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爆裂愛物語 第十一話 獣の王

「海はいいね。広くて大きい、空と海に囲まれてると、なんか、故郷に帰ってきた気分になるよ。風も気持ちいいね~。波の音も懐かしい……。 あっはっはっはっ! 天を仰ぐぜ……! こりゃいい気分だ!」

 風がやみ穏やかな波が押し寄せる海原、小さな船に立ちつくす我路たち

………………(みんな無言になる)
………………(我関せずな静香)
…………………………
(無言無表情のアイ)
……………………(同じく無言で佇む宮さんと夏凛)
……………………(同じく無言で佇む咲夜とダン)
……………………
「ハハハハハ!」
 園さんは思わず笑ってしまった。いきなり笑い出した園さんをみんな不思議そうに見たけど気にしない。だって……
「大物や!!」
 釣り竿がしなり、鈴のような音が鳴る!
「いやった!」
 竿を振り上げると、大きな魚が宙を舞った。その光景に、胸が高鳴る。
「釣り竿を力強く握り、深呼吸する。目一杯息を吸い込むと、新鮮な空気が肺を満たす。もう限界というように心臓が躍っている。心拍数が落ち着くにつれて、心地よい充実感が残った。そしてどこか懐かしい気分に包まれるのだ。この楽しさはなんだろう? ああ! それは夢にまで見た大漁という喜びではないか!! オレは今、生きているのだ!」
「園さん、園さん」
「?」
 ダンの声にハッとなると、
「魚、逃げられてます」
「なんやとーーー!!!!」
 横では水着姿の夏凛とアイと静香、咲夜、そして凪が泳いでる。広い海に、五人はのびのびとはしゃいでいた。凪と静香は最初こそ海を相手に戸惑い、怯えた様子を見せたが今ではすっかり慣れていた。夏凛は全身タイトな水着姿。咲夜は競泳用の水着を着ていた。
 静香は浮き輪をつけて、凪と夏凛の間をぷかぷかと漂っている。凪は白いワンピース水着。そしてアイはというと……。真っ黒なビキニを着ていた。白い肌、華奢な身体つきがはっきりと分かる。
「なんか……ゆっくりしてんなー」
「しゃーねーだろ、大神島までまだ距離あんだから」
 我路とダンは甲板でBBQをしながらダルそうに話している。
「しかし海の上で肉焼くオレらもオレらだなー」
「しゃーねーだろ。魚より肉が好きなんだから」
「我路はな。あーあ、園さん早く海鮮釣ってくださいよ」
 網の上でジュージューと焼ける肉、滴る脂が煙と炎を巻き上げながら炭火に落ちる。我路はジョッキ片手に冷えたビールを呑む。
「かあ~美味え。この瞬間がいいんだよ」
 ジュージューと焼ける肉から染み出す肉汁、それは香しい匂いを発して鼻を刺激する。もう我慢できない。我路は思いっきり肉にかぶりついた。
「美味しそうに喰べますね、ほんと」
 浮き輪に浮かんだ静香が嬉しそうに笑う。その問いに、我路は長く太い豚バラ肉にかぶりつき頷いた。
 雲ひとつない高い青空に、BBQの煙が入り交じり、上空の雲のように漂う。
「!?」
 水平線の向こうに物影が見えた。一番最初に気づいたのは夏凛だ。
「ん、どうした?」
 一番最初に反応したのが咲夜。夏凛は手を軽く伸ばし、遠くにいる人影を差す。
「人影が見える」
 と夏凛は言う。
「!?」
 目を凝らせば、確かにぼんやりとだがシルエットが見える。
「漂流者だ……」
「なに!?」
 我路が驚いた声を上げ、険しい表情で海を睨みつける。
「ナチスの罠の可能性は?」
「ないと思う……周りに誰もいないし、本人も弱ってる」
 並さんは甲板に出ると、漂流者の方向をジッと見て、
「助けない……ワケにはいかんか」
 そう言って、船室へと戻って行った。船が動き出す。バカンス気分だった凪たちは慌てて甲板に戻らされ、操舵の並さんから声をかけられた。
「凪は右側へ、咲夜は左側へ回ってくれ」
 先ほどとうって変わって緊張感が船内を支配する。凪は言われるまま船の右側へ移る。すると……
「あ……」
 凪の眼の前に……漂流者の男が見えた。男は海流に乗って何ヵ月も流されてきたようで、すっかりやせ細り、服も皮膚もボロボロで既に絶望的だった。気を失っているのか眼を閉じたまま意識がない。
「凪、甲板にあげられそうか?」
「えっと……」
 並さんの指示に戸惑っていると、
「オレがいく」
 我路がすぐに海に飛び込んだ。
「あ……」
「ハシゴを降ろしてくれ、凪」
「え、あ、はい!」
 我路はそう言うと、凪がハシゴを降ろす。我路はボロボロになった漂流者を肩にかついで、ハシゴを上がっていく。凪と並さんもそれを手伝う。漂流者を海から救出し甲板に上げ寝かせた。
「すぐに涼しい場所に移動させろ! あと水と氷だ!」
 並さんの的確な指示に、凪は
「は、はい!」
 と慌てて動きながら言う。
「大丈夫凪ちゃん? あとはまかせて」
 静香が漂流者の身体を冷やし、氷を頭や脇に置く。
「あ、ありがとう。静香ちゃん」
 静香はテキパキと手慣れた手つきで応急処置をすまし、漂流者を看病していく。
「大丈夫そうか?」
 並さんに尋ねられると、夏凛がすぐに答える。
「ええ、多分大丈夫です。脈も呼吸もある。軽い熱中症と脱水症状だと思うから、すぐ落ち着くよ」
 夏凛の言葉に並さんは頷く。そして、少し考え込んでから言った。
「この漂流者……」
「え?」
 と凪。
「……アイ、海流の流れからこの漂流者が何処から来たか、推測できるか?」
 と指示する並さんにアイが頷く。
「やってみます」
 突然の漂流者に船内はざわめく。だがあたふたしていても仕方がない……あとの看病は静香に任せて皆が引き下がっていった。だが、
「……並さん」
 我路は並さんの的確な判断が、いったい何を予想したのかが気になって……
「あの漂流者のことで、何か?」
「……いや、半分カンなんだがな」
 並さんはこんな状況の中でも眉ひとつ動かさない。
「あの遭難者、おそらく……」
「並さん、計算できました」
「!?」
 アイはスタスタとこちらに歩いてくると、タブレットを片手に棒読みで報告する。
「計算の結果、高い確率で大神島からこの海流に流れてきたモノと推測されます」
「!?」
 アイの計算結果に驚く我路だったが、並さんは、
「やっぱりな」
 以前として眉ひとつ動かさず冷静に指示を出す。
「あの男からは話を詳しく聞く必要がある」
「はい」
「我路、静香に、あの男が眼を覚ましたらすぐ全員を呼ぶように伝えてくれ」
「わかりました!」
 我路は深く敬礼をし、すぐに走り出した。
「……なにか手がかりや情報がつかめればいいがな」
 我路が走り去ったあと、並さんは
「あるいは……連中の恐怖だけが、伝わってくるかもしれん。生々しいまでに」
 ボソリとそう呟いた。

 数時間後……
 陽も沈み始めた頃、誰そ彼の夕闇が海原に迫っているとき、その漂流者は目を覚ました。
「う……ん」
「あ! 起きました!」
 男の意識が目覚め始めたことを確認した静香は、急いで船にいる全員に報告した。みんなが漂流者の元へ集まるのにそう時間はかからない。そう……誰もが険しい表情とともに、緊張感をあらわにしていた。
「……」
「目が覚めたか?」
 漂流者に話しかけたのは、並さんだった。
「……ここは?」
「ここは船の上だ。お前さん。漂流しているところを助けられたんだよ、我々に」
「……」
「聞きたいことがある。お前さん……大神島から流れてきたのか?」
「!?」
 大神島……その言葉を聞くと男は
「あ……ああ……アァァァァァァ‼‼‼‼‼‼‼」
「!?」
 発狂した。まるで悪夢から覚めてすぐ恐怖にひきつるように。
「おい! 落ち着け」
 あまりの恐怖で頭がどうにかなりそうだ。荒い呼吸を繰り返し、動悸を抑えられず、不快に湿る息を吐きだした。
「落ち着いて、大丈夫。大丈夫だから。ここは大神島じゃないよ」
「はぁ……はぁ……ぁあ……ああ」
 静香が優しく背中をさすると、男は少し落ち着いたようで、
「どうして……あんなことに……」
「大丈夫よ。ほら、おかゆ」
「……」
「つくってきたの。ゆっくり食べて、落ち着いて」
「……ああ……ありがとう」
 静香がつくってきたおかゆを、口にかきこむ。
「……おいしい」
「よかった……」
「あ……」
 男は暖かい食べ物が体に染み渡ると……安心とともに涙がこぼれてきた。
「……ずっと」
「うん……」
「ずっと……まともな飯、食えてなかったんだ……漂流中も、大神にいる頃も……ずっと」
「そう……大丈夫、ゆっくり食べてね。まだあるからね」
 男はコクリと頷き、スプーンを握る。震える手とスプーンが皿にあたってチリンチリンと鳴っている。漂流者の暗い表情は、だんだんと生気の流れた人間らしい表情に戻っていった。
「……」
 食べ終えた男は、
「大神島は……」
 ゆっくりと、
「地獄島だ」
 話し出した。
「オレたちがずっと神(ガン)と崇めていたモノの正体は……邪神(マズムヌ)だったんだ! あれは悪魔だ‼ 恐ろしい……」
「……」
 そうして彼が話し出したのは……大神島の神と因習、信仰の正体と本質を鋭く貫く……悪夢と地獄の物語。そう……隠された始祖伝説(ニーリ)の続きであり、たどった結末だ。
「南風(パイカラヌカジ)が強く吹く季節。奴らがこの島に突然やって来た。鍵十字の旗を掲げる黒い軍団。その先頭には、それはそれは美しい顔の青年が、白いスーツ姿で降りてきた。彼は自らを
「総統の産まれ変わり、人狼三世である」
 と言ってきた。村人全員が警戒した。そして……村の長が彼等を前に警戒した様子で尋ねた。
「この島にいか用ですか?」
「この島をナチス第三帝国と、千年王国再生の発祥にしたい。この島の信仰を我らが受け継ぐ。邪神崇拝をね」
 青年将校はニヤリと嗤っていた、不気味な笑みで……村長は、
「還りなさい……この島を支配したいようだが、この島の石ひとつ島外に持ち出すモノは神(ガン)に魂を奪われるぞ。」
 すると、青年将校は、
「では絶滅しろ」
 と……右手をあげた。それを合図に……奴ら、黒いガスマスクとロングコート、赤い眼光の軍団が一斉照射したんだ、無抵抗の島民を、容赦なく、躊躇なく、まるで蟲ケラみたいに。
「うがっ、あがが」
「あぐぁ、あああっ」
「いぎぃ、いぎぃ、いぎぃ」
 と……。まるで……。まるで……、そう、まるで……まるで……。まるで……。まるで……まるで……。それはまるで、ひとつの文明を破壊し、ひとつの信仰を冒涜し、ひとつの民族を絶滅させる作業……いや違う! あれは虐殺だ! 大量虐殺なんだ! あの青年将校も、虐殺に加担していた。彼は大量虐殺を前に表情をまったく変えず、死体を踏みにじり、髑髏を踏みしめ、赤ワインの注がれたワイングラスを片手に冷酷に指示していた。
「洞窟(ガマ)に逃げ込んだ人型害虫には毒ガスを投げ込め」
 必死に奴らから逃げ、生き延びようと洞窟(ガマ)に隠れた島民。震えながら息を殺していたが……あの赤い眼光は、静かに、そして確実に獣じみた無慈悲な眼で……正確に島民の位置を把握していた。そして……
「アァァァッァ!!!!!!」
「キャあぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
 奴らは毒ガスを投げ込む。まるで作業のように、冷酷に、淡々と、容赦なく。皮膚に腐食性の有毒ガスを撒かれ、全身火傷を負ったかのように出血と激痛に襲われる。全身が浸食性、腐食性のガスを浴びたせいで、肺を焼かれたような痛みに全身が痙攣し、呼吸をする度、血が血管を行き渡る度に血反吐をもよおすような痛みに襲われる。四肢の末端と頭の中を侵される。睡り毒で何度も何度も揺らぐ朦朧意識。四肢がじんじんする。頭蓋骨の中まで凍るごとき冷厳な寒さがよだれを垂らした耳朶を濡らす。ぬっと一本脈だけの光が途切れることの無い弛緩した意識の中で……
「アァァァァ!!」
 と、断末魔の阿鼻叫喚だけが現実味を帯びていた。
「……っ!」
「あ……っ! ああ……っ」
「ああ、あはぁぁ」
「うぁ……っ! ひぃぃいっ」
 そして必死に逃げ惑う民……彼等は洞窟(ガマ)の外へ、光の射す方へ必死に手を伸ばす。空気を求めて、呼吸を求めて、助けてほしくて、助かりたくて、死にたくなくて、まだ生きたくて、救ってほしくて、救われたくて……現世へ焦がれる亡者のように。
 しかし……あの白いスーツ姿の青年将校は、冷酷に指示をだしたんだ。血のような赤ワインを片手にうっとりと眺めながら。それは残虐な程冷徹な人間の残酷と冷酷に満ちた残虐的忠告であった。
「逃げようとする民は火炎放射で焼き掃え。生かしたまま穢したまま、火炙りに処せ」
 黒いガスマスクに赤い眼光を揺らす兵士たちは、火炎放射器を片手に作業を始めた。
「うぁ……っ! ひぃぃいっ」
 火炎放射器から無慈悲な焔の雨が噴き注がれる度に、生きる生者共の悲鳴と断末魔が洞窟(ガマ)に響き渡る。
「ああ、あはぁぁぁぁ」
 ガスマスクの兵士たちは、無慈悲な焔の雨を降らせながら、洞窟(ガマ)の中を闊歩する。
「いやぁぁぁっあっぁぁ!!!!」
 ガスマスクの兵士たちは、無慈悲な焔の雨を降らせるために、洞窟(ガマ)の中に軍靴の音を響かせた。
「たすけてぇぇぇっ!!」
 ガスマスクの兵士たちは、無慈悲な焔の雨を降り注がせる。冷徹な悪鬼の瞳の如き赤い眼光に、燃える命を監視しながら。
「うぁ……っ!」
 その焔は、生きとし生けるものすべてを焼き払い殺め、軍靴に踏みつけていく。
「ああ、あはぁぁぁぁ」
 燃える骸と、灰になる髑髏を踏みにじる。黒いガスマスクに赤い眼光を光らせた鋼鉄の兵士たちは、無慈悲で冷酷で冷徹な殺戮者だ。
「た……たす……」
 血を吸い暗黒色に輝く緋色の地獄を踏みしめては進む鋼鉄の兵士たち意思なき暴力装置として、人型害虫の駆除作業を渇望し、ただ闘争を求めていた。
『神に祈りを!』
 無情に命を奪う焔の雨は、まるで鉄十字の鎌のように命を無慈悲に奪っていく。
『神に祈りを捧げよ!』
 ガスマスクの兵士は、ただ淡々と殺戮するのみだ。
『我等が神に祈りを!』
 ガスマスクの兵士は、ただただ無慈悲だった。
『神よ! 我等に救いを!!』
 ガスマスクの兵士は、ただただ残酷で冷徹だった。
『神よ! 我らを憐れみ給え!!』
 ガスマスクの兵士たちは、なんら感情の無い瞳で確認する。無表情に観察するだけで一切動きを見せない。その様は獣のそれではない。まるで、神を崇めるが如く……敬虔な信徒の祈りのようであった。

「赤児に弾はもったいない。銃で撲殺せよ」
 白い青年将校の命令に、兵士達は機械的に忠実な人形の如く従う。彼等は部落の貫木屋(ヌチジャー)や穴屋(アナヤー)を踏みにじる。中には泣きじゃくる乳呑み児や生まれて間もない赤児が、生きよう生きようと手を伸ばしていた。そんなあどけない命を黒い兵士達は……容赦なく銃の銃床(ストック)で殴り殺す! 血飛沫と臓物を撒き散らしながら赤ん坊は人形のように撲殺されてゆく。あどけない命達は、原型も表情もとどめないまでグチャグチャに撲殺され、赤児の命は闇へと消える。血の臭いと凍るような静寂が心地よい。もはや泣くことを叶わぬ子供達。太陽の下で大地を駆け回りたい子供は皆無。産まれて数時間後に死に至る憐れな亡骸たちだ。部落の貫木屋(ヌチジャー)と穴屋(アナヤー)を血と臓物に染め上げる作業は終わらない。

「生き残った薄汚い命をクブラバリに集めよ」
 クブラバリ……そこは島の西側の岩場にある横長に裂けた深い谷溝だ。海水の波と潮風に削られたトゲトゲしくゴツゴツとした岩礁、厳しい波風が岩肌にブチ当たり、削り取られ、エグリ抜かれ、オドロオドロしい木霊を響かせる。まるで海の厳しく残酷な一面を彫刻に彫り上げたような風景が……凄まじい迫力をかもしだしていた。そこを……裸にさせられた老若男女が列を成して歩かせられていた……。女たちは乳房と股間を隠さずに両手を後ろ手に縛られていた……縄が赤く擦り切れ腫れ上がっているのが分かった……男たちには生殖器にも縄がかけられ圧迫されて勃起させられていた……。そして彼らはみな一様ではなかった…………幼い子供もいれば老人もいるし幼女も少女もいた……そんな彼らが海風の吹き荒ぶ大自然のど真ん中を裸足で歩いていかなければならないのだ。冷たい塩水に足を浸けながら…………全員裸足だ……裸足でトゲトゲしい岩場を歩かされ、擦れ爛れ、血を流す。激痛に呻き声をあげながらも誰一人立ち止まることは許されない…………黒いガスマスク越しの赤い眼光が、シュタールヘルム型ヘルメットの下から監視している。
「クブラバリ……かつて人頭税時代、島の豪族による人減らしのための処刑場だった地」
 やがて民は、クブラバリを囲うように並ばされる。これからどうされるかも知らないまま、冷たい潮風に怯え、深く底の見えない谷底に恐怖している。
「島の豪族たちはかつて、妊婦をここへ一同に集めさせた」
 民の背後には黒い兵士たちが……銃を片手に構えた。
「そして……妊婦たちにこの谷を飛び越えさせた」
 そして……白い青年将校の合図で民を射殺する。
「たいていの妊婦は飛び越えきれず、谷底に堕ちていった。すると豪族はこう言う」
 バシャッ!!バシャァッ!!!次々と撃ち抜かれてゆく肉塊……。
「ふたり減った」
 撃たれた瞬間ビクンッっと跳ねて倒れていく体……。
「運よく飛び越えた妊婦も、腹をこの岩場に打ちつけることになる。当然腹の子は死産する」
 倒れた肉塊がクブラバリの深い深淵に堕ちていく……
「だからこう数えるのだ。ひとり減った、と」
 ナチス式処刑法、イェッケルン方式処刑、通称イワシ缶詰式処刑だ。
「この場所こそ、我等千年王国の処刑場にふさわしい」
 死体がイワシの缶詰のようにクブラバリの谷底に突き落とされ、並び、また生きる民々を裸のままクブラバリを囲うように並ばせ、射殺し、深淵に突き落とす……これを流れ作業に繰り返す。それは人間の所業には見えなかった。あまりにも効率よく速やかな作業だ。彼等は衝動で人を殺す殺人者じゃない。人を殺す事に慣れ切っている、容赦なく手際の良い虐殺だ。黒い兵士達は一様に無機質な表情が張りついているが、その無表情の下に何を隠し持っているのか。ガスマスク越しにはわからない。人の心を持たない薄気味悪い野蛮さ。人間とは異質な存在だとすぐにわかった。
 ナチスドイツ兵に蹂躙された大神の民は、もう波のように押し寄せてくる恐怖から逃げる術はない。彼等は必死に抵抗し逃げ惑うが、その抵抗もむなしく、効率よく速やかに殺戮され憑くされていった。
「連中を人と思うな害蟲と思え」
 その命をまるで蟲ケラのように踏み潰しながら白いスーツの青年は優雅にワインを飲み干し、空になったワイングラスを投げ棄てた。
「駆除せよ、容赦なく、躊躇なく、確実に」
 すると投げ捨てられたワイングラスが、パリンと、飛び散る肉片と共にバラバラに割れて吹き飛んだ。
「ゆっくり殺せ、愉しく殺せ」
 白い青年将校は舞うように、踊るように、美しく、殺戮を指揮する!
「薄汚い生命(いのち)を!!」
 その様を見て兵士達は歓喜し、狂喜し、熱狂する! 白い将校はニヤリと微笑んだ……死の歌を口ずさむ……。死を呼ぶ歌を歌う…………冷たい歌声を披露する!!
 そして指揮をとる。阿鼻叫喚の混声合唱の指揮を。残虐非道なる地獄の演奏会の指揮を……演奏が始まるのだ……!!音楽というにはあまりにも冷酷な軍靴の音を響かせて、兵士が動く……地獄へと誘うべく行進を始める……! その様を優しく微笑みながら白い将校は見守り、演説をする。その笑顔はもはや快楽殺人鬼の笑みだった! この狂人を前にしたらどんな聖人君主であろうと吐き気を覚えずにはいられないだろう!! そんな狂った演説を兵士達の前で意気揚々と語っているこの男は一体何者なのか……? 彼の名はハンス。WereWolf三世。ナチスが百年と三世代かけて完成させた完全なる兵士。悪魔。吸血鬼……人狼だ! 狼の皮を被った人でない。人の皮を被った狼。人狼だ!

 そして……人狼が、島の神(ガン)の封印を解いたのはその夜だった。大量虐殺の終えた夜、まるでお祭りの終わった夜のような沈黙の中、怯える生き残った民は洞窟(ガマ)の中で震えていた。そして祈った。神(ガン)に。願ったのだ! 島民たちがずっと祈り、敬い、崇め奉り続けた神(ガン)の存在を信じきっていた……。神(ガン)に祈れば、願えば、きっと救われる。きっと救ってくれる。神(ガン)は我々を見捨てない……その愚かなほど無垢で無知で無抵抗な信仰心だけが、今の彼らの唯一の救いだった。だからこそ……あの青年将校が解いた封印と座敷牢から現れた新たな救世主に、彼らは一縷の望みを託したのだ……! だが!?

 現れたソレは、救世主でない……魔物(マズムヌ)だ! 鬼神(マズムヌ)……邪神(マズムヌ)だぁぁぁ‼‼‼‼‼‼‼‼‼ その日を境に、人類史上初の地獄がはじまった……それは神罰であり呪詛であり祟りである……大量虐殺だ。
 目覚めたソレは、雪のように白い肌に漆黒の髪、黒い眼球結膜に浮かぶ赤い瞳孔……その紅い双眸はまるで血液そのもののようでもあり宝石のルビーのようでもあり妖艶な眼差しのようでもあった。唇はまるで薔薇の花弁のように紅かった。長くしなやかな両脚は、まるで蛇のように絡みついて離れない魅惑の蠱惑さがあった……長くしなやかな両腕は、まるで神話の世界から出てきた天使のようだとも見えた……筋肉質で美しい体躯は、彫刻のように芸術的であり、神が与えた造形物であるように錯覚させるものだった。

 大神の民は、誰もが彼に救いの手を伸ばした。その高貴で美しく、神々しい姿に皆が涙した……救世主だと信じたからだ。だからこそ畏れ敬い畏怖した。誰もが手を合わせ祈ったのだ……この残酷な世界で、生き残るためにはそうせざるを得なかったのだ……希望を信じざる得なかった。彼を信じなければ生きていけなかったのだ! 凍てつく月に照らされた彼を……神(ガン)と崇め奉り、信仰の対象とした。彼は全てを赦し救う存在だと信じたのだ……彼の力は絶対的で崇高なものだと信じて疑わなかった。彼だけが混沌に満ちたこの島の民を統治し、秩序をもたらす信仰となると信じていたのだ! 混沌が支配してしまったこの島に、民を治める統治システムが必要だった。信仰が必要だった。だから彼を求めた。祈ることによって、許しを乞うことで、自分たちの存在理由を求めようとしていたのかも知れない……自分たちがまだここにいることを誰かに許してほしかったのだろう……しかしそれは決して正しい行いではなかったのは確かだろう……なぜなら彼らはあまりにも無知だったからである……自分たちが置かれている状況を理解していなかった……いや、眼を逸らした。ほんとうの闇から……神罰と呪詛と祟りの名の元に、ほんとうの闇からは眼を逸らしたのだ。その代償が……始まろうとしている。

 天使と悪魔の合いの子のようなソレは、凍てつく月に照らされながら、ゆっくりと裸姿で座敷牢を抜け出し、大主神社の鳥居をくぐり、漆黒の森を抜け……部落へと足を運んだ。
「闇よ……オレを照らせ」
 ニヤニヤと嗤いながら、獲物を探すケモノの眼で辺りを見渡しながら、
「殺害の志を」
 一歩ずつ踏み締めるように歩みを進めていった。
「殺戮の志を」
 彼は歩くことで、何かを感じるのか、それとも何かを味わうのか……?
「大量虐殺の志を」
 わからないけれど……彼の瞳が悦楽に浸っていたのは確かだ……! 口元をニヤリと吊り上げて、凍てつく月の下……虐殺の夜を始めた。
 
 デタラメな速さと嗅覚で洞窟(ガマ)に隠れる子供を見つける。着物姿に怯えながら神(ガン)に手を合わせ祈る子供達……が隠れる洞窟(ガマ)、凍てつく月にシルエットとなった美しい裸姿の男が、こちらを覗いて囁いた。
「見ーつけた」
 一人ずつ虐殺だ! 順番にグチャグチャに殺す!! まるで遊ぶように無邪気に、骨を砕き肉を引き裂き臓物をエグリ出し、眼球を潰し、手足を引き千切り、解体し、頭から齧りつき喰らい、指をペッと吐き出した。まるで無邪気な子供が蟲ケラを相手に残酷な遊びをするように。
「いやーーーー」
「やめえぇぇ」
「い、痛いよ! 痛いよ!」
「ご、ごめんなさい! ごべんなさい!」
 ズサッ……ザシュッ…………グシャッ!!! ドッ……バシャァァァァァア!!!! 飛び散った内臓と肉片が男の体を赤く染めて、流血を注ぎ浴びてゆく。 この瞬間にも狂気の遊戯が繰り広げられていた……。
「ハハハハハハ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
 男はずっと嗤っていた。愉しそうに無邪気に邪悪さを滲ます声で嗤い続けていたのだ!
「子供を殺すのは愉しい‼ 肉も骨も柔らかい、まるで女だ‼‼」
 そして子供達の髪をつかんで首の皮を引っぱり、頭と胴体を引き裂き……生首を手に握った。
「ヒャハハハハ‼‼‼‼‼‼‼」
 両手に握った生首を天にかざし……生き血を吞み干す。するとさらに身体中が熱くなる……! 躰中を駆け巡っていく衝動……!! 熱い!! 熱すぎる!!!! 血が沸点を超えている! 身体の細胞ひとつひとつが燃えている!!
「もっと‼ もっと殺戮を‼‼」
 男は天に求めるように両手をあげ、叫び声をあげた。獣が咆哮をあげるように、夜の闇を引き裂いた!
「……」
 子供達の生首が学校の校門に飾られる。両眼を突き刺さされ、目蓋を切り裂かれ、口の方からそれぞれ両耳に向け切り裂かれた生首が、校門に飾られ、月に照らされている。その様はまるで『不思議な映像』だ。誰が見てもおぞましい残虐な殺人事件に見えるだろう……狂気の世界がそこにはあった……。子供達は、死んでいるようにも見えたが生えているようにも見えた。そんな不思議な光景を見ながら、男は興奮していた!
「もっと‼」
 もう一度生首を見つめる……そして……勃起した。

 山……黒い森の中、木々と葉の間から微かに差し込む月光を頼りに着物姿の女たちが木の実を探していた。幼女も少女も婦女も、皆痩せこけており泥だらけだ。けれども……
「こんな時だからこそ、外に出て、ちゃんと食べないとね!」
 女たちは息を潜めながらもなんとか楽しもう、希望を持とうと健気にも前向きだった。生きていればきっといいことがあるはずだと信じていたのだ……この島ではそう信じるしかなかった……いつか解放されるかもしれないという淡い夢を見なければ耐えられないのだから……。だが、
「!?」
 現実は残酷だ。神罰と呪詛と祟りがそれを赦さなかった。踏みにじろうとしていた。差し込む月光から微かに見える……樹海の奥からこちらを覗く裸の男の姿……狂気に溺れていく邪悪な笑みとともにゆっくりと歩いてくる! 女達はその異形の姿に戦慄しながら慄いていた……その者の姿は恐ろしく妖しいほどに美しく淫猥であり禍々しいまでの威圧感に満ち溢れていて妖艶ささえ感じさせるほどの威圧を感じざるを得なかった……! その男は凍てつく月を背負い影絵のようなシルエットになっていたが確かにそこに存在していた。そう……あの男こそ神(ガン)の正体、あの男こそが、島民が崇め奉ってきた神(ガン)……この島の秩序と支配者である絶対暴君だ!! 男はまるで獲物を見つけた肉食獣の如く、舌なめずりながら嗤った!
「いやぁぁぁ!!!!!!」
「やだぁ……やめてぇぇぁぁ!!!!」
「お、っお願いぃぃっ!!!!!」
「いやだぁぁぁ!!!!!!」
 男は女たちを犯した。服を剥ぎ取り、幼女も、少女も、婦女も……弄んでは血を吸い、顔に傷を刻み憑け、胸を揉み潰し、子宮を突き刺し、全身を血に染め、挿入し、射精し、愉しんでいた……!
「ハハハハハ‼‼‼‼‼‼ 女とヤるのは百年振りだぞ‼」
 犯すごとに男の肉棒はさらに巨大化していき凶暴さを増し、肥大化してゆく……! もはや人間のそれではない! 凶器そのもの!!  これこそ究極の破壊神! 破壊の化身! 世界を壊し征服するモノだ! まさに人類史上最強最悪の悪魔のような存在だといえるだろう……!! そんな男が嗤いながら女たちを犯している姿がそこにあった……! 男は嗤う! 嗤う! 狂笑する!! 嗤い続ける!! 彼女たちの泣き叫ぶ声を愉しみながら嬲り続けてゆくのだ……彼女達の身体に残る傷跡から赤い血が流れて地面に落ちてゆく。男の手や口元からも紅い血が滴り落ちている……女たちの血だ! 幼女たちの血だ! 少女たちの血だ! 婦女たちの血だ! 男は彼女たちから絞り尽くした命を奪い去り絶望の底へ追いやった後、今度は彼女達の肉を喰らっていった! 骨を砕き手足を引き千切り臓物を引きずり出し……火で焼いて喰らうのだ。漆黒の森の中で……肉の焼ける匂いと煙が渦巻く。
「ガハハハハ、いいバーベキューだ。血が沸き肉躍る……! 最高だ!!」
 男は嗤いながら貪り喰らっていくのだ……。女の屍体が山積みになり鮮血の海ができる……鮮血の海と山積みの骸の上……御嶽(ウタキ)の前に赤い縄で緊縛された女の屍体が、凍結された舞踏のように吊るされ、飾られている……その様子はまるで神聖な儀式のごとく神秘的なモノに見えた。全裸の女の骸が、赤い縄に縛られ、磔られた姿は不気味さと美しさを兼ね備えており幻想的で奇妙な情景であった……血を吸われているのか、蒼白かった。蒼白い肌に黒い長髪、ガラス玉のような瞳、真っ青な唇……その表情からは生気というものが感じられない、虚ろな顔だ。 その女はただ無表情のまま男を無言で見つめているようだった……。彼女は静かに佇んでいるだけなのだが、何故か異様な妖しさがあった……その姿を見つめながら男は不気味な笑みを浮かべ……
「美しい」
 男は頭蓋骨に血を注ぎ、盃を交わした。復讐を果たした後の静かな喜びに浸りながら、男の瞳は血よりも深い赤に染まり切っていたのだ……! その瞬間からすべてが変わったのかもしれない。まるで使命が終わり、新たな始まりを予感するかのように……。それは邪神(マズムヌ)この島を、いや、世界を……地獄を創る真の支配者として産まれるための儀式だったのかもしれない……。この島が子宮(アガミクル)なら、産まれ堕ちたモノは何だ?」

 大神島からの漂流者は、ここまで一気に我路たちに話すと……
「うわぁぁぁぁ!!!!!」
 叫びだした。
「あぁぁぁああああああ!!!」
 トラウマと悪夢に全身を貫かれ、彼は叫んだ! 駆け巡る忌まわしい記憶が、フラッシュバックのように鮮明に思い出される!『痛いよぉ!』『ママ!!』『助けて……パパ……』『お兄ちゃん、こわい』『もうやめてぇ……お、お願いっ……お願いします!!』『誰か……誰か……助けてください……!!』
 亡者と怨霊たちの無数の手が掴んで離さない。まるで地獄だ。誰のせいだ? 一体誰が悪いのだろう? 誰のせいでこうなったのだろう? 何故こうなってしまったのだろう……? みんな、死んじまった……。もういやだ……早く楽になりたい……早く殺してくれよ……もう限界だよ……! 死にたい……死にたくない……! 死にたいけど生きたい……! 矛盾してるな……でもそれが人間だ……生きたくても生きられない人間たちがいる一方で死んでもいい人間もいる……!
「お、オレたちが」
「……」
「信仰していたのは……」
「……」
「神(ガン)じゃない……魔物(マズムヌ)だ」
「……」
「オレたちが一体何をした?」
「あ?」
「崇め奉ってきた神(ガン)に、なぜこんな目に……」
「あぁ!?」
 ここまで聞くと……
「ふ、ふざけんなぁ!!!!」
「!?」
 声を荒げて立ち上がった我路は、突然怒り出した。
「テメェらが勝手に神と崇めたんだろうがぁ!!」
「……」
「テメェらはそうだ。神にすることで闇から眼を逸らしてきたんだ!! ずっとずっと」
「……」
「そして、テメェらの勝手な都合に合わせた『神の呪い』『神の祟り』『神の魂喰い』の名の元に、ずっとずっと真実から眼を逸らし、隠してきた!! テメェらは臭いモノに蓋をするように、鳥居に、神社に、座敷牢に、ブチ込んで。そして神と崇めることで差別してきてきたんだ!! ずっとずっとあいつを!! テメェらはあいつの気持ちも想いも闇も、“ほんと”からはずっとずっと眼を逸らしてきた。神の名の元に、神と崇めることで、神と讃えることで、眼を逸らしてきたんだ!! それが差別だ!!!! だから今こんな状況に陥っているんだ!! 」
「違うッ!!」
「違わないッ!! いい加減現実を見やがれッッ!!!」
「くっ……!!」
「……っ!」
 誰もが息を呑み込み、沈黙した。皆の表情が険しくなると同時に空気が張り詰めていくのがわかった……。
「そうさ……所詮大人なんて身勝手だ……いつだって自分のことばかり考えてる……! 自分たちの理想のために、自分にとって都合の良い子供像を押しつけ、子どもを利用し、平気で切り捨てるんだ……」
「……」
「ほんとの神は呪いなんてしない。もし呪うなら、祟るなら、魂を奪うならそれは……テメェらの信仰の結果だ。その程度の信仰だった、ってことだ」
 沈黙が流れ、言葉を失くし、誰もが立ち尽くす。強烈な感情と真実の言葉、圧倒的な背景を前に誰も何も言えないまま立ち尽くしていた……
「……近くの港には降ろせる。そこからは好きにしろ」
 並さんが漂流者にそう告げると、男は黙ってコクリと頷いた。
「……」
 我路は居ても立っても居られないように部屋を後にする……
「我路?」
 そのすぐ後を凪が追いかけるようについていくと、部屋から出ようとしたところですぐに我路に追いつき……手を握った。
「我路……」
「……」
 すると、ふたりが瞳を見つめあった。ジッと……不思議だ。それだけで、安心できるように……我路の表情が微かに変わる。それと一緒に、凪も……表情が暖かになっていくんだ。まるでそれだけで総てが伝わるように。そこに言葉なんて必要ないみたいに、ただ見つめあってるだけで……痛みも、哀しみも、総てがわかち逢えるようだった。それだけなのに、とても安心できて、心が落ち着いた。ただただ切ないくらいに溢れてきてしまって、止まらなくなってしまうほどに。

 数日後……
「あれが大神島か……」
 甲板からピラミッド型の孤島が見えた。鉛色の空にうつされた海面の上をゆっくりと船が行く……もう間もなく到着するだろう……。
「!?」
 タブレット越しにアイが島の不審に気が付いた。
「!!」
 その後すぐに……夏凛も違和感に気づき、立ち上がる。

「……」
 大神島唯一の港にたどり着く一行。そこには埠頭だったものの残骸が打ち捨てられていた……船の発着場やクレーンなどはすべて撤去されており、ただただ寂れたコンクリートの塊が波間に打たれているだけの、廃墟同然となっていた……
「こ、これは……」
 そんな港から大神島の大地に降り立った一行は……あまりに悲惨で、予想外な状況に言葉を失ったまま立ち尽くしていたのだった……
「おい! これはなんだ!? 何があったんだ?」
 黒いロングコートとシュタールヘルム型ヘルメットの兵士たちの死骸……それが無数に島を充満している。コンクリートブロックにうな垂れるモノ、海面をプカプカと浮かぶモノ、電信柱に吊るされるモノ、アンテナに突き刺ささられているモノ……そのどれもが、左腕に……ハーケンクロイツの赤い腕章を巻いていることに気がつくだろう……ボロボロになったハーケンクロイツの旗。なびく旗の元にもたれかかった兵士の死骸……シュタールヘルムの下に、白骨化した頭部が見える。眼窩は落ちくぼみ、顔面は干乾びていた……。SSの黒い軍服が血で汚れている。にも構わず……彼らは戦い続けたのだ……そして力尽きて、ここで死んだのだ……彼らだけではない……この島全体に染み憑いた匂いは死臭だ……ここにきてやっとわかった……
「……なにこれ……」
 凪は思わず息を飲んだ……
「……いったい、どうなっとるんや!?」
 宮さんも驚きを隠せないようだ……
「……とにかく、降りてみよう」
 並さんの言葉に一同が大神島の大地に降り立った。改めて降りると死臭がひどい……鼻を刺す腐乱臭が漂ってきた。あまりにも酷い匂いだ。それにこの島全体が生き物の気配がなく静か過ぎる……空気が死んでしまっているように感じられた。まるでこの空間には何も存在しないかのような感覚だった。生命の残骸だけしかない世界のようだ。建物の壁などもボロボロになっており、天井もかなり落ちているところもあったりして瓦礫まみれとなっている箇所がいくつもあった。足場が非常に悪い。
(………….)
 そんな光景を目の当たりにした我路たちは絶句しながらも先へ進んでいったのだった………………いったい何があったのか? そしてその先に何があるのか?……その疑念を抱えたまま進んでいくしかなかったのである………………
「!?」
 五分くらい歩き続けただろうか?
「生きてる人がいる」
「なに!?」
 夏凛が駆け出したそこは……洞窟(ガマ)だ。
「……」
 ジメジメとした湿気に、無数の骸骨。天井からは時折雨水が滴り落ちる……
「!?」
 そんな暗い空洞の中に彼はいた……
「……」
 体中血だらけになって、地面に横たわったまま身動き一つしない彼の瞳に生気はない……生きてるのかどうかもわからないくらいだ……
「え?」
 しかし間違いなく死んではいないようだ……その証拠に体からは赤い血が滲み出ており出血多量ではあるがまだ生命活動は続いていて心臓が動いていることが確認できる……
「ハ……」
 だがその生命力もいつまで持つかわからない状況だ……
「ハンス?」
 このまま放置しておけば確実に死んでしまうだろう……彼は血まみれの白いスーツ姿に、青い瞳と金の髪をしている……彼の体は氷のように冷たくなっていてるが、息はまだあるようだ……
「う……」
 するとその瞬間、急に眼が見開かれる! 次の瞬間、口から大量に血を吐いた! 手足が激しく痙攣を始める! もはや一刻の猶予もないことは明らかであった……
「……」
 誰もが一瞬考えた。彼を助けるべきか否か……だが、
「大丈夫!?」
「!?」
 凪がすぐに駆け寄った。
「お、おい! 凪!!」
「情報が必要でしょ?」
「!?」
 凪のすぐ後ろを、救急箱をもった静香がついてくる。考える余裕などなかった。ただ尋常でない様子の彼を目の前にして思考が追いついてこないのだ。彼が今危険な状態であることは明白だ。それを理解した瞬間、彼女は彼の横に膝をつきすぐに応急処置を始めたのだった……。
「……っふ」
 我路は苦笑いしてみせた。いつの間にか頼もしくなった凪に、不思議な安堵感を抱いていた。
「……っく」
 そんな顔をするとハンスは再び苦悶の表情を見せた。まだ意識が混濁しているようだ……彼は薄く瞼を開いていく……やがてその焦点が合わさり始めるのがわかる……。
「え?」
 すると……今度ははっきりと口を開いてこう告げた…………
「殺志が……裏……切ったぁ…………」
「!?」
 一同の背が凍り付く。それほどまでの意味だった。彼は……苦痛の中、続けて話す。
「奴は……いま……自衛隊から奪取したイージス艦、『セリオン』を……たった一人で奪い、操作している」
「はぁ?」
「目的は、北方領土……『セリオン』の核ミサイルを……北方領土に、発射、する、こと……」
「!?」
 みんなが沈黙とともに背筋が凍てついた。
「なん、だと?」
 まるで的にめがけて一直線に狙う弓のような悪意に。
「そんな、バカな」
 そして、その悪意は、
「そんなことをしたら」
 この物語が、
「そんなことが起きたら」
 この世界が、
「ロシアとの戦争は避けられん……」
 世界そのものの未来をも左右する。
「第三次世界大戦と核戦争……核の冬が、世界を滅ぼすぞ」
 そう……矢は放たれた。もう止められないし、止めない。

 遥か洋上……イージス艦、セリオン
 
 自衛隊が誇る最新機器が充満する緻密かつ洗練された軍艦。最新鋭の技術によって造られた装備の数々に、乗組員たちは自信を持っていたの……はずだった……のだが……今はどうだろう? 彼らはみな死骸だ。誰一人生きてはいないだろう……艦内は地獄絵図と化していた。死体の山、血だらけの床、壁、天井、廊下、至る所に広がるおびただしい血痕、悪臭、飛び散った臓器、引きちぎられた肉片、転がる目玉、髪の毛……跡形もなく粉砕されミンチになった身体…………どれもこれも見るに耐えない惨状だった。そしてそれらは紛れもなく人であった者たちの残骸なのだ。それがまるでゴミのようだと言わんばかりに無残にも無造作に散乱している。この船の生存者はもはや誰もいない……自衛隊が誇る最新鋭イージス艦は、幽霊船と化した。

 だが……
「ハハハハハ」
 そんな幽霊船を、
「ハハハハハハハ」
 蠢く影がある。
「フハハハハハハハ‼‼‼‼‼‼‼‼」
 まるで幽鬼のように駆け巡る影は、信じられない速度と正確かつ圧倒的な動きをもって、たった一人で、イージス艦を、セリオンを……自衛隊が誇る最新鋭軍艦を、操作している。まるで自分の身体の一部であるかのうように、自在に動かし、踊り……嗤っている。
「ハハハハハハハ‼‼‼‼‼‼‼‼ ハハハハハハハハ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
 影は黒と赤のロングコートをゆらめかせ、甲板からジッと水平線の彼方……北方領土を目指す……死神のごとく。死の鎌、核兵器をふりまわしながら……………………。……ああ…………悪魔だ……あの姿はまさに…………死をもたらす漆黒の翼を持つ者の如く……
「闇よ、オレを照らせ。殺害の志を。殺戮の志を。大量虐殺の志を」

 その時、
「!?」
 殺志の黒く赤い瞳に……一瞬だけ、モノクロの映像が浮かんだ……

 大神島の大主神社……ユタたちが集う神聖な場所でありながら、陰陽師たちが祈り、異様な殺気に満ちた空間。異教が混在する混沌とした歪な聖地だ。御嶽をしめ縄に縛り憑けた下、石造りの小さな社殿にある薄暗い祭壇には……五芒星を刻んでいる。巨大な鳥居の前には無数のロウソクが立ち並び、大日本帝国の最高幹部たちが、儀式という名の実験を見守っている。
「お~これは素晴らしい。安徳天皇にそっくりじゃあないか」
 牛島満大将が膝を降ろし、満足気な顔で肩を抱く高級な着物姿の幼い子供……その首には……美しい勾玉が、飾られていた。
「いよいよ神となる時がきたぞ」
 だが……
「お父様?」
「?」
 男の子の手には、
「僕、神様なんてなりたくない。人間(ヒト)でいたいよ」
「⁉」
 ギューッと強く握りこぶしが握られていた。
「……」
 それに気づいた牛島満大将は、
「……」
 男の子の肩を強く握る。潰してしまいそうなぐらい、力強く。そして……

「……」
 イージス艦セリオン……甲板に佇む殺志は、一瞬だけの白昼夢に微睡んでいた……
「……」
 しかしすぐに我に返ったように、
「ハッ」
 ニヤリと嗤った。

つづく


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