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佐伯一麦「ノルゲ」

 作家が妻のノルウェー留学に付いて行った記録。住処とした解体間近のような古いアパートメント中心にした生活が描かれる。当時ノルウェーで流行ってたインフルエンザについて書いていた箇所で、近い将来大流行するかもしれない疫病のことにも触れられている。

 KindleUnlimitedに入っていたので、佐伯一麦作品に初めて触れてみた。読んでないのに以前から名前はよく知っていたのは、古井由吉の対談、往復書簡の相手だったからだ。

 今回、端末をあれこれ移動して読んだ。結果、娘の使っていたタブレットが一番読みやすい結果となった。留守居の際の連絡の必要性から与えたスマホの方をメインで使うようになって、タブレットが一台空いたためだ。Kindleに特化しているFireHDタブレットよりも読みやすい結果となった。出先でスマホ、家では書架台にタブレットで読んだ。パソコンの画面でのKindle読みには慣れない。タブレットなら、ノートパソコンの脇に置いて読めるのが便利だった。執筆と読書を両立出来る、と感激しながら、実際は、パソコンの左側に置いたタブレットばかりに視線を向かわせ、本ばかり読んでいた。


「本を読んでいると、落ち着くの。喉が渇いた時に水を飲んだみたいに」

 作家はノルウェーでも日本と同じように書きものの仕事を続け、書き上げた原稿はPCを使ってメールで編集者へと送る。ノルウェーにいながら日本時間を気にして仕事を続ける。妻と違い作家に外国にいる確たる理由はないともいえる。しかし当時鬱病であった作家は、妻と離れて暮らせば自殺しかねない状態であった。
 
 一年間の滞在生活を小説にし、完成するまでに六年がかかっている。読むのも随分時間をかけて読んだ気がするが、隙間時間で徐々に読みながらで二週間とはかかっていなかった。毎日の句作に「ノルゲ」を取り入れて二句詠んだ。


大雪(たいせつ)のノルウェー日没午後の二時


 佐伯一麦「ノルゲ」を読んでいる。妻のノルウェー留学に一年間ついていった作家の、日常雑記のような話。作者が寝込むと冬が始まった。北欧の冬は暗い。午前十時に日が昇り、午後二時に日が沈む。昼がないまま、夜が空を占める。


開戦日辻音楽師のレクイエム


 引き続き佐伯一麦「ノルゲ」を読む。主人公の作家が辻音楽師のバイオリン弾きと知り合う場面を読む。作家の住む町で他には辻音楽師の姿はない。かつての開戦日にそのような者がいれば、破滅へと向かう決定に、レクエイムを奏でていたのではないか。


 実景と、読書で得た物語からの借景と、俳句を作るがために作り出した虚構とをもはやあまり区別しなくなってきた。そこかしこにある物語を空気のように拾いながら生きるようにする。「ノルゲ」に書かれているのもそういうことだ。違うが、そうだ。

 陰鬱の極みのような風景を窓の外に見ながらの昼酒は、凄惨な味がした。部屋は二階だったが、これがリーヴが言っていたように五階や六階以上の高さでなくてよかった、とたびたび思わされたものだった。上階の部屋で灰色の窓を見つめながら強酒を呷る自分の姿を想像しただけで、追い詰められそうだった。

 一年間の猶予期間の中、外国人として暮らす暗い空の下で、作家は古傷にもやられ肉体的にも精神的にも辛くなっていく。印象的だったのはノルウェー語で書く作家について書かれていた箇所で、母国語では多数の売り上げは望めないので、皆英語で書くようになる、というところだ。日本にいると実感が湧きにくいが、母国語だけで勝負するというのは、必然的に自ら世界を狭めていることになる。

 メシアン、ヴィンランド、先に述べたやがて大流行するであろう疫病の予言めいた部分など、思っていなかったところでこちらに触れてくる部分が多かった。



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