エッセイ「始まりの甘酸っぱい恋心、返してよ」#シロクマ文芸部
爽やかな男の隣に立つ、あなたを見かけた、見つけた。
それが片思いのはじまりはじまり。
雄弁で頭脳の回転の速い、スマートな顔立ちなんだけどどこか庶民的な、おそらく誰も嫌わないであろう男の隣。
ああ、この男、私と同じ大学を卒業したのか。あの学舎のエレベーター、混むんだよなぁ。あーわかるわかる、こういうタイプの男の学生ばっかだった。いいやつなんだけど優しさを隠すようなざっくばらんな。
でも嫉妬しない。
男の隣にいるあなたに嫉妬しない。
男の隣に立つあなたはむしろ奥ゆかしくて可愛いから好き。
で、なにも気の利いたことも言えず、下を向いているあなた。あーあ可愛すぎる、もっと落ち込め。
あなたの服装は今と違って少し地味だった。ような気がする。いや派手か?うーん思い出せない。
あなたはかわいくて若々しかった、けれども決して幼くはなかった、大人でしかない女そのものだった、その時のあなたは。
ジェンダーレスとかダイバーシティとかいって弱者を踏みつける言葉を、あなたと一緒に蹴り返してやりたい。
あーあ、なんでそんな貌のいいfascinationな唇してるのかなぁ。
まさかこんな貌のいい唇を持つ人間がこの世にいるとは。
女でしかない、女くささを隠しきれてない人。
あーあ、好きすぎる。
なんでこんなに好きなんだろ?
あきらめちまえばいいのに、私。
この世の半分くらいの人間の性別は女なんだから、とっとといい人見つけりゃいいのに、私ってば。
飛び込んできた、横長の写真。
私と同じプレッシャーゆとりの女とオープンカフェ。
どうせ美人席に案内されたんでしょ?
その写真は、ヘアカタログに乗ってそうな髪型した店員が撮ってくれたんでしょ。
あなたたちの奥に、スマホを操作する女の客。インスタ映えですか?自慢するためにマウンティングするために食べてるんだろうな。
代官山、中目黒、恵比寿。このあたりは虫唾が走るほど大嫌い。あっ、下北沢もめっちゃ嫌いなんだよね。
嫌い、嫌い、大嫌い、あなたなんて大嫌い、こんなオープンカフェでバカみたいなケーキ食べてるあなたなんて、死んじゃえばいいのに。
なに変な形で脂肪も砂糖もたっぷり入った太る要素しかなさそうなケーキ食べてるんだよ?
こんなの太るだけだよ?
形は美しいけど、おいしそうだけど、あなたを太らせるだけだよ、このケーキは。
こんなケーキ食べたら自己肯定感、軽く下がるよ?もしかしてあなたは自分の体脂肪測ったことないの?
つーかさ、なんなのこの女?
あなたはこんな女といて楽しいわけ?
この女、もしかして、あなたをアクセサリーとしか思ってないんじゃないの?
あなたも少しは考えた方がいいよ、食事の相手を。いや、きっとあなたは喜んでる。そりゃ親が有名人だもんね、私の親族も知ってるくらい有名人。
むかつくむかつく、始まりの甘酸っぱい恋心、返してよ。
確かにさぁ、アタシより可愛げがあって愛らしくて老けの形跡も見られないけどさぁ、父親も有名人で育ちもよさそうだし、何より声が美しく、私みたいなおばさん臭さのかけらもないけどはぁ?
むかついた。むかつきすぎて、地下鉄に乗って赤坂見附で降りて、友達を呼び出してみようにも、みんな仕事してるから一緒にいられない。
20代のころから赤坂見附のおなじみのあの洋菓子店で、チーズケーキをぱくつく。このチーズケーキの小ささの親切さが好きすぎる。
オープンカフェの変なクリームだらけのケーキより、こんなの食べなよ。そっちの方が大人になれる。
あなたが優しくなく、まっすぐでもなく、癒してくれるわけでもないこと、私知ってるのに。
なんなのあの女、いらつく、いらつく。大嫌い。親が有名人ってとこも気に入らない。コネ入社なんだよ、どうせ。バカなお坊ちゃまお嬢様大学出てるし。そういえばあの大学の学生も、嫌な奴しかいない。MARCHと一緒にすんなってくらい性格悪いやつばっかだよ。
あー始まりは、液晶越し。
嫉妬の始まりは、ツーショット写真。
この片思いの終わらせ方の始まりは…………
終わらせ方の始まり、誰か教えてよ、偉い人、いや偉くない、そこらへんの誰か。
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