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【トランス差別】橋本愛は何故”差別主義者”と言われたのか?

こんばんは、烏丸百九です。

別の話題について書く予定だったのですが、先日発表されたスポニチアネックスの記事がネットで大バズし、Twitterなどが地獄絵図となっていたので、緊急的に対応しようと思います。

橋本はストーリーズで、出生時の身体的性別と性自認が異なる「トランスジェンダー」の女性が入浴施設や公共のトイレを使用する際、「体の性に合わせて区分する方がベターかなと思います」「もしかしたらLGBTQ+の方々にとっては我慢を強いられるような気持ちになるかもしれませんし、想像するととても胸が痛くなります。けれど私は女性として、相手がどんな心の性であっても、会話してコミュニケーションを取れるわけでもない公共の施設で、身体が男性の方に入って来られたら、とても警戒してしまうし、それだけで恐怖心を抱いてしまうと思います。そんな態度をとって傷つけたくもない」と率直な考えを投稿した。
 これについて一部から「トランス差別」などと批判の声が挙がる事態に。最新の投稿で「とても有難いご意見をたくさんいただき、トランスジェンダー差別について、昨晩からたくさんたくさん調べました」とし、「もう二度と、考えの至らないまま発言をしてしまわないために、何よりこの世界に生きる誰かをこれ以上傷つけてしまわないために、今私が約束することは、今後必ずアップデートし続け、学び続け、そして行動し続けるということです」「本当に、心から、ごめんなさい。本当にごめんなさい。学びの機会をくださり、本当にありがとうございます」「ヘイトの気持ちなどまったくなくても、あらゆる視点から色んな人の気持ちを考えてやっと言葉にしても、無自覚に人を傷つけてしまったこと、反省しています。勉強になりました。教えてくれてありがとう。傷つけてしまった方々、ごめんなさい」と記した。

上記記事より(強調引用者)

まず、批判を受けて当初の意見を180度転換し、潔く謝罪した橋本愛さんの判断の正しさに敬意を表したいと思います。「それは差別では?」と指摘されるとすぐ逆上するのがデフォルトの日本人としては、本当に人権意識が高い証拠ではないでしょうか。その後も文化放送において、橋本さんのコメントを後押しする放送があったようです。

で、お約束というか何というか、スポニチの記事を受けてYahoo!のコメント欄やTwitterでは「これは差別発言ではない!!」の大合唱が起きています。

最初に言っておくと、仮に態度を翻さなかったとしても、この発言を持って「橋本愛は”差別主義者”である」とまでは言えないと思います。
無意識に差別的な発言をしてしまう人あるあるですが、彼女としては「(特によく知らないトピックについて)素朴な意見」を口にしただけで、悪意が無かったのは本当なのでしょうから。

本当に問題なのは、スポニチやヤフコメやTwitterによる差別煽動効果であり、この「身体が男性の~」「入浴やトイレ利用」議論をすること自体が、トランスパーソンに対するヘイトスピーチそのものだという事実でしょう。
本noteの読者には既知の内容も多いと思いますが、おさらいも兼ねて「何故この議論をすること自体が差別なのか?」を客観的に考察しようと思います。

読むのが面倒くさいが、ポリコレサヨク的な見解に反対したい」という人は、とりあえず↓の目次を読んでからブラウザを閉じるか否か決めて下さい。全文無料で読めますので、宜しくお願いいたします。

理由1.「トイレ/浴場議論」は「偽りの問題提起」だから

[イギリス版Guardianの]編集部は、その論点をトランスの権利に対して敵対的な組織から引用した。「宿泊施設や更衣室を『男性の身体を持つ』人々と共有することに対する女性達の懸念は、真剣に受け止められねばならない」と、その社説には書かれていた。
明らかに[2018年の]ロンドンではこうした言い回しが許されていたのだが、そうしたデマの吹聴は同紙のアメリカ版のスタッフにショックを与えた。多くのアメリカのフェミニスト達にとって、そうした言葉遣いはトランスの人たちがジェンダーアイデンティティ[=性自認]に沿って公共トイレを使うことを犯罪化する「トイレ法」を通過させようとするために共和党の超保守派が採用しているレトリックと響き合うものだったからである。

ショーン・フェイ「トランスジェンダー問題」P324より。一部註及び強調は引用者

本"問題"に関心の高い人なら既知の話題かと思いますが、「トランスパーソン(とくに女性)が性自認に沿ったトイレ/浴場を利用すべきか?」という所謂トイレ/浴場議論は、LGBTQに差別的な各国の右翼勢力、とりわけアメリカの共和党右派と宗教右翼によって好んで用いられている差別レトリックです。
日本とイギリスは良くも悪くも「保守的」で「アメリカの影響が強い」という共通点があり、両国で深刻なトランス差別問題が起きているのは偶然ではないのでしょう。

こと有名なのは、共和党が強い州で法律として何度も提起されている、トランスパーソンが性自認通りのトイレやロッカーを利用することを禁じる法律、所謂「トイレ法(bathroom bill)」で、実際に成立してしまった州はそれほど多くないものの、共和党寄りの知事がいる州では、2015年頃から必ずと言っていいほど提出されています。

テキサス州ヒューストンで実際に放送された、トランスパーソンの性自認を保護する法律に反対する共和党のプロパガンダCM。「この法律を認めると女の子がトイレで成人男性に襲われる!」と恐怖を煽っている。

共和党のこうした動きに対抗すべく、リベラル派のメディアが調査を行った結果、法律で既にトランスパーソンの性自認への差別を禁止した各州で、トイレや公衆浴場の(なりすましを含む)犯罪が増加した証拠は一切無く、法案は完全な共和党のデマゴーグであると立証されているのですが、共和党は「嘘も百回言えば真実になる」の精神なのか、2023年の今に至るまで、党を挙げて大規模な反トランスキャンペーンを継続しています。

当然ながら、共和党内で「素朴な女性の恐怖」が重要視されているわけではありません。
共和党がこのような動きを行っている理由には、いわゆる同性婚を法制化する結婚尊重法が2015年に連邦レベルで認められた [註:最高裁判所判決によるもの。大統領が正式な署名をしたのは最近] 事を受けて、今まで「同性婚反対!!」をスローガンに活動していたのに、共和党内からも軒並み同性愛者をカミングアウトしたり、同性婚支持に回る議員が続出したことにより、党内が分裂してしまったことがあります。

神が言っているんだからLGBTQは悪魔であり死ぬべき」と本気で思い込んでいる少なくない数の人々にとっては、これは許しがたい敗北であったため、共和党は次の反LGBTQ政策を考える必要に迫られ、白羽の矢が立ったのがトランスジェンダーだった……というわけです。当然、LGBTQを支持する民主党の弱体化と、自らの支持者の(左派へもリーチする)増加も狙いの一つでしょう。
ちなみにこれは陰謀説でも何でもなく、右派の有力なシンクタンクが自ら発言して認めています。

2017年、過激派グループを追跡する市民団体「南部貧困法律センター」は、ワシントンで開催された保守派組織の集会「バリューズ・ボーター・サミット」に基づき、"TとLGBを分離する"というキリスト教右派の試みに関する報告書を発表しました。同センターは、トランスジェンダーの権利が "反フェミニスト、マイノリティへの敵対、さらにはLGBの個人を軽視するものとして言われてしまう"という傾向が現れていると指摘しました。
「これは、トランスジェンダーの権利擁護者を、その同盟者であるフェミニストやLGBTQの権利擁護者から引き離そうとすることによって弱体化させることを意図した、より大きな戦略の一部と思われる」と、報告書は続けています。
同法律センターのほか複数の報道では、トランスジェンダーの権利に反対する右翼団体「Concerned Parents and Educators of Fairfax County」のメグ・キルガノン事務局長が、サミット中に "トランスや性自認の問題は世間への理解を得にくいので、性自認に焦点を合わせて分裂と制圧を図るべきだ "と述べたことを引用しています。

NBC - Conservative group hosts anti-transgender panel of feminists 'from the left'”より(拙訳)

本邦の自民党の政策がほとんど米共和党のパクリであることは広く知られていますが、所謂ネトウヨ層以外にも橋本さんへの「差別糾弾」に怒っている人が多いのは、保守派のキャンペーンが今のところ日本では上手く機能している証拠とも言えるでしょう。彼らにとっての本丸は、「理解増進法」よりも「同性婚」への反対なのかもしれません。

普段この話題を追っていない人は初めて聞いた話かもしれませんが、日本国内でもトランスパーソンは日常的にこうした差別的言辞に襲われているため、「トイレや風呂が~」と言い出す人を見ると「差別主義者か!?」と反射的に考えてしまう事情があるのです。

なお、より大きな動きとして、現代の反LGBTQの背景にある世界的な宗教ムーブメントである「反ジェンダー運動」や、各国の宗教右翼やマスコミ勢力の具体的な活動については、過去のnoteで詳しく書きましたので、よろしければ是非ご参照ください。

理由2.トランスは「身体的・生物学的男性/女性」ではないから

ここまでお読みくださった人の中には、「そうは言っても、トランス女性/男性が身体的男性/女性であるのは事実なんだから、それを否認するのは科学的に正しくないだろう」と思った人が多いかもしれません。
確かに、そうした見解に基づけば、たとえ裏付けとなる犯罪等のデータが乏しいとしても、特に「男性身体」が「女性身体」のスペースに入ることには「懸念」がある、と言う人もいるでしょう。

しかしながら、これは生物学的に何重にも間違った見解であり、いわゆる「男脳/女脳」説と似た疑似科学的主張だと指摘しなければなりません。何故なら、トランスパーソンは生物学的にも「性自認通りの性別」である可能性があるからです。

トランスジェンダーのジェンダー不一致の原因は、何十年にもわたって研究されてきました。最も研究されている要因は生物学的要因であり、特に生物学的および性的指向に関連する脳構造の違いです。

トランス女性は、シスジェンダーの男性よりも、性ホルモンであるアンドロゲンの受容体遺伝子のより長いバージョンを持っている可能性が高く、テストステロンとの結合におけるその有効性を低下させました。(中略)この研究は、アンドロゲンの減少と、アンドロゲンシグナル伝達がトランス女性のアイデンティティに寄与していることを示唆しています。著者らは、胎児の発達中に脳内のテストステロンレベルが低下すると、トランス女性の脳の完全な男性化が妨げられ、それによって脳がより女性化され、女性の性同一性(性自認)が引き起こされる可能性があると述べています。

6人のトランス女性の遺体は、シスジェンダー女性の通常のBSTc(間脳の一部である分界条床核)と同じサイズのBSTcを持っていました。トランス女性はホルモン療法を受けており、1 人を除く全員が性別移行手術を受けていましたが、これは、さまざまな医学的理由でホルモン逆転を経験した、非トランス女性および男性の対照用の遺体と比較することによって、後天的な性ホルモン治療とは無関係であると説明されました。

Wikipedia - Causes of gender incongruence”より引用(拙訳)


日経Gooday - 異性、同性… 恋愛対象は「脳の性別」で決まる”より。やや大雑把ながら、日本語で脳科学的な解説をしているメディアは貴重である。

男性ホルモンであるテストステロンの受容体が、シスジェンダーの男性に比べて機能していないとすれば、当然のことながらトランス女性の筋肉や骨格は元々「女性っぽい」ことになり、現実に「シスジェンダー女性と区別が付かない」人も結構な割合で存在するわけです。

もちろん、多様な個人が存在するトランスパーソンにおいて、”生物学的要因”に全てを帰することは不可能であり、現代科学で”トランス診断”のような検証が出来るわけでもないのですが、少なくとも多くのトランス差別主義者が信じている「性自認はただの思い込み/心の異常である」「性自認は当人のジェンダー意識(特にトランス女性の場合“女性への偏見”)の問題である」といった見解が完全な誤りである事は、科学的・医学的に立証されています。

心の性別」などという、大雑把で非科学的な物言いを未だに信じている人が当事者にすら結構な数いるのですが、「何となくの理解」としてはまあ全くの間違いとは言えないまでも、厳密な科学的議論には通用しないファジーで曖昧な認識だと言わざるを得ませんし、そんな認識で「トランスパーソンの性自認」について議論するのは単に誤っているのみならず、致命的な差別を引き起こす危険性が高いと思います。

本当に考えるべきは、単純に性器の形態の問題だと我々が思い込んでいる「生物学的性Sex」が、実は(大脳ではなく)無意識を司る間脳の一部と深く関係しており、「生物学的性」は人間の認知によって多様な捉え方が可能であるという事実でしょう。

性器の形態だけが男女の区別をすると信じたい人にとっては受け入れがたい事かも知れませんが、少なくとも上記のような科学的見解に基づけば、「性器”だけ”が男女を規定する」というのもまた、「非科学的で不合理な信念」のいち形態に過ぎないと言いうるのではないでしょうか?

下記の拙noteでは、プロの医学者によって反トランス派の見解が反ワクチン反進化論と対比されて論じられていますので、ご興味のある人は是非お読みください。

表題の質問[『女性とは何か?』]に対して、ウォルシュは「簡単な質問だ」と我々に問いかける。なぜ、こんなに答えにくいのか?

確かに非常に難しい質問であることに同意したくなるが、ウォルシュが主張するような理由ではないのだ。また、ウォルシュは明らかに、自分の単純化された既成概念に合致しない複雑な答えを好んでいない。

Bowers博士は、『女性』とは、身体的属性、世間に見せているもの、自分の出している性別の手がかりの組み合わせであり、うまくいけば、それらは自分のジェンダーアイデンティティと一致すると答えている。

グルザンカ博士は、ウォルシュが本質主義的なジェンダーの定義を求めていると述べ、セックスは生物学的特徴の集合であり、ジェンダーは社会的構築物であり、『女性』とは女性として認識されている人のことであると付け加えた。

上記noteより

理由3.議論の動機が「マジョリティ側の差別の正当化」だから

”トランスジェンダー問題”について、詳しい人には既知だろう情報を色々と述べてきましたが、この手の議論のより根源的な問題は、発せられる動機が往々にして「マジョリティ側の差別の正当化」にあることでしょう。

これは単に「トランスパーソンに対する誤った偏見や差別意識」を正当化しているだけではありません。そもそもの問題として、「公衆トイレ」にせよ「公衆浴場」にせよ、様々な属性の人を「暗黙の了解」や「マナー」によって排除しています。

典型的には、身体に特定の障がいを持つ人々や、浴場であればタトゥーや入れ墨のある人、また一部では"外国人"なども相当するでしょう。
何れの人々も「利用に困難があるから」「暴力団員である可能性があるから」「迷惑行為をした履歴があるから」などという理由付けで排除を正当化されていますが、真に包摂的(インクルーシブ)な価値観を採用するならば、「どんな人間であれ属性で拒むのは差別的である」と言わざるを得ず、男/女のジェンダー分けさえも、包摂的な方針とはどこかで相容れない部分が出てくると思います(今回は触れられませんでしたが、男/女分けされた施設は必然的にノンバイナリーの人々を排除しています)。

包摂的な価値観を徹底するなら、「トイレは全部障がい者も利用出来るオールジェンダートイレにする」「公衆浴場は水着着用で誰でも入れるようにする」などのラディカルな方向性を提唱せざるを得ませんが、当然これは「現実的」ではないので、(右翼のデマゴーグに反し)殆どの「LGBTQ活動家」は「トイレ/浴場利用の権利」を声高に主張していません。せいぜい差別的な議論に対し反論するに留まっています。

真の問題は、この社会の方向性が「排除主義」に大きく傾いている現状であり、そうした社会では(どんな属性であれ)最終的にマイノリティは「社会の爪弾き者」として扱われてしまい、ごく当然の権利すら主張するのが難しくなります。

マジョリティの皆さんは「貴方は差別主義者ではないですよ」と言われることに一定の安心感を覚えるのかも知れませんが、排除主義に傾いていった社会に待っているのは(方向性として当然ながら)「マジョリティすら理由をつけて排除する未来」であり、トランス差別が吹き荒れる現在の日本は、既にそうした闇に片足を突っ込んでいるのではないでしょうか。

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