大河ファンタジー小説『月獅』60 第3幕:第15章「流転」(3)
これまでの話は、こちらのマガジンにまとめています。
第3幕「迷宮」
第15章「流転」(3)
中央に三本の猫脚がついた小さな青銅の円卓をはさんでラザールとキリトが相対する。
対岸では獅子の像がたえず水をはきだし、水煙をあげていた。声変わりもまだな少年に容赦なき現実を突きつけねばならない。ラザールは喉の奥で唾を呑む。
「王宮を二分している派閥争いが、王太子の空位に由来することはご存知でございますか」
「だから、早う、カイル兄上を王太子とすればよいのじゃ」
簡単なことじゃないか、とキリトは逸る。
「王子とカイル殿下には、決定的な違いがございます」
「母上が王妃か、妃嬪かであろう」
「それは些末なことにございます」
「では、何だ?」
「王子がトルティタン皇家の血を引いておられることに尽きます。またそれが、派閥争いの火種でもあります」
「吾が愚かであっても、トルティタンの血筋であればよいということか」
「いかにも」
ばん!
円卓を力まかせに叩いてキリトが立ち上がる。池の魚が跳ねる。
「ならば、そちについて学んでもしかたあるまい。勉強などしとうないわ」
キリトは怒りを吐き捨てる。睨みつける瞳には、まだ王の威厳はない。駄々をこねる子と同じだ。
「カイル殿下をお救いするには……」
ラザールはキリトを見据え、「必要でございます」と続けた。単調の低音で諭す。人を御すのは感情の昂ぶりではない。火を消すのは水である。
「兄上を……お救いする? 吾が?」
燃えあがりかけた焔は、たちまち勢いを失う。戸惑いがその熟しきらない面にあがる。感情を揺らしたままキリトは椅子に身を落とした。
「カイル殿下は、早晩、窮地に陥られるでしょう。その折にお救いできるのは、キリト様しかおられませぬ」
ラザールはキリトを見つめ静かに告げる。
「兄上の身が危うくなると申すか」
また、キリトの声が尖る。
「おそらくは」
「なぜじゃ。カイル派の者どもは助けにならぬのか」
「残念ながら。彼らの関心事は、一族の隆盛と権力の美酒でございます。カイル殿下のお命が危うくなれば、掌を返し保身に走るでしょう」
「なんと卑怯な。それでも臣か」
キリトの声がさらに鋭くなる。
「国に王は必要ですが、国を治めるのは王ではございません」
「どういうことだ」
ラザールは威儀をただす。
「王族であられる王子には腹に据えかねるでしょうが、権力とは如何なるものか、その真実を正しく理解していただかねばなりません。それが御身を守り、ひいてはカイル殿下をお救いする手立ても見えてまいります。老臣の妄言に耳を傾けていただけますかな」
うむ、とキリトはうなずく。
「聞こう。耳の痛いことほど聞かねばならぬと、カイル兄上も仰っておられた」
ラザールはわずかに表情をゆるめる。
「王子はシキの申していたとおりのご気質であられますな」
「シキは、何と?」
「気持ちがまっすぐで聡いお方と」
「シキがそう申しておったか」
キリトの瞳がたちまち輝く。自由奔放なまま放置されたゆえのまっすぐなご気質。それは人を魅了もするが、甘言に弄される危うさもある。教育を急がねばなるまい。
(to be continued)
第61話に続く。
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