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「子どもが可愛くない」妻が産後うつになってから回復するまで。



「産後うつ」をご存知でしょうか?我が子の誕生を楽しみにしていた女性が、母親としての責任感と義務感でいっぱいになり、子どもが可愛く思えなかったり、「死にたい」と精神的に追い詰められていく病気です。

2018年9月には、妊産婦の死亡原因のトップが「自殺」というショッキングなデータも発表され、影響の大きさが話題になりました。

僕の妻も産後に心身のバランスを崩し、かなり動揺した経験があります。妻は今でこそ息子が可愛くて仕方がないのですが、過去には「可愛く思えない」と言って、息子に対して淡々とした態度をとる時期がありました。

そこからどう立ち直り、いまに至ったのか。僕ら夫婦が産後うつからどう抜け出したのか体験を綴ります。

妻が死んだような目をしてずぶ濡れで帰宅。「これはまずい……」

妻は妊娠中から息子の誕生を楽しみにしていて、2017年6月初旬に出産を迎えました。産まれてきた息子を胸に抱き、妻が深い喜びに浸っていたのを覚えています。

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そんな妻に初めて異変を感じたのは、退院後一週間ほど経った時でした。

妻が、ある日突然家を飛び出してしまったのです。30分後に戻ってきたときには全身ずぶ濡れ。目に力がなく、話しかけても反応は薄く、明らかに普通の精神状態ではありません。このとき「まずい」という気持ちが僕の脳をよぎりました。

なぜ妻はこのような状態になってしまったのか。心当たりはいろいろありますが、産後の疲労と緊張によるストレス、そして妻に育児負担が偏っていたことが原因だと思います。

まず、妻は育児で極度な睡眠不足を感じていました。新生児はほぼ3時間おきに授乳が必要で、夜中でも起きなければいけません。妻は「赤ちゃんはママである自分が育てないといけない。家事はお義母さんにしてもらっているのだから、育児はちゃんと頑張らなければいけない」と重圧をいつも感じており、ホッとする余裕がありませんでした。

また育児の負担が妻だけに偏っていたことも、彼女を精神的に追い詰めていました。妻の両親は福岡と遠方なので、頼ることはできません。さらに僕は通勤を含めて半日家を空ける生活を送っており、その状況が結果的に妻をワンオペ育児に追いやっていました。

産後を僕の両親の家で過ごしていたことも妻のストレスの原因になっていたといいます。妻の負担を軽くするために義両親と同居したものの、気遣い屋の妻にとってはかえって心が休まらない結果となってしまいました。育児の緊張によるストレスから、妻は僕の両親とぎくしゃくするようになります。

妻が家を飛び出したことがきっかけで、僕たちは産後わずか一週間で僕の実家を出て、二人の夫婦の家に戻ることになりました。不安はありましたが、義両親と同居するストレスから解放されたいという妻の希望で、それからしばらくは2人で子育てを頑張る生活を送ることにしました。

私は母親失格

実家を出たことで、妻の緊張はいくぶんか和らいだようでした。しかし、僕は仕事で日中は12時間家を空ける生活のまま。育児に加え、今度は家事のほぼ全てを妻が担っていました。

たまに夜間の授乳やオムツ交換は僕がやるようにしていたものの、当時の僕にできることには限りがありました。妻の負担を軽くしたくて、残業は一切せずすぐに帰宅するように心がけていたものの、最大のネックは片道1時間半の通勤。往復3時間の通勤があるために、仕事をいくら早く切り上げても、家を長時間空けることになってしまいます。

産後の体で完璧に育児と家事をこなす生活は、確実に妻の体力と気力を削っていきました。

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(当時の妻の一日のスケジュール。休む時間はほとんどありませんでした)

今日会社に行ったら、一生恨むからね

そんな毎日が続いた後、息子が生後3か月になったくらいでしょうか。僕が働き方を見直そうと思った決定的な出来事が起こりました。

いつものように出勤のため僕が家を出ようとすると、妻が玄関までやってきて「今日は休んでほしい」と言うのです。

僕はこの時、「無理だよ」と冷たく言ってしまいました…。この一言で、疲れとストレスを抱えていた妻の感情が爆発します。

「もう限界なの。今日は会社を休んで!」

「無理だよ。お金を稼がないといけない。生活できなくなったら、それこそ困る。出勤しないと会社の皆に迷惑がかかる」
  
「かからない!!迷惑なんてこれっぽっちもかからない!誰かが休んでも業務が回る仕組みができているのが会社だよ」
  
「でも、無理だよ」

家族が助けを求めているのに、それを無視してまでやらなきゃいけない仕事って?そうまでして行かないといけない会社って何なの?

「仕事は大事だよ。会社に行かないといけない」

「会社に行かなくても働けるやり方がある、絶対にある!オフィスに行かないと仕事ができない職種は限られているよ。 あなたは働き方について記事を書いているんでしょ?だったらあなたがやってみてよ!ライターの仕事は自宅でもできるはず。在宅メインでできないか会社に相談してみて欲しい」

「言ってることはわかるけど、無理だよ。だって、そんな働き方をしている人は周りにいないから。自分だけがわがままを言うわけにいかない」

「……わかった。それなら大事な会社に行ったらいいよ。助けて欲しくてお願いしているのに、もういい。家族よりも、何よりも大切な会社に行ったらいい。ただ、今日、会社に行ったら一生恨むからね

「……」

(ガチャ)(バタン)

僕は家を出てすぐに「家族と仕事、どちらを大切にするべきか」を考えました。妻は明らかに切羽詰まっていたし、今助けを求められるのは夫である僕しかいない。仕事は確かに大切だけど、今の仕事を失ったとしても、別の道はある。でも家族はどうだろう……?

もし家族を失ったら取り返しがつかない。大事にすべきは、妻子しかないと思いました。すぐに会社へお休みの連絡を入れて、走って家に引き返し、そして妻に謝りました。その後は在宅メインの働き方にすると決め、夫婦で家事と育児をする生活がスタートします。2017年8月末のことでした。

妻は当時、離婚も覚悟したといいます。

“今振り返ると私の発言は脅しだし、実際に夫は震えていました。でもそれほどに私は追い詰められていました。辛くてSOSを出した時に、話を聞いてくれないパートナーなんていらないと思ったんです。”

シッターさんのおかげで、ママを休めるようになった

妻は自分の精神状態に自身でも危機感を覚え、息子を産んだ病院や行政のサポートセンターに相談しましたが、いずれも対応は冷たいものでした。そのため、もう自分で楽にする手段を見出すしかない、と夫婦で思いました。

妻の産後うつの原因は、家事も育児も完璧にやろうと一人で抱え込みすぎてしまったことです。自分達だけで育児をすることは難しい、家族以外の手を借りることが必要だ。そう感じた僕たちは、行政が提供する子育て支援サービス、タスカジといった民間の家事代行サービスにも登録しました。

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(家事代行サービスを使って、おかずを作ってもらうことも)

はじめに妻から子育てや家事の外注の相談を受けた時、僕は家計への影響を心配して少し躊躇しました。

しかし、妻からの強い要望を受け、確かに夫婦で無理してストレスを抱えてしまうよりはいい、と考えておそるおそる利用を決めたんです。実際に家事を外注してみたら、本当に助かり、やって良かったと心から思いました。

外注はたまに利用しつつ、僕が在宅メインの働き方に変えていったことで、家事と育児をする人手がひとりからふたりに増えました。そのことで妻の精神的な負担が徐々に軽くなっていきました。

僕が完全在宅になった後は、夜中のミルクやオムツ交換はもちろん、離乳食や散歩を担当したり、息子が病気になったときの小児科受診さえ、僕だけでできるようになりました。

夫婦一緒に子育てを行い、たまに外注、というスタイルになり、妻の心身の調子は少しずつ回復してきました。そしてついに、、かつて「可愛くない」と話していた息子のことを「可愛い!」と心から思い、笑顔で口にするようになってきました。ものすごく嬉しく、ホッとした瞬間でした。

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妻は、「ママという役割から離れる時間が欲しかった」と当時を振り返ります。

ありがたいことに、近所に信頼できるシッターさんや家事手伝いをしてくれる行政サービスのサポーターさんが比較的早い段階で見つかったんです。

私は「自分以外の誰かが育児と家事をしてくれる」状況が心から欲しかった。「ママ」や「妻」、「家事育児の全てをする役割」から離れられる時間が持てたことで、精神的な負担は大きく軽減しました。

産後のママは堂々と人に頼ろう。罪悪感は捨てていい


産後の不調から今までを振り返り、妻は自分が心身を崩した経験から「休んだり、誰かに頼ることに罪悪感を抱く必要はない」と言います。

僕もその通りだと思っています。産後すぐにバリバリ働ける人はいるでしょうが、体力には個人差があります。心身の回復に時間がかかる人だっています。なのに、「みんなやっていることだから」と無理をすれば、心と体が悲鳴をあげるのは目に見えています。

だからこそ産後は休むことを最優先し、赤ちゃんのお世話は授乳やオムツ交換など最低限にとどめる。ほかの家事や育児については家族や知人、場合によっては家事代行やベビーシッターを頼る。

周りから「ママと離れて子どもがかわいそう」などと言われても、聞き流してしまっていいと思うんです。人には人の事情があるわけですから。

産後の女性の心身は相当なダメージを負っていて、周りの助けが必要です。もし奥さんに元気がなく、「辛い」「休みたい」などの言葉を漏らした時は、夫は奥さんの気持ちに耳を傾け、どうしたらいいかを一緒に話し合うべきです。取り返しがつかなくなる前に。

夫婦はチーム。夫は妻と一緒に子育てに向き合う


僕は妻の産後うつを通じて、夫が妻と一緒にどれだけ子育てに向き合えるかが大切だと強く感じました。子どもは昼夜を問わず「ミルクが欲しい」「眠い」「オムツを交換して」と要求してきます。

産後に疲れた体で赤ちゃんを24時間体制で見守るのは、精神的にも肉体的にも大きなストレスです。この状況で夫が「みんなやっていること」「して当たり前だ」という態度を取れば、奥さんをさらに追い込んでしまいます。

当時の僕は明言こそしなかったものの、妻が夫よりも家事と育児を多く担うのは、普通のことだと思い、疑問にすら思っていなかたったんです。妻は僕のこうした態度にイライラしたと、後に話していました。

子育ての主役はお母さんと思われがちですが、それっておかしい。そもそもふたりの子どもなのだから、夫婦がチームになって育児をするのがスタンダートになってもいいはずなんです。

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授乳は無理でも、オムツ交換や寝かしつけなどは男性にもできます。事情は家庭で違うので、できることに限りがあるかもしれません。それでも、夫には、妻と同等に育児をする、という意識を持つのが大切だと思うんです。仕事が忙しくて家事や育児ができない場合は、家計のゆとりに応じてベビーシッターや家事代行サービス利用の提案をするのもひとつの手段です。

もちろん、家事と育児の分担は夫婦によって違うので、正解はありません。僕は在宅メインの働き方にすることで乗り切ってきましたが、これはひとつのやり方にすぎません。家庭の数だけ子育ての形があります。「いま感じていること」「今後どうなっていきたいか」を夫婦で話し合い、最適な形を見つけるのが大切だと思います。

(編集:あつたゆかさん

2020年1月18日追記

このツイートがたくさんの方の目に止まり、本記事にも多くのスキ!がつきました。お読みくださり、ありがとうございました。

いまでこそさらっと書けますが、当時は真っ暗なトンネルにいるような感覚で、不安な心に押しつぶされそうになっていました。仕事と家庭との間で揺れて、どうすればいいのかがわからなかったのです。

乗り越えたいまでは意味ある体験だと思えますが、どのご夫婦も経験する必要はないと思います。できればしない方がいい。そのために産前から夫婦が子どもを持った日々のことを話し合ったり、育児や家事をサポートしてくれる人を見つけておいたりするなど、対策を講じておくことが大切だと僕は思います。

あとは男性の生き方の多様化です。一般的に男性が求められるのが「仕事第一」の生き方で、それ以外の選択肢をとりにくいことも僕を苦しめました。家族は大切だと思う男性はたくさんいると思いますが、家庭のために働き方を変えるのにはリスクが伴います。減給や失業で生活できなくなったらどうしよう、会社で立場が悪くなったらどうしようなど不安はあります。

仕事優先の生き方以外にも家族優先の生き方も認められる。そんな社会も必要だと僕は考えます。

お読みくださりありがとうございました。

薗部雄一
charoma0701@gmail.com

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