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この世はかくも素晴らしく、かくも酷い

 なんとなくこの社会に身を置いていると、客観的に見た時に人は割とその人の正しい内面を知ろうともせず、世間一般のイメージばかりに囚われているような感じがする。そうした勝手な先入観や偏見によって、間違いなく生きづらいと感じてしまう人間がいる。

 西川美和監督と役所広司がタッグを組んだ『すばらしき世界』。公開当初から非常に気になっていて、ようやく時間ができて劇場に足を運ぶことができた。直木賞作家・佐木隆三氏の小説『身分帳』が原案となっている。

■ あらすじ

殺人を犯し13年の刑期を終えた三上は、目まぐるしく変化する社会からすっかり取り残され、身元引受人の弁護士・庄司らの助けを借りながら自立を目指していた。そんなある日、生き別れた母を探す三上に、若手テレビディレクターの津乃田とやり手のプロデューサーの吉澤が近づいてくる。彼らは、社会に適応しようとあがきながら、生き別れた母親を捜す三上の姿を感動ドキュメンタリーに仕立て上げようとしていたが……。

 実在した元裏社会の男をモデルにした作品らしい。要はヤクザの話だろう、そんな風に一言で決して括れるような話ではない。事実、見終わった後に私が思ったことは、本編はこの社会におけるあまりに理不尽な構造の中で、なんとか普通に生きようともがく一人の男の話。彼はなんとか社会に適合しようと苦しみ、葛藤していた。

 今、コロナで苦しむこの風潮の中でこそ見るべき映画かもしれない、そう思わせるような内容だった。

■ 「普通」の定義とは何か

 改めて「普通」ってなんだろうか、と考えてしまう。この作品に出てくる三上は、人を殺して刑務所に入ることになる。そして無事刑期を終えてこの世界に出てきて乗るバスの中でこう呟く。

「俺はもう極道じゃなか。今度ばっかはカタギぞ。」

 ところが、いざ現実世界で生きようとする三上に対して世間の反応は冷たかった。過去罪を犯したという事実で、三上を色眼鏡で見ようとする。三上は真っ当に生きたいと思いながらも、次第に世間の冷たい目に対して、真っ直ぐ生きようとする心が折れそうになる。

 いったい「普通」ってなんなのだろうか。事件を起こした人は「普通」ではなく、その「普通」というレールから少しでも外れた時点で徹底的に除外しようとする。

 誰だって自分が可愛い。平穏に生きることがすべてだ。でも、「普通」であり続けることになんの意味があるのだろう。そこから少しでも外れた人間は、息をすることさえ許されないのだろうか。

■ 疑心暗鬼に囚われる

 そういえば、この映画を見ていて思い出したことがある。

 私の祖母の家を訪れたときに、このご時世で運悪くコロナにかかってしまった人の話を聞いた。息子がコロナに罹ったことがわかり、次の日になると家には誰かの手によって落書きがされていたというのだ。

 日に日にエスカレートしていく周囲の嫌がらせに対し、耐えかねたその家族は人知れず次の引っ越し場所も告げずに、いつの間にかいなくなってしまったそうだ。あくまで噂話の類なので、真偽の程は定かではない。

 いやいや今時そんな時代錯誤な…と思ったけれど、それを一笑に付すことができない真実味がそこにあった。得体の知れない何かに対して、それからマイノリティの人々に対して、世間の風は驚く程冷たい。

■ 築かれた価値観

 たまたまこの映画を見る前に、「ボクらの時代」という番組で本編に出演している役所広司さんと六角精児と西川美和さんの鼎談(ていだん)を見る機会があった。

 話題は映画の話になり、この社会ではレールから外れると後ろ指刺されるよね、ということを話していた。昔からそういう気風があったけれど、最近では特にネットで拡散、昔より一層顕著に陰湿な形で人を追い詰めることが増えてしまった。

 そうした流れを作ってしまった一因は、親にあるのかもしれない。何よりも大人自身が、なんとなく自分の子どもたちに対してそうした価値観や姿を見せることで、そのまま子に伝わってしまったこともあるのではないか。

 そのようにして引き継がれた価値観は、簡単には一掃することができない。環境が、人を作る。

■ 善意を信じたい、綺麗事でも

 どの時代に生きていたって、どこかしらに間違いなく人の「悪意」というものは存在する。人は誰かを除け者にすることによって、自分の存在価値を見出すということがたぶんにあるから。そして、かくゆう私自身がそうではないとは口を裂けても言えない。自分だって同じように行動しているところが、きっとある。

 でも、わたしは善意を信じたい。

 本編に関しては、三上はあまりにも真っ直ぐすぎた。ある程度妥協して生きないと、この社会では心が壊れてしまう部分があるから。一方で、どこかには人を救う「善意がある」と信じたいのだ。

 綺麗事に聞こえるかも知れないが。

■ 救い

 環境が人を作る。誰かに期待されることによって、たとえ過去に過ちを犯したとしても救われることだって、きっとある。

 この映画を見終わったときに、何か今を生きる上での一つの光明を見たような気がした。

 

 全然脈絡ないが、この映画を見た時になぜか忌野清志郎さんの『500マイル』が頭に浮かんでしまった。


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