EP16 思わぬ密告⓵

高校一年生の夏休みに突入した。夏休みで自由な時間が増えるといえど、勉強をする気は毛頭なかった。部活についても休みたかったのだが、指導者Aが休むことをよく思わぬ人のため休めない。仕方なく、練習にでるのだった。

夏休みの練習は当然、時間に余裕があるとだけあって普段の練習よりも走る距離が長くなる。三十度を超える真夏の炎天下のなか15キロ以上を走る毎日。しかも、設定ペースを守れなければたちまち指導者Aの怒号が飛び、練習後のミーティングにおいて名指しで叱責を受ける。もともとやる気がないのにもかかわらず、気力がなければできないような部活をしなければならない。しかも指導者Aは完全休養(完全に身体を動かさない休養)が嫌いだったため、休養があったとしても積極的休養(身体を軽く動かす休養)であった。そのため部活には休みなのに、行かなければならないという最悪のことが起こったのだった。

そのような僕にとって地獄の夏休み練習をこなすなか、お盆の練習休みの予定が指導者Aから発表された。僕が待ちに待った瞬間である。さすがに三日は休みになるだろうと思いきや、休みは二日だけ。もう絶望だ。たかが一日と思われるかもしれないが、部活が休みの一日の差は肉体的にも精神的にも大きいのだ。

何とか休みを伸ばしたいと考えた僕は、お盆にだけ使える口実「里帰り」というものが頭に浮かんだ。ちなみに、うちの家は本家で親戚が逆に里帰りしてくるため、里帰りはできない。とにかくお盆の里帰りという手を使えば、いくら指導者Aでも咎められないだろう。丁度良いことに、母と姉が二日の休みの前の日に近く(車で二時間程度)の都市へ遊びに行く計画を立てていたな。「よしっ僕の里帰りはそこに行くことだ。」僕は飢えていた動物が獲物に飛びつくように、母と姉へ同行することを決めた。そうして指導者Aに里帰りするので、休む旨を伝えた。その時に、「俺らの高校のころは里帰りで練習なんか休んだもんじゃない。」なんて嫌味を言われたが、しぶしぶ了承を取り付けた。

「これで、三連休だ。」と高揚していたAに休む旨を伝えた後の帰りの電車。親しかった同じ部活のK先輩に話しかけられた。「お前、今日指導者のAさんと何話していた?」、気分が高揚した僕はKへの心やすさもあって、あらぬことを言ってしまった。「俺、今度の練習、休むんすわ。ちょっと○○(都市の名前)行くんで。」言った瞬間、しまったと思った。本当のことを言ってしまっては里帰りとの整合性がとれなくなる。僕は、その後必死に弁明をした。「いや、指導者Aさんには里帰りっていってあるんで、内緒にしてもらえませんか。すみません。」なるべく、とげのないように、可愛らしくK先輩に懇願した。俯瞰でみると実にみっともない姿であったと感じる。

K先輩はすごく真面目な人で、「真面目に部活に取り組めよ。あまり、そういう不真面目なことはするなよ。皆だって、しっかり部活に来ているんだから。」と僕を責めたが、その後は練習でも、電車でも里帰りの件について何も言ってこなかったので安心していた。

この安心は後に、単なる『油断』であったと後に僕は気が付くのであった。

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