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軍隊式の組織マネジメントと心の知能指数(EQ)やモチベーション理論

海外でのジョイントベンチャーでの経験を材料に、フィンランドのアアルト大学IDBM(デザインマネジメント修士)で学んだリーダーシップや組織デザインの理論を参照しつつ、まとめようと思います。

1. 背景

新卒で入社したプラントエンジニアリング会社は、様々な領域(化学、土木、機械など)の最先端のテクノロジーを結集して、定められた工期内に要求される品質を満たす、工場を建設する業界です。プロジェクトの成否を分けるのは、徹底的にコストとスケジュールを切り詰め、途上国の安い人材リソースをフルに活用しながら、品質を満たす「プロジェクトマネジメント」です。また、石油などの天然資源の多くは、途上国で採掘されるため、海外での業務が多い職種です。

私も例に漏れず、海外駐在を経験させてもらいました。2014年7月から2015年3月までフィリピンのバタンガス州に駐在、2015年10月から2016年の9月までオーストラリアの、人口の4分の1が先住民のアボリジニという都市ダーウィンに駐在していました。総額数千億から1兆円規模にもなるプロジェクトの1万人を優に超えるワーカー(労働者)を束ねるプロジェクトマネジメントが醍醐味です。私がここで経験したマネジメントの手法は、リスクを最小化し、人を労働のリソースとして捉え管理する「性悪説」に基づくプロジェクトマネジメント手法が主体でした。

一方、前職を退職し、2017年9月から2019年5月まで留学していたフィンランドのアアルト大学のIDBM(International Design Business Mangement:国際デザインビジネスマネジメント)では、人の個性や強みを最大限に引き出し、リスクを受容して0−1で新規事業を創出する「性善説」に基づくイノベーションマネジメントを学んできました。

本記事では海外ジョイントベンチャーで経験した主に人や組織に関する挫折を振り返りながら、IDBMで学んだデザインマネジメントの理論を参照し、人材マネジメントや組織のあり方などについて経験から学びに展開します

近年、生涯雇用時代の終焉、人材の流動性の高まり、労働生産人口の減少、ミレニアル世代と上世代との価値観ギャップ、さらに、コロナウイルス流行によるリモートワーク導入で加速する働き方の多様化など、組織やそのマネジメントがいかにあるべきかについて、大きなパラダイムシフトが起きていると感じます。

1. 軍隊式マネジメント(経験)

途上国の現場で働く、労働者たちは、1日1000円以下の低賃金(時給換算100円とか)で長時間働きます。仕事内容は、鉄と鉄をつなぎ合せる「溶接」を担当する人や、1日中クレーンでモノを移動させたりする人がいます。与えられた仕事に関して、自由意志が入り込む余地はほとんどありません。次の写真のような状況を想像していただくと分かりやすいかと思います。

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(Photo by Josue Isai Ramos Figueroa on Unsplash)

業界イメージが掴みにくいと思いますので、組織構造の一例を簡単に図示してみます。

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シェルやエクソンのような大手石油会社をトップとして、私が在籍していたプラントエンジニアリング会社(コントラクター)、その下に、ゼネコンと言われる工事のとりまとめを行う業者、さらにその下にサブコン(工事の一部を担当する業者)やベンダー(部品を製造して納める業者)が存在し、そこから雇われる形で、数万人規模の労働者(worker)が存在します。

完全なヒエラルキー型の組織のなかで、最下層に位置する労働者は、決められたことをできる限り正確に速くこなすことが求められます。

このように与えられる仕事を、自分の「タスク」としてこなしていく人達にできるだけ「生産的」に働いてもらうにはどうしたらいいのでしょうか?

1万人を超える海外の労働者に動いてもらう仕事を10年以上続けていた先輩は、人を動かすには、目の前にバナナをぶら下げるか、後ろからムチで打つの2つしかないと言っていました。

モチベーションの低い労働者は、バナナ(良い働きをしていたら50円くらいのチップ)を渡す、あるいは、ムチ(生産性が落ちてきたら怒鳴ったり、罰を与える)を打つことで、生産性が上がるというスタイルです。

2.「やらされ感」は幸福度もパフォーマンスをも下げるー自己決定理論を参考に(理論)

ポジティブ心理学の領域で、RyanとDeciが提唱する「Self-determination Theory=自己決定理論」というモチベーションと幸福度に関する研究では、人間が何かをする時に、「自分で決めた」という自己決定感が重要だと主張しています。

行動の動機付けを私が決めた!という「内発的動機」と、やらされている感のある「外発的動機」の2つに分けて考えており、内発的動機が高い人達の方がパフォーマンスが高く、また、幸福度、健康度が高いことが研究から分かっています。

自己決定理論について分かりやすい図を作成しているブログがありましたのでこちらを引用させていただきます(ブックフィールド)。

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新人研修で先輩が話をしていたような労働者たちは、自律性のレベルでいうと、赤枠で囲んだように、無気力=やりたいと思わない、外的=周囲に叱られるから、良くても、取り入れ的=やらなければならないから、という位置付けになると思います。

この研究から分かっていることは、自律性が高い方が、パフォーマンスが上がること、さらには、幸福度が上がること、健康状態もよくなることです。理論的には言えば、内発的動機を高めることがより高いパフォーマンスを引き出すことにつながるようです。反対にいうと、外発的動機で仕事に取り組んでいる人は、幸福度が相対的に低い傾向があり、パフォーマンスも発揮できていない状態にあることが多いそうです。

3. 外発的動機づけによるモチベーション

私も実際、このような軍隊式のマネジメントスタイルを採用する海外現場に赴任していました。新人の私は組織内での立ち位置は低く、個の自由意志は二の次で、いかにプロジェクトのために身を削って働くのか、働かせるのかが重視されました。

考えて提案することは必要なく、言われた仕事をとにかく行動して終わらせて行く(get the job done)ことが求められていて、私の意見、ましてや、感情は重要ではありません。

先ほどの自己決定理論の図で行くと、「内発的動機」に基づいて意欲的に、行動することが妨げられやすく、給料や強いマネジメントといった「外発的動機」によって、人を動かす体制だったと思います。

4.外発的動機による組織の課題

組織では、次のような問題を抱えてしまいました。

自分が面白いと思って取り組むわけではなく、義務感、やらされ感で動いている組織では、できるだけ、自分の仕事を減らそう、自分の責任を減らそうという行動原理が働きます。問題が発生するたびに、お互いがお互いの責任になすりつけ合いやすい状況でした。

お互いに対する信頼感が薄れ、組織の効力感(俺達はできる!という自信)を失い、パートナー企業間でのコミュニケーションがあまり取れず、問題が発生すると他社に責任をなすりつけ合うという場面もありました。

5.やらされ感は充実度を下げる

社会が腐敗するってどんなのか想像がつきにくいかと思います。数万人の雇用を生み出すプラント(工場)を建設するということは、1つの新しい街ができます。新しい飲食店ができたり、お昼ご飯を買う場所ができたり、ワーカー(労働者たち)が住む宿舎ができたり、我々が使うお金の額は、現地からすると、とんでもない額になります。

詳細は省きますが、必ずしも、良いことばかりではなく、働いている個人は非常にストレスフルな環境に立たされていたと思います。

先ほどの自己決定理論に戻ると、外発的動機の人は、内発的動機がある人と比べて、幸福度が低い傾向があると書きましたが、「やらされている」仕事を外的な報酬「給料」だけをモチベーションにやっている人達は、はたから見ても、日々の生活に満足していないように感じました。

6.組織を変革するリーダーシップ理論

Conger (1998)が提唱するCharismatic Leadership(カリスマのリーダーシップ)では変革するためには次の4つのステップが必要だと言われています。

1.DEMONSTRATE CREDIBILITY(信頼性を示せ)

2.FIND A COMMON GROUND(共通の土台を発見せよ)

3.PROVIDE EVIDENCE(証拠を示せ)

4.CONNECT EMOTIONALLY(感情を共有せよ)

まず、1.信頼性を示す必要があります。信用にたる人からでないと変化を受け付けることはありません。信頼性は2つの要素に分けられます。1つは専門性です。専門性が高い人、例えば、お医者さん、博士号を持っている人などが言うことについては信じやすいです。もう1つは、関係性です。仲が良い友人が言うことは信じやすいと思います。私が現場で頑張っていたのはこの関係性を築くことでした。特に、業務としてのドライな関係ではなく、よりパーソナルな個人的な結びつきを高めることが大切でした。専門性の部分については、バックに日本人の優秀なエンジニアがいたため、私の発言ではなく、「誰々という専門家」が言っていたと発言することによって、ここの専門性の部分を補うことができます。

次に、2.共通の土台を発見する必要があります。相手の立場に立つという表現もできると思います。変化を起こすときに最初から今までのやり方が間違っていたと示しても誰もついてきません。そうではなく、相手の立場に立って、本当の理解者になった上で、変化の方向を示すと言うステップが必要です。私の現場の例でいくと、日本の会社のきめ細かな現場管理の仕組みを欧米の会社に伝えることがミッションでしたが、欧米の会社のやり方に対してよく理解することが最初は必要でした。そこに対して、リスペクトを示すことで自分たちのことを分かってくれる奴らだと思ってもらう必要がありました。

次に、3.証拠を示すです。証拠というと、数字などの事実のみをイメージするかもしれませんが、研究では、Emotional Evidence(感情の証拠)を数字と同時に示すことが重要だと言われています。数字で変化すべき理由を示すだけでなく、その変化必要な「ストーリー」で感情を動かしてもらう、Memorable(記憶に残る)体験を提供する必要があります。例えば、私の例でいくと、日本式の現場の管理手法は非常に泥臭く、現場の数字を1つずつ1つずつ丁寧に管理していきます。私と同僚の1人は3ヶ月かけて毎日現場を汗水垂らしながら数字を作っていきました。ここで使用した図面は数千枚にもなりました。この数千枚の図面をテーブルに置いて、そこから得られたデータを示すことによって、数字と感情の証拠を示しています。

最後に、感情を共有することです。思いを共有している状態とも言えます。向かおうとする方向に対して共感して、一体感が出てくる。ただし、感情的になり過ぎるなとも言われています。それは不安定さや弱さと信頼感を削ぐ可能性があるからです。先ほどの現場の例でいくと、実は、3社ともプロジェクトを成功させたいという思いは同じで、そこに対する熱い想いはそれぞれが持っていた。それが徐々に共有できて、思いが1つにまとまっていくことが最終的に組織が変化することに繋がりました。

8.「感情」が人を動かすーEQリーダーシップ

フィンランドのIDBM(デザインマネジメント)留学中に学んことの1つにEQ Leadershipというものがあります。EQという言葉は最近よく聞かれるようになったと思います。IQ(知能指数)と同じくらい、あるいはそれ以上にEQ(心の知能指数)が重要だと分かってきています。

この分野の第1人者であるDaniel GoldmanのThe Power of Emotional Intelligeneceから引用します。

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この図にあるように、Emotional Intelligenceは、自分ー他者、意識ーマネジメントの2軸で整理すると、4象限に分けることができます。

左上がSOCIAL AWARENESS(社会的意識)で、他者への共感だったり、自分たちの組織がどういう状態になっているのか把握する意識だったりします。

右上がRELATIONSHIP MANAGEMENT(関係性マネジメント)と言われるもので、他者に対する影響力、チームワーク、コンフリクトマネジメント(紛争管理)、コーチングやメンタリングなどのスキルです。

左下がSELF-AWARENESS(自己認識)で、自分の感情の波に気づくこと、正しい自己評価、自己効力感(自信みたいな)です。

右下がSELF-MANAGEMENT(自己管理)で、感情のバランスをコントロールすること、目的にために自分をコントロールすること、適用能力、物事に対するポジティブな見方です。

これら4つのEQを身につけている人こそが人・組織を動かすリーダーシップを発揮することができると言われています。組織を変革するための理論で見たように、相手への理解力、共感力、思いを1つにしていくといったソフトなスキルが求められる、Change AgentやChange ManagementにはこのEQを育んでいく必要があります。

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最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。EQ(心の知能指数)やSELF-DETERMINATION THEORY(自己決定理論)などから人間性に寄り添った形でアプローチしたいと私も改めて感じております。少しでも参考になれば幸いです。

Photo at Prague,  Czech Republic



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