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5分小説 『よい心地』

 賑やかな披露宴会場から抜け出し、パウダールームの鏡に映る自分とにらめっこして、崩れてしまったアイメイクを指先で拭う。

我ながらひどい有り様だ。

「それってうれし泣き? もらい泣き?」

急に背後から声をかけられ、驚いた私は振り返る。給仕係の制服を身に付けた男性がパウダールームの入口に立っていた。


「勝手についてきてごめん。一人抜けてここに駆け込んでったから、体調でも悪くなったんかなって心配になってさ」

給仕係とは思えないほどフランクな話し方に戸惑いを覚えながら

「たいしたことで泣いてたわけじゃないんで……」

顔を見られたくなくて俯く。

「そ? なんかお祝いの席には似つかわしくない顔してるけど」

いつから見られてたんだろう? と思うと、急激に恥ずかしくなって頬が熱くなるのを感じる。

「もしかして新婦に元カレ取られたとか?」
「そ、そんなんじゃ」

あまりにも突飛な発言に顔を上げて否定すると

「ふっは、冗談に決まってるっしょ」

口調とは裏腹に優しい目が向けられていて、この人なりに場を和ませてくれているのだと今更ながら気づく。

 この人にはわかってもらえるだろうか?
 自分でもわからないこの気持ちを。

「ただ人の幸せに酔っちゃったっていうか」

ぽつりと一言漏らすと、言葉が止めどなく溢れ出す。

「友達が幸せになって本当に良かったなって思うくらい、すごくうれしいんです。そこに嘘はないけど……ほんの少しだけ悲しくなる自分もいて」

喜ばしい出来事に含まれた、ほんの小さな針が胸をチクチクと刺す。それは友達が家庭を持つことで、これまでと違う関係性になる気がしてしまう寂しさだけじゃなく

「私はこんな風に幸せになれるのかなって考えると急に不安になっちゃって」

自分の将来へのネガティブな思いがむくむくと膨れ上がる。

同時に、切なさなのか、焦りなのか、もどかしさなのか自分でも理由がわからない、でも友達のためじゃない自分勝手な涙がこみ上げてきて抑えきれなくなった。

こんなにもおめでたい日なのに

「幸せの形は人それぞれだってわかってるんですけど」

素直に祝えない自分に嫌気が差す。今日の主役はあくまでも友達なのに。

脇役のくせして自分本位な考えに翻弄されていることに苛立ちすら覚える。

「私は私のままでいいんだよ、って誰かに認めてもらいたいんですかね……」

それはもう独り言だった。たまたま声をかけてくれた初対面の人に吐露してスッキリしようなんて独りよがりにもほどがある。

だから私は誰にも見つけてもらえないんだ。
いや、誰のことも見つけようとしないんだ。

「優しいんだな」

そんな言葉をかけられるなんて思わず、ぽかんとする。

「……え?」
「その涙が相手を思う涙じゃないから、ここに逃げ込んだんだろ?」

そう、なのかな……?

「こんなこと上司に聞かれたら、怒られるかもしんねぇけど、結婚式なんて自分の幸せを見せつけるためのようなもんだし、友達だからってみんながみんな素直に祝えるとは限らないし、ここで自分の相手を見つけようと虎視眈々と狙ってるやつも山ほどいるのに」

これまで見てきた列席者を思い浮かべたかのように、苦笑いをしながら滔々と語る。


「ま、それが悪いってわけじゃないけどさ、少なくとも化粧直したら友達のことを祝うつもりではあったんだろ? そうやって気持ちを切り替えるための涙なら許してあげたっていいじゃん」

そう言うと、男性は

「とりあえず体調不良じゃないなら、良かったよ。邪魔しちゃったけど、ゆっくり化粧と気持ち整えて」

と告げて踵を返そうとして、何かを思い出したように口を開く。

「言い忘れてたけど、俺はいいと思うよ? そのままの君で」

と、いたずらっぽく笑った。


「やっと戻って来た! もうすぐお色直しして出てくるよ」
「ごめんごめん」

同じ席の友人に謝る私が席に着くと、スッと給仕係が現れる。

「空いたグラスお下げしますね」

その声に顔を上げると

「次のお飲み物は何になさいますか?」

さっき会ったことなんて、まるでなかったかのように振る舞う給仕係。


「プリンセスメアリーを……いや、やっぱりバイオレットフィズで」

そう伝えると彼は一瞬目を見開くも、すぐに知的な笑みを浮かべ

「かしこまりました」

慇懃いんぎんに応えた。



 昔、途中まで書いて放置している作品が見つかったため、それをもとに仕上げました。(アイメイク繋がりなのは、たまたまよ🪄)


 これを書いてた当初よりも結婚した友達も増えましたが「私には永遠に経験することのない幸せの形だろうな」というのは今の病気になる前からなんとなく感じています。

 この感覚は、↓こちらの作品によく表れているかな、と。(架空の世界だけでもせめてハッピーに書けたら……と、いつも願いを込めながら書いてはいるのですが……本当はカメレオンじゃなくてピエロ🤡の設定で、主人公の名前にも実は意味があります。)

(でも今は今の私で幸せなのも事実です🍀✨
自分より人の幸せを優先しちゃうだけで!)


 話が逸れましたが、今回の主人公にも「そういう心の変化があったんじゃないかな?」という意味をカクテル言葉に込めてみました。

 もし今の私の気持ちをカクテル言葉で表すとしたら……「ジン・フィズ」ですかね🤭


 ご興味のある方はぜひ調べてみて下さい🙋
(花言葉並みにたくさんあるカクテル言葉にきっと驚かれるかと👀!)

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