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色なき風と月の雲 4



─痛っ

毎月恒例の鈍い痛みにやられている。いつも予定より遅れてきていた生理だが、今回は運悪く予定より早く来てしまった。

会社員なら容易に休めただろうが、イベントスタッフとなるとそうはいかない。一応痛み止めは飲んできたが、下腹部の鈍痛と不快感は消えない。

軽い日なら仕事をしていても問題はないが、今回はいつもより酷い。まだ夏になる前のこの季節は、冷える日もあり余計につらい。

─まだ明日もあるのにな

深いため息をつきながら、必死に業務をこなす。忙しいほうが痛みを忘れられるような気がする。

翌日、この日も痛み止めとカイロに助けられながらどうにか乗り切った。

たまに倒れそうになりながらも、人がいない場所で少しサボってから業務に戻った。

─もう少し休みやすければいいのにな

体調管理も仕事のうち、休みにくい業界に就いている自分が悪い。

それはそうなんだが重い体に鞭打ってまで働くべきなんだろうか。

休めばその分収入も減ってしまう。より生き辛さを実感する。なんでこんなに生きるだけでしんどいのかな。


気づけばもう、閉場していた。必死過ぎて何も覚えていないが、やっと終わった。明日は休みだ。

─やっと体を休められる…

人がまばらになった会場を出て、スマホに電源を入れるとタイミングよく電話が来た

『もしもし、終わった?』


「こんばんは麗さん。ちょうど今終わったところです」

そういえば今日も麗さんのグループのコンサートだったなーなんて思っていたら

『迎えに行くから駐車場にいて』

─は?有名アイドル様が私なんかをお迎えですか?そんなことあります?

『反省会も終わったし、今日車で来てるから。大丈夫、家まで送るだけだからさ』

これから電車で家に帰るのもしんどいなと思っていたので、お言葉に甘えさせてもらうことにした。

駐車場に向かうと、もうすでに麗さんがいた。可愛らしい小さめの車から手を振っている。

麗さんによく似合う。

高級外車に厳ついサングラスとかじゃなくて安心した。


タクシーみたいにドアを開けてくれたので、
助手席に乗り込む。

「お疲れさま、家ってどのへん?」

「麗さんもお疲れさまです。でも近くのコンビニまで大丈夫です」

遠慮がちに手が伸びてきて、そっとシートベルトを締めてくれた。

ほんのり爽やかな香りがする。これが麗さんの香りなんだ。煙草のにおいしないんだなぁと思っていると、麗さんと目が合った。

「どうしたの?」

くっきり二重の大きな瞳に吸い込まれそうになる

「あっ、いえ、ありがとうございます」

初めてこんなに近くで見たかも。


「ねぇ麗さん、なんで今日私を迎えに来てくださったんですか?」

「昨日見かけたとき、体調悪そうだったからさ、一応今日車で来てみたの。元気そうだったらそのまま帰ろうと思っていたんだけどね」

「そんなわざわざ、ありがとうございます。麗さんに気付かず、すみません」

「そんなの気にしないで。忙しいだろうし」




「ここで大丈夫です。ありがとうございました」

「本当に大丈夫?」


「大丈夫─」

お礼を言ってコンビニに寄ろうと思ったのに、地面がぐわんと揺れ麗さんの車に寄りかかってしまった。

「やっぱ家まで送るから、ね?」

断る元気も無かったので頷くと、麗さんが優しく車に乗せてくれた。


ガチャガチャと鍵を開け、自分の城へ転がり込む。

麗さんの肩を借りながらどうにかソファまで辿り着いた。

「本当に、ありがとうございました」

「とんでもない。僕が勝手にしたことだし。あ、それと何か欲しい物ある?近場で買えそうなものなら買ってくるよ」

「温かい飲み物…」

「了解」

優しく微笑んで頭を撫でてくれた

「下に自販機あると思うので」

麗さんは軽く手をあげ、バタンと外へ出ていった。

─神対応が過ぎないか?私なんかがこんなに良くされて良いのかな

うとうとと、意識を手放しそうになっていると麗さんが帰ってきた。

手にはホットチョコレート。

「貧血っぽいからチョコかなと思って」

生理にはチョコレートは駄目なんだよなーと思いつつ、そこが可愛くて少し頬が緩む。

「ありがとうございます」

缶をカイロ代わりにお腹に当てながら私は再び意識を手放した。


ふと目を覚ますと、日付が変わっていた。部屋は間接照明だけになり、ブランケットがかけられていた。

─シャワー浴びなきゃな、なんて考えながら体を起こすとテーブルの上にメモを見つけた

〈起こすのは申し訳ないので帰ります。鍵はポストに入れとくね 麗〉

ちょっぴり癖のある文字だった。

─この人、ほんとに何なの。優しすぎるでしょ

メモはこっそり保存しておきました

シャワー浴び、少しスッキリすると身体も少しラクになった。


冷静になって部屋を見渡すと、生活感のある散らかった部屋と唯一整理整頓された推しのグッズ置き場が目に入った。

─やば、汚い部屋見られちゃったな




〈昨日はありがとうございました。今度なにかお礼させてください〉

昼前にメッセージを送っておいた。

しばらくすると、OKポーズをしたクマのスタンプが送られてきた。

お礼、どうしようかな。





オリジナルのフィクション小説です。
題名を「初めて書いた物語」から「色なき風と月の雲」に変更しました。


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