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ラディカル・ゾンビ・キーパー 六

何もしていないのに一日のテンションを保てない。双子座の今日の運勢が最下位だからだろう。急に嬉しくなったり苛々したり悲しくなったり怖くなったりする。動脈の血の色のメガネを掛けたOLが秒給八千円以上のビル・ゲイツに嫉妬してヨガにハマる感じに似ている。それでいて、一方で、セブンイレブンの冷やし中華をビニール袋の中で汁と共にこぼした時に発生した酸っぱい臭いと同じ臭いをワキに抱えた、メイド喫茶で働きたいと強く願っている馬鹿な女になった気分だ。中国拳法を身につけようとして格闘ゲームを始めるような馬鹿な女だ。
体がだるい。肺がゴム風船を膨らませたみたいにだるい。太ももはタールがこびり付いたように重くて鈍いし、疲れてる? 何もしてないのに? とりあえず、カフェで手を握り合いながら昨日見たドラマの話をして雑誌に載っていたワンピースとパンツの話をして駅前にできたケーキ屋が有名になったことを話してその隣にあるパスタ屋のカルボナーラがおいしかったことを話して最近ハマっているビーズのネックレスを見せて安いアジアン雑貨のお店を見つけたのと言うカップルを幼児誘拐で誤認逮捕されそうな秋葉ボーイが殺してそれをニュースで見てどうでもいいよ、と、とりあえず、思いたい。
アタシはインクの詰まったボールペンを手で遊びながら、コルクボードに打ちつけた白地にジャポニズム展とだけ描かれたチラシを見やった。いつのだろう。先月か。見ていると、着物と浴衣と羽織をまとった麗しく清楚で艶やかな茶坊主がアタシの目の前に現れた。茶坊主はマネやゴッホが求めたようにジャポニズムを追求したいと言ってウールの赤い着物を指さす。それは誕生日にナオちゃんがくれた着物で、アタシは一度も袋から出していないし触りもしていない。そうだ、アタシは今月は和月間だった。決めた、そうだ、今月は和月間だ、部屋から欧米文化を排除する。このカオスってる部屋を和テイストに総替えだ。あ、でも、テスト前にしか掃除をしたくならないアタシにはもう一生テストなんて来ないから、アタシのジャポニズムはここで、崩壊する。
 アタシは貧乏な味のするみたらし団子を食べてこんな物を平気で作り出す職人のガキはターキーと偽ってカエルの丸焼きを差し出してもまったく気づかずに食べ尽くすんだろうなって思いながら、ウィニーを起動した。昨日はビートルズのアンソロジーを完成させた。今日は南部の唄とハイ・ディドゥル・ディ・ディを落とす。ディズニではピノキオが一番好きだ。特にファウルフェローとギデオンが好きだ。ディズニーランドですれ違った時にサインを断わられたけど親分の言うままに翻弄されるとぼけた姿が可愛いからアタシはすぐにそれを許した。
ピノキオが葉巻を吸う顔は小さい頃によく真似をした。鏡を覗く。もうできない。だけど、DVD版のピノキオはどこか違う。小さい頃に見た吹き替えと声が違うからだ。ジミニー・クリケットがあれじゃ台無しだ。
ディズニはきっと、悪役で成り立っている。サディスティックなジャファーが支配する宇宙は死体から湧き出る蛆のような今の世界よりもずっとずっと恍惚で刺激的なはずだし、ダルメシアンでクルエラが作る毛皮のコートはおまんこが大好きな酸っぱい汗を掻く女たちも淑女に見せてしまうだろう。紳士なフック船長には生爪を剥がされて留めた安全ピンで乳首を引きちぎられても構わないし、愛に狂うフロロー、復讐に執するアースラ、彼らこそが本当の主役だ。息の臭い男に口づけをされて目を覚ますような女にだけは決してなりたくない。アタシは、いつ、シンデレラになれるだろうか?
 そういえば、マジックマッシュルームの栽培セットが売っていた。本物か? バリ島経由で届くということだった。人間、生まれたからには、一度は、マジックマッシュルームでトリップしてみたいと思うのが普通だ。トリップは、ゆるい地盤で起こる大地震に眩暈を起こして酔う感じに似ているのか? ナオちゃんなら知っていそうだ。あいつは売女だからその辺はもう経験済みだろう。オヤジのちんこをまんこに突っ込んでよがった金で服なんか買ってきやがって、そんな精液まみれのモノに誰が触れるか。アタシが知らないと思って馬鹿にして見下して、そんなものはアメリカのコミックで十分だ。あいつらはみんな頭をヤラレてる。ネズミも頭をヤラレてる。アメリカのクリエイターはみんな薬漬けでヤラレてる。
 カニバリズムで検索すると結構な数の関連した記事が出てきた。ってことは知っている、毎日やっているから。
今朝は不貞寝をしていた。借りたDVDの延滞料金が気になったわけじゃない、ナオちゃんに期限が過ぎていることを言いたくなかっただけだ。もう三日が過ぎた。二千四百円だ。きっと明日も気づかない。三千二百円だ。勝手に見るからだ、気づけば四千円だ。
 この胎児を喰らう男の動画は最高だ。どんな映画よりも優れているとアタシは思う。血とホラーに興味を抱いて恐怖とサイコが好きとほざくレズばかりの女子高に通う蜘蛛やゴキブリが出ただけで悲鳴をあげるような女に、この動画を見せてやりたい。動画の男は切断した手足をフライドチキンにかぶりつくように平らげて、秋刀魚の塩焼きを食べるように胴体から内臓を取り出す。頭部をリンゴのように齧って、指ですくい上げた脳みそをぺろりと舐める。これが分かるか。これが分かるか愚民ども。床の潰れた長屋に一人で住む孤独なババアが白いアイ・ポッドでオアシスを聴きながら寂しいと泣き叫ぶこの感じが分かるか。泣けば済むと思ってる女ども、この感じが分かるか。鏡に映るアタシの肌は土色をしている、脚も腕も胸も首も顔も全て土色をしている。男に喰われた胎児と同じ色だ。そうだ。喰われた胎児と同じ色だ。切断した手足を合釘で繋ぎその接合部から膿みの混じった濁った血を滴り落とす死体と同じ色なんだよ。アタシは、生まれる前に死んでる、ゾンビだよ。猛毒の茸を拾い食いしても嘔吐も下痢も血尿も出ないゾンビだよ。夏祭りで浴衣を着こなしたホームレスが文化祭の出し物を決めるぐらいゾンビだよ。RIP。安らかに眠れる夜なんて一生こない。神様がいないことなんて昔から知ってる。アタシの魂は死体に宿されたんだから。
 メールをチェックすると結構な数が来ていた。
エロサイトとディスカウントストアの宣伝メールに交じってあの男からも来ていた。
 一時間に二十通も来ている。どれだけ暇人なんだあの男は。
チャット・オセロにハマって、そこで知り合った男だ。アタシの総対戦回数は四千で、男は七千だった。勝率は同じようで、良い対戦が出来たから、別に気が合ったわけじゃないけど、メールアドレスを教えて対戦するようになった。そしたら、いつからか「恋人」という言葉を使うようになった。顔も見たことない声も聞いたことないのになんで恋人なんだこいつは頭がおかしい。迷惑メールに設定してもゴミ箱に移るだけで届くには届くからついつい見てしまう。「今、何してるの?」そんなメールが一時間に二十通だ。働いてないのか、友達はいないのか、下らない、死にたくなる。そう言ったら、「俺がついてるよ」、頭がおかしい。ホントに死にたくなる。だから自殺サイトを巡った。自殺日記は面白かった。毎日死のうとする日記だ。電車に飛び込むと本当に死んでしまうからそれはやらない。手首を切ってみる、風邪薬を百錠飲んでみる、二階から飛び降りてみる、目張りをせずに練炭を焚いてみる、血を抜いてみる、ガスを吸ってみる、そんなのばかりが何日かおきに載っていた。更新できない日は入院しているからだってのがちょっとウケた。それでアタシは気がついた。あたしに自殺願望はない。それはなんか違う気がした。他人が自殺する方が楽しい。あ、自殺未遂を想い出に変えるってのも、イイナ。アリだ。この日記の管理人は命がけの想い出作りをしているだけかもしれない。面白いな。
アタシは眠そうだから布団にもぐった。
寝るのは苦手だ。
カーテンの隙間から射す光とかが気になってくる。
こうするのは一時間でもう四度目だ。脳みそはアタシとは別の独立した生物じゃないのかって思えてくるほど、わけの分からない思考が走り出す。寝ようと思えば思うほど夜の猫みたいに走り回る。好奇心に目を輝かせた純な子供にHTFのギグルスの形をしたシャンプーをプレゼントする。それは首を取って使う、中にはとろとろの赤黒いシャンプーが詰まっている。子供は別に気にならない。フルフェイスのヘルメットにライダースーツという男が颯爽と現れる。男はヘルメットを外した。便所の芳香剤とは一線を画するラベンダーの香りを艶のある長髪から漂わせる。筋肉質の体つきからは想像も出来ない女顔だ。女がアイドルに嫉妬するような気持ちになる女顔だ。その気持ちをありがたく思ってしまう女顔だ。ありがとうありがとう。アタシと目が合った。それだけで顔を真っ赤っかにした。かーわーいーいー。フルフェイスはその性格を隠すためだった。極度の恥ずかしがり屋さんだってことが恥ずかしかったのだ。大きな木下の水溜りで小鳥が呼ぶ。ねえ、白い粉ほしくない? 女はみんな肥溜めなんだよ、ねえ、白い粉ほしくない? あんたなんか糞で汚れてるんだよ、ねえ、火傷痕にカラシを塗ってあげようか? 白い靴を履いて墓参りに来たはずなのに、雑草で出来た草履を履いている。その草履とアタシは血が繋がっていて、帰りに、定食屋で食券を買って、並んでカツ丼を食べた。アタシたちは目も合わせないし会話もしない、だけど、カツ丼だけは優しかった。ほら、眠れない。
 それでもアタシはベッドから出ないで時計の秒針に耳を傾けた。
一分間だけ秒針を見つめてみた。
とても静かだ、と気が付く。
何の物音もしない。
雀の鳴き声くらい聞こえてもいいのに。
……。
家が無いのはとても困る。ホームレスにはなりたくない。ああはなりたくない。絶対にイヤだ。女のホームレスを見たことがある。髪がボサボサで、背が低くて、その背の低さはホームレスになったから縮んだみたいで、歯が抜けていて、まったく笑わないで、肌の色が茶色くて、靴とか、小学生が履くようなスニーカーで、ものすごく汚れていて、土とか、泥とか、なんか、生理の血も足とかにべちゃべちゃついている気がして、洗えないから臭いがすごくて、飼っている犬もホントは綺麗な白い毛並みなのにずっと抱いて寝ていたぬいぐるみみたいに薄汚れていて、どこか目が死んだ魚みたいで、それでも女のホームレスに従っていて、その感じはエサをくれるから仕方がなくって感じで、誰もいなくていいし、世界に一人ぼっちでもいいし、華とは無縁の世界で生きていくことになってもいいし、だけど、家が無いのはとてもイヤだ。廃人が格好いいなんて言う奴がいるけど、それは家があるからで、家が無ければ廃人はただの汚いホームレスで、それはゴミだ。
炊き出しを見たことがある。ナオちゃんと一緒だった。配膳員はみんな笑顔だった。あんな笑顔だけは絶対にいらない。おかしい。頭がおかしい。みんな頭がおかしい。食べ物を配るだけで笑顔なんかいらない。見下してるんだろ、テーブルを隔てて世界が分断されている、見下してるんだろ、見下してるくせに、あんな愛想笑いはいらない、受けたくない、人を助けることなんて出来ない、助けたつもりで優越感に浸っているだけだ、あんな笑顔はいらない、助けるなら、仕事をやれよ、食べ物じゃなくて、食べ物しかやるつもりがないなら、温かい人間もいるんだぞみたいな笑顔をやるなよ、人は人を助けることなんて出来ない、配膳員は配膳行為に酔っているだけだ、自分で自分を助けているだけだ、なんだこれ、頭おかしい、人に何が出来る、他人に何が出来る、自分で強くなるしかないじゃないか、知ってるよ、アタシは知ってる、誰にも他人を強くすることなんて出来ない、ゲームだって自分で倒した敵でないとレベルアップしない。他人にやらせてスコアアップしても自分の技術が上がったわけじゃない。アタシは知ってる、みんな偽善者だ。世界は偽善で出来ている。本当に他人のために生きている人間なんていない。自分の子供を命をかけて守るのも自分のため、大好きな自分から生まれた子供が大好きなだけ、だから他人の子供は見殺しだ。
目標を持って上手に生きるなんてあたしには出来ない。それは偽善で生きるってことだから。ナオちゃんがそうだ。アタシにあんなに服を買ってきて、アタシのため? 違う、そういう自分に酔ってるんだよ、言ってたじゃん、あんたが生き甲斐だ、って。ほら、自分のためじゃん。アタシを生きる道具にしてるだけじゃん。
機械でいいよ。他人は機械でいい。笑顔なんてものがあるからいけないんだ。顔がなくていい。顔はいらない。顔があるから偽善が生まれるんだ。体だけなら愛想笑いもない、心配そうな表情も出来ない、全ては行動で示すしかなくなる、それじゃん、機械じゃん、機械の世界が最高の世界じゃん。
あっちもこっちも飢餓天災テロ戦争、全部顔があるからじゃん。顔さえなければストレートな行動しか起こせなくなるから腹の探り合いなんてなくなるじゃん。気に入らなければ核で国ごと消せばいいよ。それで平和。イエスかノー。ほっとけよ、世界の貧しさなんて。募金だって、募金した行為に酔っているだけ、偽善を換金しただけだ。偽善者ども、アタシ同様、みんな、価値なんてないよ。特別な人間なんていないよ。みんな、自己陶酔、偽善者どもだ。だから一回みんな死んで、正直に、自分が好きで好きで大好きで生き返りたい奴だけ、生き返ろうぜ。ゾンビとして甦ろうぜ。ゾンビでもいいだろ? 自分が大好きならさ。
「ミオ、お姉ちゃん、出掛けるから、お母さんもいないから、じゃあ、行ってくるから」
 アタシがナオちゃんに母殺しを告白するとナオちゃんはアタシを殺そうとした。夢で。本気で。殺そうとした。アタシは情けなく、泣きながら逃げ惑った。
「行くからね、ミオ、じゃあ、行くから」
「早く行けよ! うるせえんだよ!」
 大声を出すと頭が痛くなるけど食道の当たりはスッキリした感じになる。アタシも利用しよう、ナオちゃんを利用しよう。この腐敗した日々をこの腐乱した体でこの家に住んだままナオちゃんに維持してもらおう。

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