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感 搖 句。

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感じる。揺れる。ことば。
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第11話『弱き者よ、汝の名は女なり』

 母が結婚する。

 でも、僕は驚かない。だって4度目だから。

 父と母が離婚したのは、僕が3歳で妹の桜が1歳。理由は父が働かなくて困った、ということだったらしいが、母と姑である祖母が劇的に、いや、激的に合わなかったことも原因の一つらしい。母は直接そんなことは言わないが、母の妹の久恵おばさんがポロっと漏らしていたことを聞いたことがある。

 とにかく厳しい

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第10話『甘い汁を吸う』

 10年ぶりに帰郷する。

 大学から県外で暮らしていて、成人式も戻らなかった。今回は祖母の法事があって、どうしても出席してほしいという母の希望があって、休みをやりくりした。

 法事の前日から2泊3日の滞在。法事が終わった夜は、仲の良かった幼馴染みたち数名と会う約束をしている。

 地元の駅に着いて、キャリーバッグを転がしながら、路線バスのバス停に向かう。30分に1本

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第9話『輪を掛ける』

 ばあちゃんが亡くなったのは、昨年の初夏で、過ごしやすいときだった。梅雨でもなく、暑すぎず、ほどよい風の吹く季節だった。

 じいちゃんはとっくに亡くなっていて、約30年後くらいに、ばあちゃんが後を追う形で、鬼籍に入った。

 晩年は足腰を痛めていたものの、大きい病気もしておらず、通院することもなく、元気にデイサービスや地元の老人クラブ(本人は老人クラブじゃないと言い張って

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第8話『石が流れて木の葉が沈む』

 妹からのLINE。

 もちろん未読無視だ。見る必要がない。ブロックするのを忘れていた。

 そのそばから電話。これも、妹。

 出たくない。出たくない。出たくない。

 無視を決め込んだ私に、母から電話。こういう手を使うのは予測の範囲内。

  はい?

 「もしもしお姉ちゃん、お母さんだけど。」

  はい。で? 何ですか?

 「何ですかって、もう、何で

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第7話 『雨の降る日は天気が悪い』

 仕事を辞めた。

 寿退社でもヘッドハンティングでもなく、ただ、辞めた。辞めたくて辞めた。

 意地になって、やめるもんかって思って、今の仕事を続ける気持ちはなかった。そこまで仕事に縛られる必要はないと思うし、私の代わりはいくらでもいる。

 しばらくは失業保険をもらいながら生活することにして...と考えている。

 自宅暮らしだから、家賃や光熱水費は困らな

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第6話『空しきけぶり』

 あれから、30年だ。

 まさか自分が中年になっているなんて...思ってはいたけれど、こんなに早いものだったなんて、信じられない。信じられなくても、時は過ぎる。

 まだ、私は一人でいる。結婚はしていない。何回かしようか...と考えたことはあるが、踏み切れないままの私に諦めをつけ、相手が去っていった。誰のせいでもない。

 最近では友だちの結婚披露宴の招待はなく、職場の

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第5話『道草を食う』

 小さい頃から早起きが苦手で、学生時代は遅刻魔だった私は、未だに朝に弱く、会社へもギリギリだ。

 大音量の目覚まし時計。それも3個。これらを毎朝、必死に止める。1個目の枕元の物は軽い目覚めを。一瞬の目覚めの後、再び眠る。3分後くらいに2個目が激しい音で、クローゼットでけたたましく騒ぐ。そして3個目はキッチンで私を呼ぶ。早く起きろと私を呼ぶ。

 3個目が鳴ると、ようやく私

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第4話『仰いで天にはじず』

 「見かけない顔よね。」「あなた知ってる?」「何組かしら。」

 暑くなりそうだったから、オーガンジー素材で大きめのスカーフを首に巻き付け、娘の夏波を幼稚園の送ってきた私の背中に向かって聞こえる声たち。

 夏波の担当になる先生と軽く挨拶を済ませ、園庭を通って門に向かう。門の外では、三組ほどのママたちが話し込んでいる。私が通ると、ピタッと合わせたように話を止め、こちら

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第3話『落花、枝に返らず』

 私の住んでいた町の外れに、小さい古い家がある。だいぶ傾きかけたその家には、今は誰も住んでいない。猫の額ほど、と言うにぴったりの庭は雑草が生い茂っている。もうすぐ、この家は壊され、更地にされる予定だと聞いている。人口の多い隣の市より、家賃が安く済むからと転入する人が増えたことで、ラッシュアワーの混雑を解消するため、道路が拡張されることになったのだ。この家は道路になる。

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第2話『爪に爪なく瓜に爪あり』

 なぜにそう...。

 なにがどう...。

 いつもこう...。

 小さい頃は、楽しかった。手を伸ばせば遊び相手がすぐそこにいる。楽しく遊びもするけれど、ケンカも良くしたと思う。あまり小さい頃のことは覚えていないけど。

 幼稚園では、慣れるまで、みんなが不思議な顔をしていたっけ。

 小学校ではクラスが別だったけど、よく間違えられたし。

 中学校さえ我慢

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第1話『耳にタコができる』 

 私、29歳。独身。非正規雇用。女性。

 周りでは、結婚ラッシュ。30歳目前、駆け込み婚とでも言うのだろうか。

 30歳になる前に結婚したい、という友だちやその友だちは実際に多くて、結婚式の招待が昨年末からやたらある。多いときは月3回もあった。めでたいことだから良いと思うが、バイト生活でカツカツの自分にとっては、お祝いのために、食費を削ったり、貯めたお金を下ろし

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