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いつまでも覚えている恥ずかしいクシャミのこと【ユーモアエッセイ】

我慢に我慢した挙句の果てに、腹の底から、ヘぇぇぇッッ!! という不発弾のようなクシャミが出ちゃった経験はおありだろうか?

クシャミが来る瞬間、あぁこれは気持ち良く発せられらないと悟ったときや、今じゃ無いだろうのタイミングで襲来し超絶に耐えるときに限って、ヘぇぇぇッッ!! と出てしまうクシャミのことである。

私は何度か体験済。気の抜けた絶叫にも似た残念で誰にも聞かれたくないクシャミを。

家族や昔からの友人の前ならヘぇぇぇッッ!! が出てしまっても精神的にもまだ耐えられるが、グレーエリアの他人に聞かれてしまうと絶望的に消えてしまいたい気持ちになる。
まるで笑った勢いでオナラが出てしまった心内と同じ……。壺があったら絶対に入っている。

聞かれるなら相手がまったくもっての赤の他人の方が絶対マシ。旅の恥は掻き捨てということもあるから水に流れるからだ。そのクシャミを耳にした相手もきっといつかは忘れているに違いないし、万が一どこかですれ違ったとて私のことなど分からない。

しかし「会社内」はそうもいかない。
私は会社の静かな事務所で、叫ぶように、ヘぇぇぇッッ!! をしてしまった。

ヘぇぇぇッッ!! なんてクシャミは地獄を見たのも同じ。羞恥と暗黒の念がひたすら私を取り巻く。その日一日は何度も何度も恥の反芻が続いた。

ある程度月日が経って忘れたころになぜか突如として思い出しては、辱めが頂点に達した瞬間「ぁあああ!!」と声を上げて一人で悶え苦しむときもある。
もう誰も覚えていないだろうに、恥ずかしさのあまり前頭葉辺りを掻きむしるのだ。そして我に返りこう思う。
「何で思い出してしまったのか……まだ覚えていたらどうしよう……」
それくらい消してしまいたい事件であった。

思考の反芻が基本的に多いのはHSPあるあるでもある。私はHSS型HSP。
HSPの反芻はハンパない。とある魔法のような治療の成果で今現在は和らいでいるが(むしろHSPを誇りに思う)、あのころはとにかく多かった。
しかしHSPの反芻は最高の能力でもあるから悲観することはないけれど、脳疲労が起き、時として厄介でもある。

そう、あれは……20代だった。会社でのこと。
そこそこ身なりも気を遣って、自分なりの色気を出してツンケンしていた会社員の時分。ザ・OLという制服をそれなりに着こなし、黒の安いビニールパンプス(ヒール7センチ)を履いていた若いあのころだ。

しんと静まりかえる狭い会社の事務所。
私は、デスクに向かってこれ見よがしにキーボードを鳴らしていた。襲来していたクシャミと葛藤しながら。

その日は、噂好きの偉ぶる上司が出張から戻っていた。
彼がいると猫背の従業員も自然と背筋が伸びる。
メリハリがあってそれはそれで良いことなのだけれど、ちょっとした馬鹿な話もできず羽が休まらない。息が詰まりそうな雰囲気の事務所で、ただ黙々と目の前の仕事に取り掛かっていた。

電話対応は基本的に私の役目だった。
無音の事務所で受話器を手にする行為は、HSP気質の私としては一気に緊張で口の中が乾く。
そして分かる……私が受話器に手を伸ばしたと同時に、事務所にいる全員がPCキーボードの上に指を置いたまま停止させ、私と受話器向こうの相手との話を聞き入ることを……。自分宛の電話なのかどうかを伺っているのだ。噂好きの偉ぶる上司の動きも止まる。

聞かなくてよいのに! 会社名を噛みそうになるじゃないか! と、私は思いながらいつも電話対応に常に追われていたが、パーフェクトな対応を見せつけていた部分もあった。伊達にそこそこ事務員をしていない。
(会社名カミカミで冷や汗かく時も多々あったけれど)

そんな状況下でのことだった。

電話対応にすら敏感になってしまう空間で、とある某日、強烈なクシャミに抗って敗北した私の喉から「ヘぇぇぇッッ!!」と不発クシャミが出てしまった。
悲鳴にも似たソレに、自分自身が一番驚いたし、髪の毛が逆立つ思いだった。耳から煙も出たに違いない。一瞬にして毛穴という毛穴から汗が吹き出したのを覚えている。

でちまった……。

がしかし、事務所は何事もなかったかのように静まり返っていた。

いや、私の奇妙な発声に本当に沈んでしまったのかもしれない。それまでカチャカチャと鳴っていたキーボードのタイピング音や、鼻をすする音や、椅子の背もたれが若干動く音や、全てが消えてしまったような感覚だった。

でちまったのはしょうがないが……まるで拷問のような時が流れた。

周囲は私に気を使ってなのか、偉ぶる上司が居るからなのか、本当にクシャミと思われたのか、そのことに触れてくれる人はいなかった。

誰か一人でも「ビックリした~!」と笑ってツッコミを入れてくれたらどんなに楽だったか、恥ずかしいったらない。

ヘぇぇぇッッ!!クシャミが出ると動揺して席を立ちたい気持ちになっていたが、どういうわけか、こういう時に限って席は立たず冷静を装ってしまう。

席を立って事務所を出てしまったら、私の奇声について皆がコソコソと笑い出して「何だったんだ今のは?」と言い合う光景が脳裏を駆け巡ってしまい、恥辱と苦しみながらも自席に居座っていたのだ。そして誰にも見られないように意味もなく『×××××』とメモ用紙に乱雑に書いてしまっている自分がいた。現実逃避。恥ずかしさの象徴の衝動的な行動である。

自分から「すみません。クシャミが不発でして~ハハハハ~!」なんて言えるキャラだったら場の雰囲気はどのように変わっただろうか。とっても賑やかになっただろう。

クシャミを我慢し過ぎてこんな結末が待っていたとは、想定外すぎた。

それ以来ヘぇぇぇッッ!!クシャミは何故か忘れた時に不意にやってくるようになった。私は数回誰かに披露してしまったのだ。
クシャミの負のループに完全にハマったかもしれないと思った。

私は家でもクシャミが上手く出なくて「は……は……はぁッ!!」で終わることが多々ある。
そのこともあって外ではクシャミを我慢する傾向にあったのかもしれない。

クシャミ1回で約4キロカロリーを消費できるらしい。
だからクシャミは我慢してはいけない。
自然に出るように訓練が必要だ。



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