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大河ファンタジー小説『月獅』60         第3幕:第15章「流転」(3)

前話(第59話)は、こちらから、どうぞ。

これまでの話は、こちらのマガジンにまとめています。

第3幕「迷宮」

第15章「流転」(3)

<あらすじ>
「孵りしものは、混沌なり、統べる者なり」と伝えられる天卵。王宮にとって不吉な天卵を宿したルチルは、白の森の王(白銀の大鹿)の助言で『隠された島』をめざし、ノア親子と出合う。天卵は双子でシエルとソラと名付ける。シエルの左手からグリフィンが孵る。王宮の捜索隊に見つかり島からの脱出を図るが、ソラがコンドルにさらわれた。
 レルム・ハン国では、王太子アランと第3王子ラムザが相次いで急逝し、王太子の空位が2年続く。妾腹の第2王子カイル擁立派と、王妃の末子第4王子キリト派の権力闘争が進行。北のコーダ・ハン国と南のセラーノ・ソル国が狙っている。15歳になったカイルは立宮し藍宮を賜る。藍宮でカイルとシキ、キリトが出合う。『月世史伝』という古文書を見つけたシキは、巽の塔でイヴァン(ルチルの父)と出合い、共に解読を進める。レルム・ハンの建国前に「月の民」という失われた民がいたことがわかる。
 王妃からキリト王子の師傅しふを要請されたラザールは、王子との謁見のため真珠宮を訪れる。

<登場人物>
キリト(12)‥第4王子(王妃の三男)
カイル(17)‥第2王子(貴嬪サユラの長男)
ラザール‥‥‥星夜見寮のトップ星司長、シキの養い親
王妃ラサ‥‥‥キリトの母・真珠宮の主
シキ(12)‥‥星童、ラザールの養い子、女児であるが男児と偽っている

<レルム・ハン国 王家人物>
ウル‥‥‥‥‥国王
サユラ‥‥‥‥貴嬪・カイルの母
アラン‥‥‥‥第1王子・逝去(享年18歳・王妃の長男)
ラムザ‥‥‥‥第3王子・逝去(享年14歳・王妃の次男)

<補足>
真珠宮‥‥‥‥‥‥後宮にある王妃の宮・キリトはここで暮らす
藍宮‥‥‥‥‥‥‥カイルの宮・外廷にある
レイブンカラス‥‥王直属の偵察カラス
『黎明の書』‥‥‥王国の史書・天卵に関する記述がある
『月世史伝』‥‥‥古代レルム文字で書かれた幻の古文書

 中央に三本の猫脚がついた小さな青銅の円卓をはさんでラザールとキリトが相対する。
 対岸では獅子の像がたえず水をはきだし、水煙をあげていた。声変わりもまだな少年に容赦なき現実を突きつけねばならない。ラザールは喉の奥で唾を呑む。
「王宮を二分している派閥争いが、王太子の空位に由来することはご存知でございますか」
「だから、早う、カイル兄上を王太子とすればよいのじゃ」
 簡単なことじゃないか、とキリトは逸る。
「王子とカイル殿下には、決定的な違いがございます」
「母上が王妃か、妃嬪かであろう」
「それは些末なことにございます」
「では、何だ?」
「王子がトルティタン皇家の血を引いておられることに尽きます。またそれが、派閥争いの火種でもあります」
「吾が愚かであっても、トルティタンの血筋であればよいということか」
「いかにも」
 ばん! 
 円卓を力まかせに叩いてキリトが立ち上がる。池の魚が跳ねる。
「ならば、そちについて学んでもしかたあるまい。勉強などしとうないわ」
 キリトは怒りを吐き捨てる。睨みつける瞳には、まだ王の威厳はない。駄々をこねる子と同じだ。
「カイル殿下をお救いするには……」
 ラザールはキリトを見据え、「必要でございます」と続けた。単調の低音で諭す。人を御すのは感情の昂ぶりではない。火を消すのは水である。
「兄上を……お救いする? 吾が?」
 燃えあがりかけた焔は、たちまち勢いを失う。戸惑いがその熟しきらないおもてにあがる。感情を揺らしたままキリトは椅子に身を落とした。
「カイル殿下は、早晩、窮地に陥られるでしょう。その折にお救いできるのは、キリト様しかおられませぬ」
 ラザールはキリトを見つめ静かに告げる。
「兄上の身が危うくなると申すか」
 また、キリトの声が尖る。
「おそらくは」
「なぜじゃ。カイル派の者どもは助けにならぬのか」
「残念ながら。彼らの関心事は、一族の隆盛と権力の美酒でございます。カイル殿下のお命が危うくなれば、掌を返し保身に走るでしょう」
「なんと卑怯な。それでも臣か」
 キリトの声がさらに鋭くなる。
「国に王は必要ですが、国を治めるのは王ではございません」
「どういうことだ」
 ラザールは威儀をただす。
「王族であられる王子には腹に据えかねるでしょうが、権力とは如何なるものか、その真実を正しく理解していただかねばなりません。それが御身おんみを守り、ひいてはカイル殿下をお救いする手立ても見えてまいります。老臣の妄言に耳を傾けていただけますかな」
 うむ、とキリトはうなずく。
「聞こう。耳の痛いことほど聞かねばならぬと、カイル兄上も仰っておられた」
 ラザールはわずかに表情をゆるめる。
「王子はシキの申していたとおりのご気質であられますな」
「シキは、何と?」
「気持ちがまっすぐで聡いお方と」
「シキがそう申しておったか」
 キリトの瞳がたちまち輝く。自由奔放なまま放置されたゆえのまっすぐなご気質。それは人を魅了もするが、甘言に弄される危うさもある。教育を急がねばなるまい。

(to be continued)

第61話に続く。


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