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最近の記事

禅語「逆風張帆(ぎゃくふうちょうはん)」 逆境に生きる

逆風に帆を張るという禅語があります。 「逆風張帆(ぎゃくふうちょうはん)」です。 帆船が向かい風(逆風)にもかかわらず、敢えて帆を張る、の意。逆境に耐え、前に突き進もうと努力することで、道が開けるという、禅の言葉です。 ヨットは、逆風でも、風の角度を見極め 一定の角度で帆を匠に操れば、斜め前方にジグザグ経路で 前に進んでいく技があります。 これは、飛行機が空を飛ぶ原理の「揚力」と「推力」の関係と 同じことで、帆が翼の役目を果たします。 船は、逆風の中では、何も

    • 孔子の「孝経」から、ウクライナ侵攻を考察する

      ロシアによるウクライナ侵攻で戦うか降伏するか、意見が二分されています。 意見が2つに分かれる原因は、その人にとって「大切なもの」は何か、が違うからです。 テリー伊藤さんや元大阪府知事の橋下徹さんが「無駄死にするな、降伏してもいい」などと発言するのは、「命」が何よりも大切だと考えているためでしょう。 一方で、「降伏せずに最後まで国を守る」「戦う」と主張する人は、「家族」を大切に考えているのです。 鹿児島の知覧にある特攻平和会館に行ったことのある方は、誰

      • 迷いの雲を風に流せ!禅語「白雲自去来」

        禅で教えられることに、「物事にこだわらず、あるがままの心を持つことで、自分を見失うことなく生きることができる」というものがあります。時には、無心でいることで答えが見つかることもあるのです。 「こうでなければならない」というのは、窮屈な生き方である、と禅は説きます。 例えば、「金剛経(こんごうきょう)」というお経には、次のような教えがあります。「お釈迦さまはいつもおっしゃいました。『修行をする人たちよ。私の説法は、筏(いかだ)のようなものだと心得なさい』と。」 意味

        • 一花開天下春 バンクシーの世界

          一花開天下春  ウクライナでの戦闘を見ると『愛』も『慈しみ』も消え去り、たった一人の《我欲》に、世界が乱される《災い》を感じずにいられません。 人の心の奢りー力を得たいとか、国を欲しいとか《強欲な心》が、恐ろしい世界を作っていくのです 世界はずっと平和でした。今世紀の世界は、とても豊かになったように見えていました。 それが新型コロナで一変します。 世界中で飢えている人が大勢生まれていく最中、ついには欧州で戦闘が始まり、祖国を追われ、逃げ惑う何十万の人々を

        禅語「逆風張帆(ぎゃくふうちょうはん)」 逆境に生きる

          ドライブマイカー テーマは禅語「平常心是道」につながる

          邦画「ドライブマイカー」 テーマは禅語「平常心是道」 禅語で言う「平常心」は現在の「焦りや不安のない心」の意味とは違います。「ただ目の前のことに徹し、当たり前のことを積み重ねることが仏道」との論旨です。この禅語は今を懸命に生きることを心掛ければ、何事にも動揺しない仏の境地に達すると教える言葉です。 仏道に限らず、自分にできる最善を尽くし、かけがえのない人生を精一杯生きることは大事ですが、長い人生の中で、当たり前を当たり前として受け入れられなくなる瞬間が出てきます。何が当た

          ドライブマイカー テーマは禅語「平常心是道」につながる

          超難解禅語「忘牛存人」自分探しの極意

          文字面を読めば「牛を忘れる人が存在する」です。 しかし、どういう意味なのでしょうか? 超難解な禅語です。 「十牛図」という中国の宋の時代の禅の入門書があります。 そこに一頭の牛が登場します。 牛は普段はおとなしく、物静かでありながら、 あばれると非常に強く、手がつけられなくなります。 その姿はまるで、人間の心の様子に似ています。 「十牛図」は、その牛を探しに旅立った人を紹介した話です。 つまりそれは、自分の牛を探し求める、つまり自分の本当の心、ありのままの自分、自分探しの

          超難解禅語「忘牛存人」自分探しの極意

          人は丸くなれるのか?そもそも「丸」って何?

          対人で、人と衝突する人を、「尖った性格」と評価することがあります。 この尖るの反対が「丸くなる」と言いますが、 こう性格を表現するのは日本語だけです。 英語で、丸くなったね、という表現は He got soft. とか She became mellow‥と言います。 他にも、He's really settled down「落ち着いた」という表現もあります。 soft.とかmellowとか「丸」とか「尖る」という表現ではありませんね。 私も、社会の中で、人とよく衝突し

          人は丸くなれるのか?そもそも「丸」って何?

          「恐れるな 大丈夫だよ」施無畏の極意

          恐れるな  大丈夫だよ 何をそんなに迷っているの。 恐れがあるのはあなただけではないよ。 恐れないで、むかってごらん。 「施無畏」とは「無畏を施す」という禅語です。 観音菩薩が発したとされる言葉で、 畏(恐れ)れ無いことを施すという意味から、この世の人々からあらゆる恐怖を取り除くという観音経の中に出てくる慈悲の言葉だそうです。  人は誰もが常に悩み、苦悩を抱えて必死に生きています。それは将来や現実の生活の中で、様々な人や物に出会い、触れることで生まれてしまうこと。

          「恐れるな 大丈夫だよ」施無畏の極意

          「無事」 つまらない一日でも、価値のある一日です。

          「無事」という禅語を紹介します。 「無事」とは、 なにもない、つまらないと思えた一日であっても、無事であったのなら、それこそ価値のあるかけがえのない一日であったと思えるのです。 何事もない、一見、つまらないように見えても、交通事故に遭わなかった、家族に不幸がなかった、人に傷つけられなかった、、、無事であったのなら なんてありがたい、素晴らしい日ではありませんか。 たいした災難にも遭遇することなく、無事安泰に暮らせたという喜びと感謝の念を表わす言葉が「無事」であるのです。 常

          「無事」 つまらない一日でも、価値のある一日です。

          「柳は緑、花は紅」という禅語が好きです

          新型コロナが猛威を振るい、第6波と言われても、もはやピントこない状況です。またぞろ、飲食店が煽りを食って、そこで働く従業員やアルバイトが収入を失う、学校は学級閉鎖が相次ぎ、修学旅行も文化祭も合唱祭もイベントは軒並み中止。学生時代の華やかな思い出も失っている世界。ビジネス現場でも対面営業を失った一部の企業は存続さえ悩みになっています。 新しい生活様式とか新しいビジネス環境とか言葉が踊るだけで、中身は何も確立できていないでしょう。 コロナ共存とかゼロコロナとか、ニュースもコロ

          「柳は緑、花は紅」という禅語が好きです

          「禅語」がわたしのイチオシです

          禅語の魅力 禅語を一言で表すのなら、「人を生かす言葉」です。 禅語には人を魅了して止まない教えが山ほどあります。教えというと、何やら上から目線を感じて、嫌な気持ちにもなられるかも知れませんが、禅語の意図はそこではありません。 禅語とはもともと、宗派や宗教を超えて、自らを鍛える意味で広く世界で親しまれている禅宗の、すなわち、自分自身こそが仏であるという教えを伝え、仏門に導くための言葉です。 すでに人智で測った境界を越えて、宗派にもはや依存せず、独自の道を歩んでいるのが禅語で

          「禅語」がわたしのイチオシです

          瑞気満堂の春を待つ

          「瑞気満堂」(ずいきまんどう) 瑞気(ずいき)」とは「めでたい気」「新鮮で、かつ美しい気」という意味。 その有り難い気が堂(家・茶室)に満ちることは、縁起の良いことです。 昔の人は、この「瑞気」をいかに家や体に取り込むために、神棚を祀りました。神棚に飾る榊(さかき)の枝は、「栄える樹」で「サカキ」と呼びます。 つまり、榊の持っている、常に栄え続ける瑞々(みずみず)しい気を家の中に取り込むために飾るのです。「瑞気」を呼びこむと家が栄えます。 禅語では「瑞気満堂の春」という

          瑞気満堂の春を待つ

          生きるヒントに満ちた禅語「全機現」

          禅語「全機現(ぜんきげん)」は「自分の力を最大限発揮すること」。 全てが、この機会に、現れる、と読めます。 つまり、今生きているこの瞬間に全てが現れる、ということ。 今しか、やれる機会はないのです。だから、「全力を出して、悔いのない生き方をしなければならない」という教えとなります。 では、自らの力を最大限発揮するには、どうすればよいのでしょう? 禅の教えとは、他力に頼らず、自分を信じ、自分の内にある「仏」と対話して、自ら進む道を自ら灯らし、歩むこと。 キリスト教やイ

          生きるヒントに満ちた禅語「全機現」

          禅の精神「曹源一滴水」とは

          「曹源一滴水」(そうげんのいってきすい)「曹源」とは、禅宗の初代・達磨大師から6代目にあたる、慧能(えのう)禅師のこと。慧能禅師は、広東省の曹渓という渓谷に建立された法林寺で禅宗を大成させました。禅の教えは中国から始まり、やがて朝鮮半島、そして日本へと広がっていきます。それはまるで、曹渓の源にある一滴の水から、大いなる河へと広がっていくように。 禅の根本精神として、「曹源一滴水」という言葉は広く用いられています。 禅の教えでは、一滴の水にも仏の命、仏性が宿っていると考えま

          禅の精神「曹源一滴水」とは

          禅語の世界「生者必滅会者定離」

          「生者必滅会者定離」(all living things must die、we meet only to part)。 「生まれた者は必ず死に、出会った人とは必ず別れがくる」という意味です。 正確には「生者必滅」と「会者定離」の2つの言葉がつながってできています。 「生者必滅会者定離」はこの世の定め。何事にも始まりがあれば必ず終わりもあります。 有名な平家物語の冒頭に 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。 おごれ

          禅語の世界「生者必滅会者定離」

          今日の禅語「上求菩提・下化衆生」と「たらいの水の法則」

          山の麓の畦を彼岸花が真っ赤に彩ります。別名の曼珠沙華は法華経の「摩訶曼陀羅曼珠沙華」からついたと言われ、梵語で「天上界の花」「赤い花」を意味します。多くの植物が春から夏にかけて成長して花を咲かせますが、彼岸花はこの間に地下で力を蓄え、秋に開花する特異な存在です。 鱗茎は生薬にもなり、また栽培が容易で球茎を縦割りに切って植えれば、翌年には新しい世代が育ちます。まことに強いその生命力に驚嘆するとともに他が真似できない生き様に何かしら愛着と共感を覚えます。 今日の禅語は「上求菩

          今日の禅語「上求菩提・下化衆生」と「たらいの水の法則」