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大河ファンタジー小説『月獅』25   第2幕:第8章「嘆きの山」(5)

第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
前話(24)は、こちらから、どうぞ。

第2幕「隠された島」

第8章:「嘆きの山」(5)

<あらすじ>
(第1幕)
ある晩、星が流れレルム・ハン国エステ村領主の娘ルチルは「天卵」を宿し王宮から狙われる。白の森に助けを求めるが、森には謎の病がはびこっていた。「白の森の王(白銀の大鹿)」は「蝕」の期間にあり本来の力を発揮できない。王は「隠された島」をめざすよう薦める。ルチルは偵察隊レイブンカラスの目につくよう断崖から海に身を投げた。
(第2幕)
ルチルは「隠された島」で暮らしはじめた。天卵の双子は、金髪の子をシエル、銀髪の子をソラと名付ける。シエルの左手から孵ったグリフィンの雛は飛べなかった。ディアとルチルはソラの好奇心を満たすため、「嘆きの山」の迷いの森を進む。ルチルは真っ赤な大蛇の出現に卒倒するが、それは山が見せた幻影だった――。

<登場人物>
ルチル‥‥‥天卵を生んだ少女(十五歳)
ディア‥‥‥隠された島に住む少女(十二歳)
ノア‥‥‥‥ディアの父 
シエル‥‥‥天卵の双子の金髪の子
ソラ‥‥‥‥天卵の双子の銀髪の子
ビュー‥‥‥グリフィンの雛
ギン‥‥‥‥ハヤブサ・ノアの相棒
ヒスイ‥‥‥ケツァール・ディアの相棒


「おいディア! ソラがいないぞ」 
 ヒスイが叫んで森の真上に飛びあがる。
 なんですって。
「ヒスイ、森の出口はどっち!」
 ディアが空に向かって張り裂けんばかりの大声で叫ぶ。
「オレが連れ戻す」
 ヒスイが叫び返して、翼をひるがえす。
「待って! おまえじゃソラを運べない。ギンに父さんを呼んでと伝えて、急いで」
 ディアが駆け出す。

 私のせいだ。私が森の幻影に惑わされて、失神なんてするから。ルチルの心臓がせりあがる。シエルを抱えてディアの後を追う。何度も木の根に引っ掛かりつまずきそうになる。白の森で駆けたときはひとりだったけど、今はシエルを抱いている。転ぶわけにはいかない。シエルを抱きしめ、心のうちで祈る。どうか、どうかまにあって。
 突然、明るい陽射しが降りそそぎ、森がとぎれ丈の高い草がなびく原が広がった。明るさに慣れない目をしばたたき、開けた草原を見渡す。「あー!」腕の中のシエルが手を伸ばす。
 その指さす先に目をやると、青い衣の幼子の背が見えた。銀の髪が風になびいている。
 まにあった――。
「ソラー、止まってえ!」
 ディアが叫ぶ。
 びくっとしてソラが振り返った瞬間、その躰が宙に浮き火口のほうへと流された。
「いやあああ、ソラー」
 抱いていたシエルを放って駆け出そうとするルチルを、ディアが腕をつかんで止める。
「ルチルはシエルを守って。シエルを抱いて安全なところまで下がって。大丈夫、あたしがソラを取り戻してくるから」
 そのときだ。
 大きな翼の影が走った。空気がぴりぴりと震える。突風が巻き起こり、ルチルは飛ばされそうになりシエルを抱きかかえて膝をつく。ディアのオレンジの髪が逆立つ。
「あれは何?」
 見たこともないほど大きな翼が弾丸のごとくソラに向かう。その飛翔が空気を直線で切り裂く。あんな怪鳥に攻撃されたら、ソラはひとたまりもない。
 翼が起こした突風に草原の草がいっせいに地にひれ伏す。ディアが強風に吹き飛ばされそうになりながらも、駆け出そうとする。
「待て、ディア」
 ギンが高い天から叫ぶ。
「あれはグリフィンだ」
 ギンが舞い降りる。遅れてヒスイもディアの肩へと急降下する。
 グリフィンですって。
 ルチルはシエルの肩に乗っているはずのビューを探す。いない。
 ディアと目を見合わせ、視線を巨鳥へと転じる。
 グリフィンはソラを通り越すと、くるりと旋回して飛ばされてくるソラを、翼を広げ厚い胸で受けとめた。前脚の鉤爪でがしりとソラの脇をつかむ。だが翼が徐々に下がり、じりじりと火口へと下がっていく。あれほど大きな神獣でも引きずられるほど、火口の磁場は強いのか。ルチルは両手を握りしめる。

「ビュイック、何してるんだ」
 森の奥から突然、激しい怒声が飛んだ。
「おまえの力はそんなもんじゃないだろ。羽ばたけ!」
 振り返るとノアが駆けてくる。
 グリフィンは磁場の力を背で受け、必死で堪えている。垂直の姿勢を水平に立て直すこともできないようだ。翼はソラを抱え込むように前方に丸まり、広げることもかなわない。
 だがノアの𠮟咤にその獰猛な気性をたぎらせ、山の力に抗い翼をぐぐぐっと広げる。
 ルチルは自らの手の甲に爪を突きたてて両手をきつく握りしめる。ディアもひと言も発しない。誰もが息をすることも忘れて屹立する。
 グリフィンは渾身の力で両翼を開ききった。垂直の滞空姿勢は天に突き立った十字架のようだ。ばさっばさっと、二度翼をはためかせる。あたりを薙ぎ払う突風が起こり、はるか離れた森の樹々まで揺らす。それを反動に水平飛行に姿勢を立て直すと、再び弾丸となって空を切り裂き猛進した。
 ルチルが激しい風に目を眇め、ひと瞬きする。目を開けると、大きな影が立っていた。
「やはりおまえはビュイックか……」
 ノアが納得するように漏らす。そのつぶやきには応えず、グリフィンは前脚の鉤爪でつかんでいたソラの両腕を放す。ソラは着地すると、くるりと振り返って巨大なグリフィンの胸に抱きつこうとした。
 そのとたん、見あげる小山のようだった巨躯がどんどん小さく縮んでいき、またたくまに掌サイズのグリフィンに戻った。その場にいた皆が呆気にとられ、なにごとが起こったのかと目をこすり言葉を失う。ノアでさえも。
 丈の高い萱に埋もれるようにして、小さなグリフィンが広げた翼を折り畳んでいた。
 シエルだけがその姿に、「ビュー」とうれしそうに手を伸ばす。
 ルチルは膝をついて伸びあがり、きつくソラを抱きしめた。
「おまえたちは、ギンについて家に戻れ。俺はすこしビューと話をする」

(to be continued)

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