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2016年の「シン・ゴジラ」、去年の「沈黙-サイレンス-」と役者として観ていた(更に今年は朝ドラにも出てましたね。)のであんまり久しぶりな感じがしてなかったんですが、監督作としては2015年の「野火」以来ということで。「野火」のメッセージ性を踏まえながらも、「野火」以前の塚本節も感じさせる小品といった感じの塚本晋也監督初の時代劇「斬、」の感想です。

えー、塚本映画の特徴として、"人が人じゃなくなることへの恐怖"というのが、それはもうデビュー作の「鉄男」の時から一貫してあると思うんですが、そのテーマを誰にでも分かる形で映画化したのが前作の「野火」だったと思うんですね。(例えば、「鉄男」の主人公の男は全く意味不明に身体が鉄に覆われて怪物になってしまうんですが、「野火」の主人公の田村も戦争という意味不明な極限状態の中で人としての理性を失っていくということで同じ境遇にあると思うんです。)で、今回の「斬、」もその恐怖を描いてはいるんですけど、今までの作品の主人公たちが否応なく、自分の意思とは裏腹に"人であることを剥奪"されていったのに対し、今回の主人公の杢之進(もくのしん)は(僕が知る限りでは)塚本映画で恐らく初めて、"人でなくなること"を自ら拒否した主人公ではないかと思うんです。で、それは舞台となる江戸時代の末期(幕末です。)という時代性が大きく関わっていると思っているんですが。改革へ向かう時代の変わり目ってことで、それまで普通だったことが普通じゃなくなるというか、価値観ががらっと変わっていく時代で、それはそのまま、様々な価値観が変わり、法律さえも変えられようとしている今の日本そのものだってことなんですよね。

えーと、杢之進はかなりの剣豪で、ある村の用心棒として雇われて暮らしているんです。ただ、戦国時代が終わり侍たちは用心棒か浪人になるしかなかった平和な時代の農村で、実際にその腕を使うことはなく暮らして来てるんですね。で、一方、京都では革命運動が起こっているということで、腕の立つ剣豪を探しに澤村という男が村にやって来るんです。そこで杢之進に目を付けて京都に連れて行きたいと申し出るんですが、同じ頃に(悪い人間に対してのみ悪事を働くという信念を持った)盗賊たちが村にやって来るんです。本来なら用心棒として盗賊を追い返すべき立場の杢之進なんですが、話し合いで場を収めようとするんです。で、杢之進が剣の稽古をつけている市助っていう若者がいるんですが、市助は(憧れているからこそ)戦わない杢之進に納得がいかないわけです。その憤懣やる方ない気持ちから盗賊たちとやり合いになってケガを負わされるんですが、それでも杢之進は剣を抜かない。見兼ねた澤村が市助の仇として盗賊たちにやり返す。当然、盗賊たちは報復として更なる暴力に訴える。そうやって暴力の連鎖が始まるって話で。つまり、平和における暴力の是非というか、もっと平たく言えば、監督御本人がインタビューでも話してる様に反戦の話なんです。で、それは「野火」と同じメッセージ性を持つ映画って事なんですが。「野火」ともっとも違うのって、最初に書いた様に、戦いを拒否することを本人が選べるのかどうかってところだと思うんです。

僕が「野火」を観て一番共感したというか、その映画としての視点にやられた部分は、「戦争に行った人たちは、みんなお国の為に戦って死んで行ったと教えられて来たけど、自分の死が間近に迫っていながら国のいう事聞いて素直に死ねるもんなのか?」ってところで。で、日本の戦争映画を観ててずっと疑問だったそこの部分を「野火」はかなりきっちり描いてくれていたんですね。つまり、「誰もお国の為になんか戦ってかなったし、死ぬくらいなら国の命令なんて無視するよな。」ということで、「ああ、この戦争との向き合い方は人間として分かる。」と邦画の戦争映画で初めて共感したんですね。で、そこを踏まえた上で更に映画は "戦場で戦わないことを選んだ者は人間でなくなる。" ってことを描いていて、そこの部分が圧倒的なリアリティになっていたんです。つまり、"戦っても死(肉体的な)、戦わなくても死(人間的な)" ってことです。

それで、今回の「斬、」もそのことを、なんなら「野火」の時よりもストレートに、というか削ぎ落とした形で描いているんですけど、なんか、観ててモヤモヤするんですよね。要するに「杢之進はなぜ人を斬れないのか。」ってとこなんですけど。杢之進てキャラクターは、斬らないという自由を持っていて、そうしたいと思っていながら、斬らないことに対して悩むんです。しかも、映画はそのことに対してなんの答えも出さないんですね。それは、そのことこそが今の日本のメタファーになってるからなんですけど。そうやって見ると、杢之進を革命に駆り立てたい澤村は平和の為に暴力を行使することに疑いを持っていない人だし、盗賊たちは自分たちの悪事は正義だって言うし、市助の姉のゆうは現状起こったことに対し直情的に反応して喚き散らすだけだしっていう。ああ、これは正しく日本だなって。映画が現状の日本のメタファーであればあるほど共感なんか出来ないし、観てて楽しいわけないんですよね。だから、とても美しくて、妖艶でもあり、狂気に満ちていて、これが塚本映画だと言われれば正しくそうなんですけど、個人的には「杢之進が人を斬らない(斬れない)」理由と意味を描いて欲しかったなと思いました。

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