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みためのこと

 としさんは、私が可愛くなかったら、付き合わなかった、と言う。面と向かって、悪びれず、堂々と言う。私は、そうなの、と言って、困ったように笑う。けれど、心の中でほんとはまんざらでもないって思ってる。可愛いって、褒め言葉だもん。だって大切なのは中身だなんてよく言うけれど、本当は女にとって、外見を褒めてもらうことほど嬉しいことはない。だから女たちは皆こぞってメイク道具や服を買い、少しでもよく見せようと身をやつすのだ。としさんの好みの顔に生まれてきたことに、産んでくれた両親に心から感謝する。としさんと付き合うことができたことを嬉しく思う。としさんはいつも、私に「可愛いな」と言ってくれる。会話の合間に、セックスの最中に。そんなこと言ってくれる人、今までいなかった。女の子同士の「まやちゃん可愛いね」はアテにならない。女の子はなんでも誰でも可愛いのだ、オアイソだってことくらい、私にだってわかる。けれど、としさんは本当に私の顔が好きみたい。
 ずっと私は、私の顔が好きじゃなかった。鏡や写真で自分の顔を見ると、いつも粗探しをして、ため息を吐いてしまう。はぁ、なんてイケテナイ顔。トイレの鏡の前で、こっそり隣の綺麗な女性の顔と見比べて、肩身の狭い気分になることもしょっちゅう。自信なんてこれっぽっちもない。
 万年ダイエッターで、毎朝体重の増減に一喜一憂している私をして、「丁度いいからこれ以上痩せないで」と言ってくれるのもとしさんだ。そんな風に言われる度、私はなんだか面食らうのだが、家に帰って鏡の前でとしさんの言葉を思い出すと、不思議な気持ちになる。この頃鏡を見るのが嫌でなくなってきた。それどころか、少し楽しみにしている自分がいる。柔らかい眉に、小さくてくりっとした丸い目、丸っこい鼻、その下にちょこんとのった赤い唇、うん、女の子らしくて、可愛らしいじゃん、なんて、お恥ずかしくも思ってしまうのである。私の人生で、そんなことを思う日が来るだなんて、これっぽっちも考えてなかった。自分の外見を好きになるなんて。
 自信を持って街を歩くって、気持ちがいい。背筋がしゃんと伸びて、誰にも遠慮せず、自分らしくあれる。ほんとの自分、はじめまして、って感じ。考えてみると、自信のない頃の私って卑屈だった。人と話す時も相手の顔色ばかり伺って、自分からはあんまり喋らなかった。今はなんだか性格まで明るくなって、職場の人とも気さくに話せるようになってきた気がする。笑顔が増えたら印象も違うみたいで、今まで話しかけられなかったような人にまで話しかけられたりもする。他部署のかっこいい先輩とか。こないだおはようって、挨拶されちゃった。
 けれど、こんなことがあった。この間、取引先の年配の女性から電話があったのだけど、電波が悪いのか、声がこもってて名前が聞き取れなかったから、「申し訳ありません、お名前をもう一度宜しいでしょうか」って言ったら、その女性(ひと)、大きなため息ついて、耳が痛いくらいの大声で名前を叫んで、「名前も聞き取れないの、話わかる人いないんなら、電話ちょうだいって言っといてよね!ガチャン!」だって。それで、私、思っちゃったの。この人、きっとやな顔してるんだろうなって。
 ……それで、私、自分がすごくやな奴だと思った。性格ブスになっちゃったって。としさんに外見を褒められるうち、他人の外見をとやかく思うほど勘違いしちゃったんだって。こんな私にはいつかきっとバチが当たって、とんでもないブスになって、としさんに嫌われちゃうんだって思ったら、怖くなってしまった。
 それから、私、元の暗い私に戻っちゃった。今度は外見にも、内面にも自信が持てなくなっちゃった。自分の性格についてなんて今まであんまり考えてこなかったけど、粗を探すといくらでも出てくるもんで、今までだって他人に対して結構酷いことを思っていたのかもしれない。心の部分に自信を持てないって、外見に自信が持てないより、ツライ。
 としさんに会って、いつものように可愛いね、って言われても、もう申し訳なくて、悲しくて、喜べなくなっちゃった。なんだかとしさんに嘘をついているような気がして、褒められると、余計に自分がすごく汚いような気がした。すると、としさん、何を思ったか、「まやちゃんを花に例えると、タンポポだね」って言った。私はちょっとショックだった。だって、私の好きな花はガーベラで、あんな風に美しくなりたかった。タンポポはどこにでも咲いてて、平凡だもん、誰にも振り向いてもらえないよ、そう思ってしまったから。けど、としさんは嬉しそうに「うん、ぴったり。可愛い」と言う。私、笑っちゃった。自分ってば、何を勘違いしてたんだろうって。としさんは、ちゃんと私を見てくれてた。私を見てないのは、私だった。ずっと、ずっと。
 今では、こんな私には必ずバチが当たると思ってるよ。来世では私、きっととしさんが一番嫌いなタイプの顔に生まれてくるの。けど、私、毎日心を人一倍磨いておくよ。そしてタンポポの心を持った私を、としさんに必ず見つけてもらうの。それでね、今よりもっともっと好きになってもらうんだ。
〔了〕

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