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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第7話 青猿(2)

 アケは、残った家事を全てそっちのけでナギの手紙を握りしめてツキのいる居間リビングに走った。アケが慌てて屋敷の中に入っていくことに気づいたアズキも慌てて後を追い、その後ろをオモチが重そうに身体を揺らしながら追いかける。
「主人!」
 アケが思い切り居間リビングの扉を開けると「ツキだ!」と言う声が木霊するように返ってくる。
「慌ててどうしたのだ?」
 ツキは、満月が大きく描かれた黒いコーヒーカップをテーブルの上に置く。
 居間リビングにはツキだけでなく、いつの間に入り込んだのか?カワセミとウグイスの双子もいた。2人はツキと同じテーブルを囲い、今日のおやつにと作っておいたどら焼きを食べていた。
「美味しいよおアケ〜」
 ウグイスは、勝手に食べたことを悪びれもせずに幸せそうな顔をして言う。
「絶妙な甘さです。奥方様」
 カワセミは、神妙な顔で言いながらも嬉しそうに水色の尾羽をパタパタと揺らす。
 アケは、蛇の目を細めて2人を睨む。
「お昼ご飯前にそんなの食べて・・・」
 アケは、ぶうっと頬を膨らます。
 足元でアズキも抗議の声で鳴く。
 オモチは、急に走って疲れ切ったのか、巨体を揺らして息を上げる。
「だって美味しいんだもん」
 ウグイスは、幸せそうに表情を蕩かせて答える。
「ちゃんとお昼も食べれるから大丈夫だよ」
 そう言って平らなお腹をポンっと叩く。
 ツキが大きく咳払いする。
「それで何があったのだ?」
 ツキは、黄金の目を細めたアケを見る。
 その声でアケは、自分がここに来た理由を思い出し、手に握ったナギの手紙を渡す。
「白蛇の国と青猿の国で戦争が始まるって書いてある」
 アケの言葉にツキだけでなくカワセミ、ウグイス、そしてオモチも反応する。
「青猿が?」
 ツキは、手紙を広げて中身を見る。
 その手紙を後ろからカワセミとウグイスも覗き込む。
「邪教と手を組んだって書いてある」
 アケは、神妙に言い、両の手を祈るように握る。
「青猿様が?」
 ウグイスは、首を傾げる。
「邪教と?」
 カワセミも首を傾げる。
 そしてお互いの顔を見合わせ、大声で笑った。
 当然、双子が大笑いし出したのでアケは蛇の目を丸くして驚く。
「ないない!」
 ウグイスは、黄緑色の羽毛に包まれ、翼の形をした右腕を振りながら言う。
「あの青猿様がそんな奴らと手を結ぶなんてあり得ない」
 普段、冷静なカワセミもあまりにおかしすぎたのか笑いを堪えながら言う。
 アケは、2人の様子を呆然と見る。
「確かに考えられないですね」
 今だに息を切らしながらオモチが言う。
「青猿様が邪教なんて下らん連中と手を組んで私利私欲で戦争をするなんて空から魚が降ってくるくらいあり得ないですね」
 オモチは、アケの前を横切り、テーブルの椅子を引いて座る。そしてウグイスが自分用に入れたのであろう手付かずのクロモジのお茶が入った湯呑み口を付けた。案の定、ウグイスが抗議の声を上げるも構わず飲み干す。
 アケは、蛇の目をパチクリさせる。
「みんな、青猿のことを知ってるの?」
 オモチは、湯呑みをテーブルに置いて大きく息を吐く。
「そりゃ王や白蛇と並ぶ5柱の王の1柱ですからね。それに我が国とも交流がありました」
「貿易が盛んだったんだよね」
 ウグイスが昔を思い出すように天井を見上げる。
「私、まだ小さかったけど青猿の国の果物が入ってきたって聞くと嬉しかったもん」
「ああっ母が良く振舞ってくれたな」
 カワセミも果物の味を思い出してか、水色の尾羽を震わせる。
 3人から出てきた言葉にアケは、驚いて口を丸くする。
「王とオモチ様が私の所屋敷にいらした時にも一度、顔を出されたことがありましたね」
 突然、背後から聞こえた声にアケは、驚いて振り返るとマンチェアを着た金糸の髪の絶世の美女が立っていた。
 家精シルキーことアヤメだ。
 アヤメは、妖艶な笑みを浮かべてアケの着物を細くて滑らかな指で触る。そのあまりに美しく、艶かしい指の動きにアケは、ぎゅっと唇を閉める。
「アケ様がお召しの着物の反物も青猿様がお持ちになったんですよ。必要になるだろうからって」
 アケは、右手を持ち上げて茜色の着物の裾を見る。一見質素な色合いだが滑らかで柔らかくも破れることのない丈夫さを持った上質な反物であったことを覚えている。ウグイスとカワセミに縫った着物もそうだ。
「結局、アケ様がいらっしゃるまで使われることはありませんでしたけどね」
 そう言ってアヤメは、口元に手を当てて笑う。
 その姿があまりにも美しくてアケの胸は嫉妬の針にプスプス刺された。
 その様子を見ていたウグイスは、
 (アヤメって態とやって楽しんでのかな?それとも天然?)
 と、疑いの目を向ける。
「えっと・・・それってつまり青猿はいい人ってこと?」
 叫びたくなりそうな感情を抑えてアケは口を開く。
「んーっ」
 アケの質問にウグイスは、黄緑色の羽毛に包まれた翼の両腕を組んで首を横に傾ける。
「私も小さかったからそんなに印象が残ってる訳じゃないんだけど・・いい人と言うよりは・・」
「ただの世話焼きだ」
 そう答えたのはツキだった。
 読んでいた手紙をテーブルの上に投げ、ふんっと鼻息を立てて背もたれに寄りかかる。
 その表情は、不機嫌と言うか馬鹿馬鹿しいといった様子で唇をへの字口に曲げている。
 ツキがこんな表情をするのは珍しいとアケは思った。
「主人・・・」
「ツキだ!」
 ツキは、間髪入れずに返す。
 もはや条件反射だ。
「王。どう思われますか?」
 息を整え、表情こそ変わらないが赤い目を真っ直ぐに向けてオモチは、ツキに訊く。
 ツキは、コーヒーカップを取り、冷めたコーヒーを口に付ける。
「普段ならただの与太話とは思うが・・」
 ツキは、テーブルに置いた手紙に目をやる。
「あの小僧がそんな下らない嘘吐くはずがないからな」
 アケにのめり込むほどに忠義を尽くす赤の甲冑に身を包んだ金髪の少年を思い出しながら言う。
「まあ、しませんね。あいつは」
 どら焼きを食べながらウグイスもナギのことを思い出て言う。
 その様子をアヤメと、その足元でアズキが羨ましそうにじっと見ている。
 それに気づいたウグイスは、懐に手を入れるとどら焼きを2つ、自慢げに取り出した。
 アヤメとアズキは、目を輝かせる。
 アヤメは、テーブルに座り、アズキはウグイスの足元に行くとそれぞれどら焼きを受け取って美味しそうに食べ始めた。
「敢えて嘘を付いてると言うことはありませんか?」
 カワセミは、ぼそりっと呟く。
 全員の視線がカワセミに向く。
「奥方様を猫の額から出す為に敢えて嘘の手紙を送ってきたとか・・」
「何の為に?」
 ウグイスが冷めた目で兄を見る。
「そりゃ王から奥方様を引き離す為に。直接、会ったことはないが話しだけ聞いてればそいつは・・・」
「ない、ない」
 ウグイスは、最後まで聞かないままにカワセミの言葉を全否定する。
 カワセミは、ウグイスの態度に腹を立てて眉を釣り上げる。
 しかし、ウグイスは、恐れなど少しも見せずにどら焼きを食べ終え、懐からもう一つどら焼きを取り出した。
(一体、何個隠し持っているのかしら?)
 自分もどら焼きを上品に齧りながらアヤメは呆れる。
「そんなことする訳ないわ。アケが猫の額ここにいることが1番の幸せだって知ってるのはあいつなんだから」
 ウグイスの脳裏に浮かぶ金髪の少年は、アケに恋焦がれながらも誰よりもアケの幸せを望み、喜んでいた。そんな男が下らない嘘を吐くはずがない。
「私もそう思うよ」
 アケは、口元に笑みを浮かべる。
「ナギは、とても良い子だもの。そんな嘘を私に吐くはずがない」
 ウグイス、カワセミ、オモチ、そしてアヤメがアケを見る。
 口にこそ出さないがアケのあまりの純粋で無自覚な残酷さと鈍感さに呆れると同時にナギに同情する。
「とにかくここで話しても憶測だけしか出ない」
 ツキは、コーヒーを飲み干しそっとテーブルに置く。
「そう言っては申し訳ないが我々に直接的な何かが起きている訳ではない。情報に耳を傾けて臨機応変に対応していこう。そして・・・」
 ツキの黄金の双眸が剣呑に光る。
「もし奴らのどちらかがアケを戦争に利用しようとした場合は心底後悔させてやろう」
 王の威厳と拒否を許さぬ強き言葉にオモチとカワセミ、そしてウグイスも立ち上がり、右腕を左肩に当てて敬礼する。
「御意」
「畏まりましてございます」
「身命にかけまして」
 3人の言葉と態度を見てツキは、表情を緩ませる。
 そしていつもの優しい双眸に戻ってアケを見る。
「さあ、昼食にしよう」
 アケは、小さく頷くも表情は晴れていなかった。

 アズキが掘り起こしてくれたじゃが芋を回収し、厨に運んで調理を始める。
 醤油とお酒、味醂を加えて甘辛く味付けした煮転がし。
 茹でたじゃがいもの皮を剥いて卵と油と塩と酢を混ぜて作った卵白色のタレマヨネーズを入れて潰して他の野菜と和えたものポテトサラダ
 鹿の燻製肉とじゃがいもの炒め物。
 そしてジャガイモを短冊に切り、油で揚げて塩を振った揚げ物フライドポテト
 採れたてのじゃがいものあまりにも美しく、食欲を唆る姿への変貌に全員がどら焼きを食べたことを忘れて目を輝かせる。
「いただきます!」
 全員で声を合わせて両手を合わせて声を上げる。
 カワセミは、無言で煮転がしを食べながら尾羽を震わせる。
 オモチは、じゃがいもと野菜の物ポテトサラダを口の周りを汚しながら懸命に頬張る。
 ウグイスは、じゃがいもの揚げ物フライドポテトを器ごと抱えてサクサク音を立てて咀嚼した。
 アヤメは、料理を均等に食べながら毎回、「まあ」「これは」と驚く。
 アズキは、特製じゃがいものカリカリを音を立てて貪る。
 そしてツキは、嬉しそうに鹿肉とじゃがいもの炒め物を口にしていた。
 皆んなが自分の作った料理を食べて口福を感じてくれるこの瞬間はアケにとっても幸せを感じる時間でもあり、とても愛おしい。それなのに今のアケはその瞬間を心から喜ぶことが出来なかった。

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