見出し画像

「元ヤン」医師が子どもを連れて私の児童精神科外来にやってきたぞ。

■元ヤンの先輩医師


私の先輩に「元ヤン」と呼ばれる先輩医師がいます。
大学学生駐車場に医学生なのにこんな車乗るのか?とびっくりするぐらいの派手にいじった紫色の車。

みなさんも若いころは何かしらトンガっていたとは思いますが、私もその中の1人です。しかし、先輩には足元にも及びません。先輩は、まさしく1匹狼。みんなとはつるまない先輩には、あることないこと伝説のような噂が流れていました。だからみんな怖い。先輩に対する壁は、みんな感じていたと思います。

マンガですと、話してみると実は優しかったり、雨の中でずぶ濡れで子猫を抱えていたりとか、そういう話もあるものですが、そんなことはありません。一瞬、一呼吸を溜めて話す先輩は、「何を言うのかわからない」怖さがあったため、話すともっと怖いのでした。

先輩ですのでこちらから接触しなければ接点はありません。私も大学を卒業、研修医をへて、東京そして埼玉へと転々としていましたので、記憶の片隅にすら先輩の存在はありませんでした。

■まさかのめぐり合わせ


しかし児童精神科医として勤務していた私の元に、先輩がお子さんを連れてやってきたのです。電話で予約の問い合わせがあった時点で、あの先輩の顔と所作が一瞬で私の脳裏によみがえり、腰を抜かすほどびっくりしたのですが、お断りする理由などありません。これが私の仕事なのですから。本音は「先輩のお子さんはちょっと…」と言いたいところでしたが、そういうわけにはいきません。

先輩のお子さんは中学生。不登校となっていました。先輩のお子さんは小学校高学年から休みがち。いきなり学校に行かなくなってしまうお子さんにはきっかけがあるものですが、徐々に不登校となっていったお子さんは、はっきりとしない理由で葛藤の上に不登校に至ったものが多く、学校自体がストレスだったりします。ですから、葛藤の上に不登校を選んだのであれば、それは子どもの意志として尊重しなければなりません。

要は「学校はまた行きたくなったら行けばいいんだよ」ということです。先輩にそういったことを伝えたところで、「ふざけんじゃねー。俺はこいつを学校に行かせたくて来たんだぞ!」と怒鳴られるのではないかとヒヤヒヤものでしたが、先輩は「……わかった」とだけ答えました。

先輩も常勤医として勤務していたので、そうは受診に来られないはず。そう思っていましたが、2週間ごとの診察でも先輩はしっかりと仕事を休んでお子さんに付き添い、ときに私の言葉をメモしたり、質問をしてきたりしました。先輩は言葉でどういうことかを伝えてほしいと言い、私もそれにこたえる診察です。
「要は、子どもが家にいたら幸せという風に居心地をよくしてほしいんですよ」
「チッ、わかった」
私服の先輩は誰も医師とはわからないでしょう。元ヤンというよりチンピラ。看護師に私の先輩ですと紹介したところ、びっくり。腰を抜かすほどでした。。

先輩も最初はお子さんを学校に連れて行こうと必死だったそうですが、それでうまくいかないと気づいて私の元に。
それからは彼を家で、「学校に行かなくてもいいんだよ」と安心感を与えるうちに、時間はかかりましたが、自分の気持ちを少しずつ話すようになりました。そればかりか先輩は常勤医を辞めて、なるべく家庭にいるようになったのです。お子さんの気分が上向くようにと、一緒に散歩に行ったり、釣りに行ったりしたそうでした。

■自分に自信を持って将来を考えられるようになった子ども


安心感に包まれて、お子さんは自信を持って高校に行きたいと言ったそうです。チャレンジ校、農業高校、サポート校、そして通信制高校いろいろ見学や体験に行きました。結局、彼は農業高校を選びました。
「勉強ばっかりはいやだったんだ」
ほぼほぼ3年間不登校でしたが、中学校卒業式には出席し、農業高校に合格したと児童精神科外来での面談で報告に来たときのこと。

「子どもが自分で行きたい高校を決めたっていうのは自信につながるし、それが一番なんですよ。よかったですね」
と、先輩に伝えてから、患者である先輩のお子さんには、
「高校入学には親の意志が50%以上、加わっているんだ。親御さんが行きたい高校を選ばせてくれたっていうのは幸せなんだよ。行きたい高校を選んでもいけないなんてことはよくある話なんだよ」
と伝えると、彼は先輩と母親を見上げて、
「わかっている。パパ、ママありがとう」
と言ったのです。もうその時には私も先輩もみんな泣いていました。元ヤンならではの熱い思い。
「チッ泣かせるじゃねぇか」

不登校の子を持つ親の気持ち。先が見えない不安。「学校に行かなくてもいいんだよ」と腹をくくるには覚悟がいります。

児童精神科外来をしていて涙なしには語れない話です。児童精神科医である私を頼ってくれる人がいる。そんな思いも私を泣かせた要因の一つです。

この記事が参加している募集

仕事について話そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?