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人生の棚卸し1「幼少期に刻まれた父親への憎悪」

みなさん、こんばんは!
やりたい事がやりたすぎて仕事中に熱が出てしまったアキラです。

昨日、とあるセミナーで、過去の嫌だった時の棚卸しというのをすると人生の糧になる。と聞き、早速やってみました。

僕は自分に向き合うという行為を、それなりにやってきた自負がありますが、それでも人生の棚卸しはキツかったです(´⌓` ;)

でも、やった方がいいと直感的に感じたので、本当に幼少期から遡ってみました。

今回はその棚卸しの中で、これはアウトプットしないとやばいな〜、と思ったものを書いていこうと思います。

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※ここからは僕の主観を強く出した内容になっています。偏った見方だと思いますが素直に当時感じていた感情ですのでご了承ください。特に後半は荒れています───────────────────────

それは保育園に通っていた年齢の時だった気がします。
当時からゲームが好きだった僕は、保育園から帰った時も休みの日も家でゲームばかりしていました。

そんなある休日、スポーツが好きな父に連れられ、地域の子供たちを集めてイベントをしている「子ども会」という集団に入れられました。

そこには僕の意思はありません。ただ父親の地域住民と仲良くするためのツールとして使われていたように感じていました。

僕は家でゲームをしたいだけなのに、何で仲良くもない知らない人達と何かをしなくては行けないのか、理解不能だったし、心の底から嫌でした。

でも、親に反抗する勇気もなかった僕は、いやいや通っていました。

子ども会では地域ボランティアや野球など子供たちの心身の成長の助けになるような取り組みをしているのですが、特に父がやらせていたのは「野球」でした。

スポーツの中でも野球が好きだった父は、息子と野球をするのが夢だったらしく、その夢を僕に押し付けていたのです。

僕は決して望んでいないのに


そんな嫌な日々が続いたある日、ゲームをしている僕を家の庭に連れ出し、無理やりキャッチボールをさせてきました。

いやだ、もうしたくない、戻ってゲームがしたい
そんなことを泣きながらキャッチボールをしている僕に父は

パーン!と頬を叩きました


その時に父に言われた言葉は、正直に覚えていません。
ただ感情に任せて、怒鳴りつけているのは覚えています。

この時に僕はこう思いました。

僕の好きは親に否定された


気がつけばこの時くらいから、自分のことを隠し、周りの目を気にしながら生き始めたと思います。
そしてこの事を未だに、恨み続けている自分がいることも気がつけました。

この1件だけではなく、父親は自分の理想を子供に押し付けていきます。

「あれをやりなさい」「こうしなさい」「アキラくんのために」「子供たち普通な幸せを願っている」

うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!


自分の理想、自分の幸せを押し付けるな!!
それこそ理想や幸せなんて、人それぞれ違うし、自分で見つけていくものだと、僕は思っている。

他人が用意した、全く違う理想なんていらない!

確かに子供を想う気持ちに偽りは無いと思う。だけど、親のエゴを子供に押し付けるな!!

そのせいでどれだけ苦しんでいると思う!

自分を殺し、生きるために周りを気にしなくてはいけなくなったのは誰のせいだと思う!!

本当に子供のことを想っているなら、子供のことをそのまま受け入れてみろよ!!

親の気持ち?そんなの子供には知るわけないだろ!!
それこそ大人なんだからそっちで解決しろ!!

子供の素直さを奪って幸せなんか謳ってんじゃねぇよ!!!

自分が出来なかったことを子供に押し付けるな!

説明もなしに説教するな!ただ腹立つ!!


ゼェゼェ・・・・
感情に任せて書きまくったせいで、少し疲れましたが、未だにここまでの怨みが残っているなんて、正直びっくりしています。

親に対する怨みというのは、僕自身かなり重要なものだと思います。
人生の棚卸しをしていく中で避けては通れないポイントなので、今後もこのブログに書いていくと思いますが、よろしくお願いいたします。

でも、ここで感情のままに吐き出したことによって結構スッキリは出来ました\(^o^)/

まぁ、それでも怨みは残っているので引き続き向き合っていこうと思います。

今日はここでおしまいです。
それではまた明日お会いしましょう( ´ ▽ ` )ノ

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