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シニア層の人事制度を考える

1月31日の日経新聞で「シニア層 戦力化の課題 人事制度を現役並みに」というタイトルの記事が掲載されました。

かつてはシニア人材の雇用は、企業にとっても本人にとっても、定年退職後の補助的な位置づけでした。処遇が大幅に下がるのも一般的でした。今では、労働力人口の低下と社会保障制度維持のため、シニア人材の積極的な活用が求められています。しかしながら、人事評価や賃金などの制度があるべき姿と実情に見合っていないことを取り上げた内容です。

同記事の一部を抜粋してみます。

労働政策研究・研修機構の「60代の雇用・生活調査」(19年実施)によると、60~64歳男性のうち「会社、団体などに雇われて」が最多で70.7%を占めた。雇用形態は非正規雇用が58.1%で、正社員(37.1%)の1.6倍である。

賃金と仕事内容はどうか。パーソル総合研究所が21年に行ったシニア従業員への調査によれば、定年後再雇用の人々(男性405人、女性186人)の年収は定年前と比べ、平均して44.3%低下していた。ところが半数が「定年前とほぼ同様の職務」(55.5%)で、「定年前と同様の職務だが業務範囲・責任が縮小」(27.9%)と合わせて8割強がほぼ同じ職務に就いていた。

再雇用の多くが1年単位の契約更新制の非正規社員だが、仕事が変わらないのに正社員と差をつけるのは、本来は「同一労働・同一賃金」の原則に抵触する。処遇に合わせて仕事の質や責任の程度を下げる企業もあるが、本末転倒な面は否めない。

筆者の長期継続インタビューを中心とする研究では、社会の中枢に位置する男性は、多くが「出世競争に勝たなければならない」「高収入を得て、社会的評価を得るべきだ」といった旧来の「男らしさ」のジェンダー(社会的・文化的性差)規範にとらわれている。その結果、年収や待遇の低下は、モチベーション低下に直結する。

定年前に部長など上位の役職を経験した人ほど不満を募らせ、働く意欲を喪失する傾向が強いことが、筆者の調査からも明らかになっている。具体的には、「元部下にあごで使われるのが我慢ならない」「定年までの実績を否定されたようでやる気が湧かない」といった声が聞かれた。

シニア層の意欲低下には、こうした人生やアイデンティティーに不安や葛藤を抱く「中年の危機(ミッドライフ・クライシス)」が長引き、定年を境に、抑うつ症状などの心理的危機の新たな波が押し寄せるケースが増えていることが背景にある。実際、「仕事にやりがいがない」「自らの働きが会社に認められていない」などの声があった。

この主因として挙げられるのが、定年後のシニア社員に対する人事制度である。定年に達すると、機械的に以前適用されていた職務や役割、能力によってランク分けする等級制度からは対象外となり、人事評価も行われないケースがほとんどだ。成果報酬、多面評価などを取り入れているような企業であっても、定年後は突如、通常の人事制度から排除される。

多くが定年前後でほぼ同じ業務に就いているにもかかわらず、期待される役割や責任が明確に示されず、報酬も激減する。どのように貢献すればよいのかわからないまま、期待役割を担い、会社の役に立っているという実感を抱きにくくさせていると考えられる。

こうした課題の解決には、一つは中高年男性のジェンダー意識の改革が有効だ。ポジションや評価に固執するのは、「男らしさ」に縛られている面もある。難しいが、定年後を「男らしさ」規範の呪縛から抜け出す好機と捉えるのだ。

雇用主側の対策として求めたいのが、シニア社員のやる気を引き出す人事制度改革だ。定年後再雇用で働くシニア社員を対象とした等級制度を設け、等級に応じた人事評価を行い、待遇を決定する。査定によって給与のアップもダウンもある仕組みだ。

等級ごとの職務や役割、能力と人事評価の評価基準は、先進企業では定年前と同一とするところも出てきている。しかしまずは、シニア社員固有のものを確立することが肝要だ。例えば、専門知識・技術や取引先・人脈の伝承を加え、後進の指導・育成や業務の効率化とともに比重を大きくするなどの工夫も必要だろう。実際にこうした制度を導入して、社員の意欲向上につなげている企業もある。

同記事も参考にすると、「定年後は職務ベースを評価の基準とし、同一労働・同一賃金で処遇すべき」ということが大きな課題テーマであろうことが、改めてうかがえます。(同一労働・同一賃金であるべきなのは、どの世代でも同様ですが)

日々いろいろな企業と関わる中で、経営層や人事部門から聞かれる悩みとして、優秀な人材を定年後にどう処遇するかということがあります。

シニア人材に定年後も張り切って活躍していただきたい、しかしながら、人事制度に沿って処遇すると一律で賃金等の基準が下がってしまうため本人の意欲とパフォーマンスを下げてしまうというものです。55歳などで一律の役職定年制を採用している企業も多く、役職者についてはその傾向が強くなります。

だからといって、一律に定年制度の廃止や、年齢に関係なくシニアになっても同じ待遇を続けることにも難しさがあります。中には「ぶら下がり人材」がいるために、パフォーマンスに見合わない人件費増も招くためです。

若手人材の場合は、人材成長した後での将来での会社に対する成果還元期待や、途中で離職されて組織として十分な還元を受けられなかったとしても、人材を輩出し社会貢献するという中長期的観点がもてます。パフォーマンス見合いより成長・勤続見合いで処遇できる面もありますが、シニア層にはその観点は当てはまりません。

よって、一定の年齢で線引きして待遇を分けることによって、人材マネジメントを有効に機能させている面もあります。働く個人の側も、終身雇用や年功序列の考え方が薄れたとはいえ、年金制度も含めた生計などを年齢ベースで想定して設計しています。定年制度の廃止は、すぐには難しいと言えます。

実践的な対応としては、定年後の職務を何種類か定義しておき、その職務見合いの対価を設定しておくことです。加えて成果ベースの評価で場合によっては賃金が上乗せとなるような仕組みを作っておくことも有効です。働く個人の側は、定年後の職務としてどれを選びたいのか、定年が近づいてから慌てて考えるのではなく、前もって考えておく必要があります。

そして、毎年是々非々で処遇し、シニア層であっても高パフォーマーには年齢に関係なく相応の賃金を払うことが、公平感を維持するために大切です。

シニア層になっても、置かれた環境や本人の人材力によっては役職を続けることに意義がありますが、後進の育成というのを役職の職務のひとつとして明確にしておくことが必須だと考えます。また、役職が惰性で続いたり既得権益となったりしないよう、任命や降職のルールも明確にしておくべきです(シニア層以外でも同様ですが)。

また、会社の直接雇用以外の道もつくることが有意義です。以前の投稿「従業員の個人事業主化を考える」では、社員に対して独立支援を行っている企業の事例を取り上げました。こうした制度は、定年後のことも見据えたシニア層が、長期間社会的な活躍を続けられる下地作りの働き方の選択肢となり得て有効だと思います。

働く個人の側にとっては、処遇が下がるとはいえ、一定の年齢まで何らかの仕事と賃金が保障される制度は、安定的なキャリア・生計の観点からありがたいものです。そのうえで、シニア層になって以降何を自分の付加価値として貢献できるのか、またそれは会社に直接雇用されるという形態以外にも方法がないかを、能動的に考えてキャリア開発を行っていくことが、今後さらに必要だと思います。

また、人によっては難しい面を伴いますが、同記事に指摘のある「旧来の「男らしさ」のジェンダー規範」から脱することも大切だと感じます。

<まとめ>
(シニア後に限らないが)シニア後は一層、各人がどんな付加価値で貢献するのかを明確にする。

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