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真昼の日輪を追いかける

 最近ハマっているのは、自転車に乗ること。

 住んでいる場所が田舎なこともあって、歩いて回るにはとにかく不便。そんなわけで、昨年末にtokyobikeのbisouという自転車を意を決して購入した。思った以上にお金がかかってしまった。それでも、小さな楽しみを得られたと思って満足している。運動不足解消も兼ねて、愛機に乗り周辺を駆け回ることが、近頃における週末の日課。

 目的は、ランチ巡りだ。

 緊急事態宣言が発令されていることもあるので、密を避けるような形でコア時間を外し、ご飯を食べている。改めて巡り巡ってみると、わたしが住んでいる場所の近くには割と美味しいご飯屋さんが多いことに気づく。

 これまでいつか行こうと思って、ずっと行かないでいた場所が山ほどある。わたしの場合、自分の住んでいるところから「いつでも行けるから」と言い訳して、ずっと行動することを避けてしまっていた気がする。

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 今回訪れたのは、老夫婦が営むうどん屋さん。

 開店すぐに訪れたこともあって、最初はわたし以外にお客さんは1組しかいなかった。わたしが入ってしばらくすると、続々とお客さんが入ってきて8割方埋まってしまうという人気ぶり。人の良さそうなおかあさんが、1組1組丁寧に注文を聞いて回っていた。その姿を見て、どこかソワソワした気持ちになる。

 数あるメニューの中で悩みに悩んで、最終的に注文したのはかき揚げカレーうどん。

 どこか家庭的な味ながらも、絶対自分では作れないだろうな、という優しい味。店主の料理にこめた息遣いが聞こえてくるようだった。かき揚げはサクサクという感じではなく、程よく柔らかい。時々、ごぼうとにんじんのシャキシャキとした歯応えがする。ああ、うどんを啜っている時間がなんて平和的で心和むことか。

 コロナによって世間はかき乱されているけれど、少なくともかき揚げを食べている瞬間は何事もない日常が進んでいるのだという実感を得た。

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 お会計の際に、おかあさんが「この近くにお住まいなんですか。もしよかったら、また気が向いた時にいらしてくださいね。」と言って、にっこり笑いかけてくれる。

 その言葉だけでもう、すっかり心が満ち足りた。

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 再び、自転車に乗る。軽快にペダルを漕ぐ。風が頬を横切る感じが非常に心地よい。「途中親子連れが反対方向から歩いてくる。」と思ったら、子どもが空を指している光景が目に入った。

 彼らの横を通り過ぎる瞬間だけ、少しスピードを落とす。「お父さん、お日さまが追いかけてくるよ。」「きっと、〇〇のことが気になってついてきてるんだね。」そういえば、わたしも昔父親に同じことを聞いた記憶がある。微笑ましい。

 帰り道、映画館に立ち寄る。最近話題になっている『花束みたいな恋をした』という映画を見た。

 館内は、ほとんど入っている人がいなくて、寂しい光景だった。最後まで見終わってみると、なかなか悪くない。確か時間としては2時間くらいだと思うが、展開が早くて全く飽きることがなかった。

 けっこうベタな恋愛映画だったらやだなと思っていて、序盤はまさに予想した通りの展開の仕方だったが、最後まで見ると思いの外そんなことはなくて。人の感情の揺れ動きが、リアル。

 恋愛映画のジャンルに入るのだろうが、言葉を重ねる感じが割と嫌いじゃなかった。ちょっと出来過ぎ感があるのは仕方ないとして。随所で本や作家の名前が出てくるところも好きだった。雰囲気違うけれど、『劇場』のような自分の内面を覗いていくような感じに近い。

 帰りに、夫婦が営んでいるこぢんまりとしたお店に立ち寄って、クリームパンひとつ買って帰った。

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 再び自転車に跨ると、いつの間にか日は陰ってうっすらとあたりは夕闇に包まれていくような頃合いだった。遠くに金星が一つ、その存在を示すような形で堂々と光っている。


 ああ、今日も小さな感動をかき集められた気がする。



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