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まだ見ぬ大地に恋をして

「相変わらず凄い石の数だねパウロ」
そう言ってひとりの男が重厚な木の扉をコンコンとノックしました。


「ここに置いてあるのは一部のサンプルだ。ダイチ。久しぶりだな。そろそろお前が来る頃だと思ってたよ。スイーパーのフィルター交換時期だな」


ダイチはパウロの部屋の中へ入り、背中の鞘から銀色の棒をシュっと引き抜くと、砥石台やハンマーなどが並ぶ、年季の入ったパウロの作業机の上へコトリと置きました。



「今回はスイーパーを大分使い込んだなダイチ。表面が傷だらけじゃないか」
「えっ?フィリアマイトに傷がついちゃった?」
「いや本体は傷付いてない。フィリアは物質を跳ね返すからな。表面に塗ったシルバーがあちこち剥げてる。今メンテしてやるから、その辺に座って待ってろ」


ダイチは作業机の側にあるがっしりとした切り株のような木椅子に腰を下ろすと、改めてぐるりと部屋の中を見渡しました。

ノミやヤスリなどの工具類が綺麗に並んだ整理棚の向こうには、電子機器や書籍類が部屋の奥まで積まれています。

壁はすべて床から天井まで石の陳列棚になっており、そこにはあらゆる色や形の石が所狭しとびっしり置かれているのでした。

つるつる愛らしい球体の石や、眩く光を宿したキューブ、ザラザラした溶岩石や、ゴツゴツと結晶が飛び出ている大型の原石まで、そしてそれら石達の色といったら、青赤橙金銀緑紫桃に黒白透明、さらにその中間色やグラデーションと、まるでこの世の色という色をすべて集めたという様です。ダイチは左右の壁を見上げて思わず溜息をつきました。


「それにしても本当に石の種類が凄いねパウロ。ここにあるのは初めて見るものばかりだし…でもフィリアは見当たらないようだけど、奥に保管してあるの?」
「フィリアは今無いよ。倉庫にも切らしてる。最近滅多に市場に出回らないそうだ。うちへの入荷時期も未定だ」
「ええ…ただでさえ希少鉱物なのに、将来もっと手に入りにくくなるかもしれないの?」


「欲しがる人が多ければ、その分尚更希少になるからな」
「参ったな。そういう人達って、ただ珍しいから欲しいだけの人もいるんだろ?俺は仕事で使ってるんだ。それに、その癖の強いスイーパーの使い手になる為に、俺がどれだけ厳しい訓練をしたと思ってるのさ」


「四次元時間で一年くらいだったか?」
「二年だよ!訓練二年に試験一年、合計で三年!普通耐えられないよ?でも俺はやった。スイーパー操作術の他にも、宇宙空間での基礎知識や有害事象発生時の対処法とかも身につけなきゃいけないし、異星人との交渉術や各銀河の法律も勉強して…それから緊急脱出装置を制限時間内にひとりで組み立てあげるとか、丸一日水中で過ごすとか十日間断食とか、三ヶ月間ひとりで真っ暗闇の中に居るとか…最終試験の恒星下サバイバル実習では何度も死にそうな目にあってさ…よく無事だったなって自分でもびっくりだよ」


「全部、宇宙で起こり得る事態を想定した訓練だな」
「もう無理だって途中何度も諦めかけたけど、どうしても宇宙で働きたかったから、必死でひとつひとつクリアしたよ。それに上手く言えないんだけど、時々宇宙に助けられるような感覚もあったんだ。あれは何だったんだろう…?ともかく宇宙はすごいよ。今でも毎日そう思う。知らないものや新しい事柄に次々と出会うし、それに時折宇宙は息を呑むほど美しい姿も見せてくれるんだ。前触れもなく突然始まる大パノラマ流星群とか、星々が呼応し合って連なってゆくコスモオーロラとか…そんなのを実際にこの目で見ると、もう何も言葉が出てこない。宇宙は本当にすごい。俺は俺の全てを宇宙に捧げるって決めたんだ」


突然、右側の陳列棚に置かれたひとつの黒い塊が、内側から燃える様にぼうっ…と光りました。


ダイチが驚いて言いました。
「なんだ?あの石…赤く光ってる」
「ヘマタイトII系鉱脈のエモーショナルストーンだ。フォグノイドの化石が含まれてる。きっと、お前の事が好きなんだろう」


ダイチは陳列棚の方へ歩み寄り、赤く煌めくその石を手に取りました。
「石って人の話を聞いてるんだよね。この石の故郷は、どんな星なんだろう?行ってみたくなるよ。あと石や鉱物って、やっぱり人を呼んだりもするの?」
すると石は、ダイチの手の中でぼうっ…ぼうっ…と赤く点滅しました。


「呼ぶというか、お互いに響き合うんだな。石だけじゃなくすべての物質は、最小単位でみると絶え間なく振動しているんだが、動き方や毎秒当たりの振動数はそれぞれに違う。振動数が異なるもの同志は側に居てもお互い何も感じない事が多いが、振動の仕方が同じか、近いもの同士が一緒になると、相乗効果で大きな力を生み出す事がある」


「それがフィリアマイトと俺、つまりそのスイーパーと俺、という訳だな!」
「まあそうだな。それに石は、宇宙に生物が誕生するずっと前から存在しているから、いわば星の主、命の源とも言える。石達はニュートルを飛ばし合ってお互いの情報をやり取りするし、近隣星の石同士ではよく直接会話も行っている。それにこの広い宇宙には、石が我々の想像もつかない進化を遂げている星が沢山あって、近づくと岩壁がこちらの言葉で話しかけてくる星もあるし、砂粒が漂いながら絶えず歌を歌っているガス星もあるし、穏やかな惑星だなと思って油断していると、突然磁石が働いて巨大な岩の波に飲み込まれる星もある。勿論そういう星は悪意がある訳じゃなく、宇宙的必然性があるからそうなってる。超天文学的な観点から見ると、長い時の中で星を生み生命を育むのは岩石なんだ」


「『石は意思を持つ』か…。ますます宇宙は不思議で奥深いな。…そう言えばこないだ、ブランコ乗りのワーパーに会ったよ」
「ワーパー?珍しいな」
「うん。あんなにブランコでいっぱいの宇宙空間を久しぶりに見たよ。鎖のうんと長いのや短いのや、色や装飾も鮮やかなブランコがいっぱい、見渡す限りゆらゆら揺れてて、キラキラ尾を引きながら一回転したりもしてて。俺思わず岩石に腰掛けて、すごいなって見惚れてたんだ。そしたら後ろから声が聞こえて、振り返ったら女の子がブランコに乗ってた」


「…それはいつだ?」
「ん?一ヶ月くらい前かな?なんで?」
「ふーむ…その時その女の子と何をした?」
「何って…宇宙の事や俺の仕事の話とかして…あとその子の服に空虚ダークマターがくっついてたから、取ってあげたよ。ニュートルに擬態してたけど俺はすぐに分かった。ふらふらと妖しい動きをしてる灰色の粒を見逃さず、俺は颯爽とスイーパーを背中から引き抜いて、こうやって華麗に吸い込んだ!しゅううってね」


「じゃあ、その時の空虚ダークマターはこのスイーパーのフィルター内に残っているはずだな」
「うん。残ってると思うよ。なんで?研究に使うの?」
「ああ。まあな」
「それじゃ俺、研究の為にもっと凄そうなの取ってこようか?まだ誰も行った事がない銀河へ行ってくれないかって話があるんだよ」
「いつも言ってるがダイチ。宇宙は寛容だが危険も孕む。自分や宇宙を信じて行動する一方、決して調子に乗るなよ。中庸だ。常に心身を中庸に保て」
「大丈夫。わかってるよ。それが一番大事なことだから」


「うん。それならいい。よし出来た。スイーパーのフィルターだが、大容量かつコンパクトなものに変更したから、今までの倍以上は収納可能だ。ついでに先端の吸引部分も最新のサーキュレーション型に交換しておいた。ボディの塗替えはこれまでより耐久性の高いギャラックストーンパウダー混合タイプのシルバーだ。握った時の密着度も上がったぞ。突発彗星や野良ブラックホール、有害物質を感知するセンサーは今まで通りだが、新物質を吸引したらスイーパー内部で含有成分を分析して、そのデータを自動で研究施設へ送る機能を今回追加しておいた。それから体調管理系も強化して、過労働防止の為に移動距離と稼働時間をマネジメントする他、お前の脈拍数と血圧と体温、呼吸の状態と血中酸素濃度、体内疲労物質を常時測定する機能も新たに加えた。お前が何か無理でもしようものなら、スイーパーが最寄りの宇宙ステーションを探して勝手にお前を連れて行く」


「え…。今話してる間に、そんなに色々改良したの?あと追加した新機能って…それオンオフのスイッチはあるよね…?」
「勿論無い。邪魔だろ?それからメモリに蓄積された過去データを整理して、お前とスイーパーとのシンクロ性も更に高めた。内蔵マニュアル各種も更新しておいたからな。あと本体を少し研磨して角度を調整したから、移動スピードも上がったはずだ。スピードに慣れるには、また少し練習が必要かも知れんな。振り回されないように注意しろ」


そう言ってパウロは銀色に輝くスイーパーをダイチへ向かってぽんと放り投げました。
「えっえっ、ちょっと待って、うわっ、うわああぁー…」
スイーパーはガシッとダイチの左手の中に収まったかと思うと、そのままダイチを引き連れて勢いよくドアの外へ飛び出し、あっという間に漆黒の宇宙遥か彼方へと見えなくなってゆきました。


「ブランコ乗りのワーパーか…うーん…もしかしたら、近いのかも知れんな、あれが…」
パウロがパタンと出入口のドアを閉めると、陳列棚に並んだルチルや藍方石が、金や瑠璃色の光を放ち、りり…りりり…と透明な音色を部屋の四隅へ響かせました。



歴史ある銀河の名だたる惑星達が、その中心から一斉にニュートルを飛ばしました。



アルティメットの星時間は、まさにこの時から始まろうとしていました。










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