼女が大好きでした。けれど悲しいことに、彼女は自分から愛する相手を見つけられずにいました。あまりにも美しくて賢かったため、彼女につりあうほどの相手はいなかったわけです。みんな愚かすぎたり、見苦しかったりして。

『オズの魔法使い』(小学館文庫)ライマン・フランク・ボウム 江國香織・訳
14 翼のあるさるたち 172ページ

「あまりにも美しくて賢かったから、自分から愛する相手を見つけられなかった」とは『幽遊白書』の海藤くんみたいですね。なかなかに直球の言葉で放り込んできています。
『ウィキッド』も『アナと雪の女王』もギフテッドの生きづらさを扱う話だから、アメリカ人は能力ある人やギフテッドを好きなのだろうとは思っていましたが、『オズの魔法使い』からすでにこうした人物造形が行われていたのですね。
『ウィキッド』エルファバも、その緑の肌ゆえ、またその知性ゆえ、時の権力者オズに敵対視され、「邪な魔女」と誤解を受けて追われる身となるのでした。女が知性があるとどうなるかは古今東西似たり寄ったり、それを作品として昇華するだけ欧米は先進的だなんて思ったりしました。

次回に続きます。

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