見出し画像

21.余白(2)没入感 - i

「18.余白(1)主役の明示 - i 」では、

・「余白」は無駄に余ってしまった白い部分ではないこと
・「余白」は誰が主役か、どこが最重要かを、直感的に伝える構図上の工夫であること
・「余白」は、主役のまとう「自陣地」「自領域」のようなエリアであること

などをお話いたしました。

今回は、
主役のまとう「余白」は、どのような雰囲気を出すことが出来るのか
について考えてみたいと思います。


1.見る

まずは作品を眺めます。

三点の絵が並んでいます。

目に見える部分での視覚的な共通点は、何でしょうか。

画像2

画像5

画像4

画像5


今回は、主役のまとう「余白」の効果に着目します。

目に見える部分での視覚的な共通点は、何でしょうか。
目に見えない、受け取る雰囲気という観点では、共通点は何でしょうか。

そんなことを考えてみたいと思います。


2.考える

(1)目に見える共通点

さて、目に見える視覚的な共通点は何でしょうか。



共通点は、
主役の(特に顔)周りに意図的に「余白」が作られているということです。

主役の(特に顔)周りが、意図的にすっきりシンプルになっていることに気付かれたことと思います。「余白」があります。

これが、目に見える共通点となります。


(2)主役の顔周りの「余白」

(A)は、17世紀の画家フェルメールの<牛乳を注ぐ女>です。

19, vv70, Johannes Vermeer,  De melkmeid, 牛乳を注ぐ女、1657-1658年頃、キャンヴァスに油彩、アムステルダム国立美術館


女中が、台所で牛乳を口の広い容器に移し替えている作業をしています。
牛乳の流れる様子をじっと見つめながら、手元の加減に注意を払っています。

下の図をご覧ください。
この(A)では、画面の左上と右下を結ぶ対角線の右側は、人物の上半身を除けば、背景を閉じる白壁のみが描かれています。

画像6

この白壁は、左側に描かれた窓からの陽光によって明るく照らされており、場所によって明度のニュアンスを美しく変えながら、画面上、かなり広い面積を占めています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(B)は同じ画家フェルメールの<レースを編む女>です。

画像12


おしゃれな髪形の女性が、手芸道具を手にして器用に複数の糸を操っています。手元に顔を寄せて集中して丁寧に作業を進めています。

下の図をご覧ください。

この(B)では、背景は灰色で閉じられています。
部屋の壁を表すような小道具(例:絵が掛けてある、窓がある、釘が打ってある)も、奥行を示すような線も見当たりませんので、ひょっとしたら単に色面として塗りつぶしたタイプの背景かもしれません。
しかしよく見れば、彼女の右側のグレーの部分は少し濃くなっています(下の図の左、黄色点線円の中)ので、もしこれを彼女の影がうっすらと映っていると考えるならば、グレーの色面全体は実体のある壁ということかもしれません。

画像7

いずれにせよ、この絵では、およそ上半分(上の図の左、黄色実線の上)が、主役を除けば、もっぱらグレーの色面のみで占められています。
これは、彼女の持つ「余白」と見なしうるエリアです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(C)は、オディロン・ルドンの<ヴィオレット・ハイマンの肖像>で、20世紀の作品です。

19, Odilon_Redon,  コピー 4m


この(C)では、女性のまわりが意図的にグレーで塗りつぶしてあります。彼女は、じっと何かを一人で考えているような様子に見えます。

下の図の左、黄色実線で囲まれたあたりが、彼女の持つ「余白」(自陣地、自領域)となります。

画像8


まるで彼女の思念がバリアを張っているかのようです。


3.「構図」の工夫を知る


(1)雰囲気の共通点

視覚的な共通点は確認できました。

それでは、受け取る雰囲気という観点から見た場合、
共通点は何でしょうか。

画像9




共通点は、一人の殻に静かに閉じ籠っている雰囲気を持つ、
ということです。


(2)集中・没頭・没入・黙考

それは、言い換えれば、
自分自身の作業や思念に、集中、没頭、没入している、ということです。

下の図をご覧ください。右と左を比較してみます。

どちらの絵の方が、
女性が、自分の作業に静かに専心しているように見えるでしょうか。

画像10




左よりも、右のほうが、集中している姿に見えると思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私たちは、何かの作業や思念にぐっと集中するとき、自分自身の殻の中に閉じ籠るような感覚になることを感覚的に皆知っています。

例えば、子どもが無我夢中でブロック遊びをしている時、その子は自分の世界の中にいます。呼びかけても聞こえないこともあります。その子は、精神的には、周囲からは隔絶された自分だけの異世界に浸っているはずです。
それと、同じような感覚を、視覚的に再現できるのが、この「余白」です。余白で囲まれていると、彼女が自分自身の作業に完全に没頭しているように、見えるのです。

これは、絵を見る側からも同じです。
周囲がごちゃごちゃしていると、観者の視点は、彼女に定まりにくくなます。観者は彼女を見る時、どうしても漫然とした気持ちで見てしまいますし、彼女の所作や作業に見入るということもしにくくなります。
左の女性は、台所の物品や食料、道具に囲まれ、ごちゃごちゃと雑然とした中に立っています。
観者も、鑑賞する中でなかなか彼女に集中しにくく、そのせいで「彼女が集中している」印象を持ちにくくなっているのです。


(3)まとめ

主人公が、大きめの「余白」を(特に顔周りに)まとう時

・何かの手作業に集中しているという雰囲気
・何かの作業に没頭している様子
・何かしらの思念に耽っている姿

などを、つまり「没入感」を、演出することができます。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ちなみに、(A)の<牛乳を注ぐ女>の背景加工に用いた絵は、以下の作品です。

画像14

画像15

この女中は何かの作業に没頭しているわけではありませんから、これはこれでまったくよろしい描写です。
この絵は、むしろ、台所にさまざまな食料が豊富にあることを誇示したり、そのさまざまな質感をリアルに表現したりすることを見せようとするものですから、このように雑然といろいろ置かれている台所こそが、かえって相応しいと言えるでしょう。


このように、画家は、さまざまに、
「余白」とその効果、その意味を、熟知したうえで、巧みに用いています。


最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。


画像1



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?