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夏の魔物。|映画『フロリダ・プロジェクト』

 ディズニー・ワールドでは毎夜のように花火が打ち上げられている。その花火の名は「ウィッシュ(希望)」と呼ばれている。希望を象徴するその花火は、パーク内の観客だけでなく、近隣の住民たちも見ることができる。世界中から「夢の国」、「魔法の王国」といったキャッチフレーズで呼ばれるディズニー・ワールドだが、その広大な敷地近辺のモーテルでは、その日暮らしの生活を余儀なくれている人々が数多くいることはあまり知られていない。

“豊かなアメリカ”、”強いアメリカ”を象徴するような「魔法の王国」から打ち上がる希望という名の花火。しかし、実際にその希望を手にできるのはどんな人たちなのだろうか。

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 映画『フロリダ・プロジェクト -真夏の魔法-』。監督は、ショーン・ベイカー。本作の前には、演技未経験の実際のトランスジェンダーの女性を起用し、その生活を描いた『タンジェリン』で話題を集めた監督さんである。しかも全編iPhoneで撮影するなど、リアリティにとことんこだわる作風で知られている。事実、本作「フロリダ・プロジェクト」でも、一部iPhoneで撮影したであろうシーンがある。キャスティングも、若いシングルマザー・ヘイリー役を演じるブリア・ヴィネイトを監督自身がinstagramで見つけ出し、直接オファーして起用したのだから驚きだ。彼女は本作が初演技にして初主演である。

 物語の舞台は、若くして娘を産み育てているヘイリーと娘のムーニー(ブルックリン・キンバリー・プリンス)。貧困層の人々の日常を6歳の少女・ムーニーの視点から描いている。映画内では触れてはいないが、背景にアメリカで問題となった「サブプライムローン住宅ローン問題」を差しているのは想像に難くない。アメリカ全土で600万人がホームレスになったのはまだほんの12年前の2008年の出来事だ。一部の富裕層への税負担を軽減することで大多数の生活困窮者が生まれている。アメリカン・ドリームの影では、いまなお、貧困から抜け出せないでいる人々がいるのだ。

 目と鼻の先には煌びやかなディズニーリゾート。夢の国に打ち上がる花火や響き渡る音楽を共有していても、その暮らしは貧困。その環境は劣悪。夢の国のパステルカラーな世界とは程遠い現実。でも、それが不幸の理由にならないし、不自由の証明にもならない。もちろん、「Are you happy?」と聞かれて「Yes! I'm happy!!」と答えるにはあまりにも重苦しい現状があるのだけれど。

 そこに生きる大人たち、そして子どもたちは必死に笑って泣いてる。例え翌月の家賃、来週の光熱費、明日のご飯代の宛がなかったとしても。それがやたら煩わしくて、でも目を反らせなかったのは、このフロリダのモーテル街の雰囲気や大人たちの姿が、僕が幼少の頃、頻繁に過ごしていた沖縄市・コザ(戦勝国と共存する敗戦国の、小さな島に建設された米軍基地の、目と鼻の先にある歓楽街)の空気と似ていたからかもしれない。クラクラするほど懐かしくって、美しくって、残酷だった。貧困、貧乏、閉塞感のある場所で暮らしたことのある人間にはわかるはずだ。

 劇中では、やたらと大人も子供も、みんながみんな、泣いて怒って笑っている。子供は空腹や退屈を隠すことはせず、大人は明日以降のことを描けずにいる。ムラムラしたり、モヤモヤしたり。人間らしくって愛おしくなる。そして、ある日、少女は大人になる。あまりにも早い大人への目覚め。経済環境や教育環境、大人たちの振る舞いが、少女の子どもでいられる時間を容赦なく奪っていく。

 母と娘。女と男。お隣さんにご近所さん。赤の他人のハッピーライフ。みんな違ってみんないい。なんて、思えない現実をあなたはどう受けとめるだろう? 「魔法の国」と呼ばれるフロリダ・ディズニーワールドのすぐ側にある安宿のモーテル「マジック・キャッスル」でその日暮らしをする家族。悪い冗談であってほしいそのすべてを、いまもなお続く現実を、この映画はポップにカラフルに残酷に映し出す。

 雨が上がれば虹がかかる。夜になれば花火が上がる。しかし、その虹を、花火を、希望をつかめる人間はほとんどいないのが現実だ。それでも、人間には“希望”が必要で、それが無ければ生きていくことはできない。だからこそ、ラストシーン、子供から大人にならざるを得なかった少女は”自由”や”憧れ”の象徴である、”ある場所”に向かって駆け出していく。「ハッピーエンドをもしのぐマジカルエンド」と謳われたこのラストをどうかその目で観てほしい。

ひとこと)
大人が泣く瞬間を子どもは知っている。らしいです。そうだ。たしかにそうだった気がする。いつのまにか、大人になっている自分を痛々しいほど突きつけてくる映画でした。


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