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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第3話 日と月の出会い(12)

 花の匂いがする。
 心を芯からを温めてくれるような甘い花の匂いが。

 ずっと嗅いでいたい。

 アケは、匂いのする方に鼻を擦り付ける。
「目が覚めたか?」
 声が聞こえる。
 心に染み込むような優しい響きの声が。
 蛇の目がうっすらと開く。
 一対の金色の月が浮かんでいる。
 静かで、優しくて、温かい2つの月が・・・。
「お月様・・」
 アケは、月に向かって手を伸ばす。
 決して届くはずのない月にアケの指が触れる。
「痛いぞ。寝ぼけているのか?」
 蛇の目がゆっくりと開き、微睡んだ世界から現実を映し出す。
 アケが月だと思っていたのは目だった。
 美しく、気品に溢れ、威厳を携えた黄金の双眸。
 そしてその目を持つのは黒髪の凛々しい顔立ちをした青年。
 しかし、アケはその青年が誰なのかすぐに分かった。
「主人?」
 青年は、不快げに眉を顰める。
「目が覚めたか」
 青年は、ふうっと小さく息を吐く。
「今、屋敷に戻っているところだからもう少し休んでいるといい」
 屋敷?休む?
 アケは、蛇の目を動かし、状況を確認する、
 分かったことは3つ。
 エルフの手によって陰の精霊の中に落とされ、激しい痛みに襲われていたはずなのこと。
 いつの間にかそこから抜け出し、森の中にいること。
 そして主人と思われる青年に抱き抱えられていること。
 しかも、黒い長衣を掛けられただけの裸で・・。
 アケの口から悲鳴が迸り出る。
 そして両手両足をばたつかせて青年から逃れようとする。
「こら暴れるな!危ない!」
 青年は、注意するもアケはやめない。
 仕方なく、青年は、がっちりとアケの身体を抱きしめる。
 アケの身体は湯たんぽのように熱く、頬は薔薇色に染まる。
 森を抜けると青年はふうっと息を吐いてその場に座り込む。
「まったく・・・運ぶだけでこんなに苦労したのは初めてだ」
「もう・・・下ろしてください・・主人」
 アケは、羞恥でもう泣きそうだ。
 しかし、青年はアケの言葉を聞いてないのか、空を見上げる。
「・・・あれを見てみろ」
 青年の言葉にアケは恥ずかしがりながらも蛇の目を動かし空を見る。
 そして驚きに口を丸く開ける。
 朝と夜が混じり合っていた。
 朝焼けのような熱を持った橙と青みがかかった薄い黒がマーブルのように溶けあう。
 赤みがかった太陽と金色の真円の月が微笑みあうように向かい合う。
 それは決して重なり合うはずのない朝と夜が重なり、抱きしめあっているかのようだった。
 今の青年とアケのように。
「運がいいな」
 青年は、口元を釣り上げる。
「この光景は空に近い猫の額でも滅多に見ることが出来ないものだぞ」
 アケは、青年の言葉に反応も出来ずにずっと空を見ていた。
 青年は、優しく笑う。
「・・・まだ死にたいか?」
 青年の言葉にアケは現実に戻ってくる。
「えっ?」
「まだ、俺に殺されたいかと聞いている」
 青年を見る蛇の目が微かに震える。
「陰の精霊の中でお前はどう感じた?」
 アケは、思い出す。
 陰の精霊の中、耐えることも逃げることもできない激痛。
 迫り来る死。
 その時、アケはこう思った。
「死に・・・たくない」
 そう呟いた瞬間、蛇の目から涙が溢れ、堰を切ったようにアケは泣き崩れた。
 人を犠牲になんてしたくない。
 国を滅ぼしたいなんて思ってない、
 どれだけ虐げられても、嫌われても、言われのない恨みを言われてもそれだけは本当だ、
 嘘をついているとしたらそれは・・・。
「やだよ!死にたくないよ!
 なんで私が死ななきゃいけないの⁉︎
 なんで私がこんな目に会わないといけないの⁉︎
 なんでお父様とお母様は私を愛してくれないの⁉︎
 私は・・・ただ生きたかっただけなのに、愛して欲しかっただけなのに!
 なんで⁉︎なんで⁉︎なんで!」
 アケは、子どものように泣き叫び、青年の胸に縋り付いた。
「ようやく本心が言えたな」
 青年は、優しく、優しくアケを抱きしめた。
「そうか・・・お前は生きたかったのだな。愛されたかったのだな」
「うんっ・・」
 アケは、親指を口に当て、青年の胸の中で小さく頷く。
「そうか・・・」
 青年は、優しくアケの髪を撫でる。
「なら、俺がお前を生かし、愛そう」
 青年の言葉にアケは、火が付いたように顔を上げる。
 青年は、微笑む。
 空に浮かぶ月のように美しい笑みを。
「お前が生きたいと思うなら俺の全てを持って守ろう、愛を求めるなら俺の全てを持ってお前を愛する・・だから、もう死ぬなんて思うなアケ」
 アケは、何が起きているのかが分からなかった。
 聞き慣れない言葉。
 見たことのない美しい笑み。
 そして感じたことのない胸が締め付けられるような気持ち。
 これは・・・。
 アケは、頭が理解するよりも早く感情のままに青年に抱きついた。
 心が・・・空っぽだった心が満たされていく。
「主人・・・」
「その主人はやめてくれ。あまり好きではない」
 青年は、眉を顰める。
「じゃあ、なんと呼べば?」
「アケが決めてくれ。それを俺の名としよう」
 アケは、空を見る。
 朝と夜が混じり合った空。
 にこやかに微笑みあうように向かい日と月。
 日は私。
 月は貴方。
「ツキ・・・」
 アケは、小さく呟く。
「ツキ・・」
 アケは、青年の・・ツキの胸に顔を埋める。
「アケ・・」
 ツキは、優しく、愛しくアケを抱きしめる。

 これは日と月が出会った時の話し。

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