見出し画像

先の見えない山を見て、息切れする件について

 ついついぼーっとしていたら、親指の先を切ってしまった。パン切り包丁で。包丁とはいえ、切れ味はさほどではないと思っていたから迂闊であった。プツリと切れた指からは、するりと真っ赤な血が滴り落ちる。思わず流れ落ちた血をまじまじと見た。止めどない赤。

*

 最近読み終わった本の余韻に後ろ髪を引かれている。

 小説と一口に言っても、さまざまなジャンルに分岐していて、その奥深さを語るだけでも一晩以上はかかることだろう。それほどまでに思えば私は言葉の不思議に魅入られて、気がつけば物心ついてから何十年と物語を読んでいる。いまだに読んだことがない作品がこの世界にごまんと溢れていて、もう一瞬も息を止めることはできないなと思う。

 元来めんどくさがりな私は基本SNSが長く続かない。特に謙虚なのがTwitterで思い出したように濁流の如くつぶやき、その後消息不明となる。でもそれでもなんとなく眺めてしまうのは、SNSの世界にはたくさんの本好きの人たちがいて、彼らが読んだ本についつい感化されてしまうからだ。

*

 先日、noteでフォローさせていただいているくなんくなんさんの記事を読んで猛烈に紹介されている作品が読みたくなり、思わず買ってしまった。なんだかんだ忙しさにかまけて「積読」仲間に弟子入りさせていたのだが(こら!)、ようやく近頃ひと段落したこともあり、読み始めた。つい2、3日前のことである。

 ※ちなみに著者の太田愛さんは、元々脚本家で「ウルトラマン」シリーズや「相棒」の脚本を手がけた人らしい。どうりであちらこちらの構成の妙が見え隠れするわけだ。

 するすると物語の世界観に惹き込まれていく。後戻りをしようとしても、戻るに戻れない。裏に潜む巨大な陰謀の影。自分の地位をなんとかして守ろうとする人たち。苦しむ人たちを救いたいと思う人。闇に放り込まれようとする真実を攫おうとする人たち。一瞬で彼らの世界に引き摺り込まれてしまった。

 生きる上での、正解は一体どこにあるのだろうか。今の地位に固執することは格好悪いと思っていたけれど、歳を重ねるにつれてそれも一つの信条というか生き方なのかもしれないと思うようになった。

*

 普段はどちらかというとヒューマンドラマというかありふれた日常の中に導き出される気づきみたいなところをうまく掬い上げた小説を好きこのんで読むのだが、久しぶりにそれ以外の小説で夢中になって読んだ。貪るように。

 読み進めるうちに、この話にはなんとなく救いがない部分もたぶんあるなと思いながらもページを捲る手を止められない。次第に明らかになっていく真実と、犯行の動機。上下巻に渡ってかなりの分量であるが、もうそんなもの途中から気にならなくなっていった。

 一見して無差別殺傷事件と思われた出来事が、実は精緻なカラクリのもとで動き出したものであることが判明していく。最後の最後まで手の汗握る展開。

 クライムサスペンスとはよく言ったものだが、本当に見えない頂上をひたすら突き進んでいる感じだった。先は見えないけれど、きっとこの山道を登り切ったところに自分の見たことのない景色が広がっている。そんな感じ。

 読み終わった後、ため息を一つついた。しばらく頭を空っぽにしていたら、うっかりして指を切ってしまった次第である。

*

 実はこの『犯罪者』という作品は、三部作の1つ目なのである。この後にも『幻夏』、『天上の葦』と続く。今回の作品だけでも面白かったのに、さらにこの先も続くなんて。もう今から勝手にワクワクしている自分がいるのだ。

 これを機に、ミステリーももう少し読んでみようかな。先の見えない道のなかで、途中息切れしそうだけど。

↓くなんくなんさんの記事はこちらから読めます。
 (素敵な紹介文ありがとうございました…!)


この記事が参加している募集

読書感想文

眠れない夜に

末筆ながら、応援いただけますと嬉しいです。いただいたご支援に関しましては、新たな本や映画を見たり次の旅の準備に備えるために使いたいと思います。