ダンシングマザー_660330

『ファザーファッカー』と『ダンシング・マザー』

いつの頃からか #内田春菊 さんが好きだ。

1993年に出版された『ファザーファッカー』は、とても衝撃的な内容だった。これほど一気に読んだ本は、わたしの人生において、いまのところ『ファザーファッカー』の他にない。読んでいる途中で一度トイレに行ったくらいで、本当に引き込まれて読んだものだ。
そして2018年に、『ダンシング・マザー』が出版された。

この2冊の本は、姉妹本である。内田春菊さん自身、#NHK の #あさイチ に出演されたときに、「わたしの視点で書いた物語を、母の視点から書いてみた」と話していたから、間違っていないと思う。
どうして読まずにいられようか?

先日、書いた「信田さよ子さん講演に行ってきた」の講演では、#信田さよ子 先生は、「娘たちは自分の話はできない。母親の話ならいくらでも出てくるのに」、「加害者を研究することで加害者から解放される」、「生育歴はそのまま母親研究になり、加害者を研究することで被害者の当事者研究になる」という話もされた。親についての生育歴、時代背景、生まれ育った環境を知るにつけ、信田先生の言うところの「ドローンの視点」をもつことができ、#毒母 や #毒親 よりも高いところに行くことができるそうだ。

『ダンシング・マザー』を読んでいて、気がついた。そうだ、『ファザーファッカー』も『ダンシング・マザー』も、私小説という形式ではあるが、これはそのまま当事者研究ではないか。内田春菊さんが意識していたかどうかは分からない。分からないけれど、母親のことをよくよく知っていなければ、こんな小説は書けない。事実であるかどうかは重要ではない。なぜならば、これは小説にすぎないのだから。
それよりも、母親の生育歴から、時代背景から、生まれ育った地域のことまで、とてもよく研究されているではないか。なんて素晴らしい当事者研究だろうか。

昨今は、当事者による告発本が数多く出版されている。これらを読むことで、第三者的視点をもつこともできる。自分が認識していなかった「正しいと思わされていたけれど間違っていた価値観」に気づくこともできる。自ら蓋をしていた自分の感情に気づくこともできるだろう。意識していないと読み進めるのがツラい時期もあるかもしれない。それでも、#アダルトチルドレン 関連本を読むことは、自分を癒やすことに繋がるのだと思う。

それにしても、当事者研究にしては、ずいぶんと引き込まれる小説だ。『ファザーファッカー』を読んだ当初はまるで気づかなかったが、内田春菊さんの筆力は並々のものではない。実体験に基づいた物語かどうかとか、衝撃的な内容かどうかとは関係なく、内田春菊さんは素晴らしい作家さんなんだと改めて思い知った。『ファザーファッカー』も読み返そう。

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