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小説

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大学生の時に書いた小説をリメイクしてます
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記事一覧

初恋(小説)

初恋(小説)

 みのりがわたっちょを好きだって言ったとき、あたしはそんなに驚かなかった。だってこれまでもみのりの会話のふしぶしには、わたっちょの話題が出ていたのだもの。それに遠目で観察していても、彼女が向ける視線は特別なものに見えたから、「ああ、好きなんだなあ」って、ずっと思っていた。
 正直なところ、わたっちょのどこがいいんだか、あたしにはさっぱりわからない。たしかに背は高いかもしれないけど、でも、でも、それ

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水蜜桃(小説)

水蜜桃(小説)

 文吾さんが女を抱いているのを、あたしは知っている。こうして麦茶が温くなっていく間にも、せっせと抱いているのを、あたしは知っている。文吾さんはどういう風に女を抱くのだろう? ご飯の時も、お風呂の時も、買い物の時も一緒にいるのに、それだけは分からなかった。あたしは一度も文吾さんに抱かれたことがなかったのだ。ここに来て、もう一年も経つというのに。

 この家にいると、何だかひとつの置物になったように感

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愛日(小説)

愛日(小説)

先生の体はわたしがつくる。そう意気込んで始めた料理だったけど、七日目にしてもう、がたが来ている。なんだってこんなに手間がかかるのだろう? せっかちなわたしはいらいらしながらクックパッドを覗き込む。油の取りきれていないぬめぬめとした指で触ったせいで、端末の画面が汚れてしまう。ああ、と声を漏らす。ああ、もう! どれもこれも、先生のせいだ。先生が、メロンパンばかり食べているから。コンビニのメロンパン

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沈める(小説)

沈める(小説)

 ごうごうと音が鳴る。生あたたかい世界に抱かれたわたしは冬眠する動物のように安堵する。時間がゆっくりと流れる。旋回し、留まり、浮き沈みを始める。ずっとここにいられたらいいのに。ここにいて、誰も、わたしのこと、好きにも嫌いにもならないでくれたなら、いいのに。
 水面に顔を出すと、世界の秒針が一気に進み出したような気がした。現実に戻される引力が不快だった。二十二歳。大人。浴槽に潜る、だなんて、どうかし

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先輩(小説)

先輩(小説)

恋は宗教。先輩は教祖。二人でいいから教会を作ろうよ。数Bなんか全く手につかない。数学担当の福ちゃんには悪いけど、私にはZ軸を学ぶ暇などない。福ちゃんは最近結婚した。よその高校で英語を教えている先生らしい。写真を見せてもらったら、とても綺麗な人だった。福ちゃん、福ちゃんもその人を崇拝しているよね。その人の言うこと全てがイエスさまの言葉みたいに感じられているんだよね。福ちゃんは困った顔をした。困

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流れる (小説)

流れる (小説)

 思いがけない者からの思いがけない誘いに、あんずは胸を弾ませた。大学進学を機に上京していたみちが、地元へ帰ってくるのだった。あんずは下着姿のまま、畳に腰を下ろしている。久しぶりの化粧だ。エステティシャンの姉から譲り受けたファンデーションは、十二月の刺すような冷気のせいで、出しにくくなっていた。ポンプを外し、硝子の容器を上下に振る。たいへんな量が出て、化粧品特有のむっとした香りが立ち上る。出しすぎた

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推し(小説)

推し(小説)

細野くんが今日もかわいい。線の細いからだ、尖った白い顎、さらさらと風になびく髪……。細野くんが今日もかわいい。
 細野くんは同じ学科の男の子である。大学一年生のときから推していて、四年生になった今でも推している。細野くんとは、話なんて合わない。いつも彼の好きなゲームやアニメの話をただ聞いているだけだ。でも細野くんは顔がいい。細野くんはとてもかわいい。だからあたしは細野くんの話を聞いている。
 あ

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ダイエット(小説)

ダイエット(小説)

 インスタグラムで「コンビニダイエット」と検索すると、カロリーの低い商品が表示される。保存したポストを開きながら、サラダチキン、ヨーグルト、0キロカロリーの青汁を選び、レジに持っていく。昨日は講義終わりにパンケーキを食べてしまった。あけみがクリームたっぷりのベリーパンケーキを頼んだので、私もそれを頼むしかなかったのだ。人と食べる時には、制限しちゃいけないというのが私のルール。カロリーばかり気にして

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犬(小説)

犬(小説)

 犬になってしばらく経つ。
 久しぶりにスマホを見てみたら、Aから一件、LINEが入っていた。本当に私のことを心配していたのは、Aだけだったんだなあ。仰向けになりながら、そんなことを思った。一年前からここにいるジョンが、見下ろしてくる。人間離れできていない、なんて言いたげな目だ。最近ジョンは少し痩せた。痩せたお陰で、それまで容貌に現れていた詐欺師みたいな胡散臭さが軽減されたと思う。
「ベス、俺、大

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梅雨(小説)

梅雨(小説)

 うどんにワサビって、つけんの?
 浅田の言葉を無視して、あたしはチューブをぎゅっと絞った。ぼとんと落ちた塊を、お箸でわしゃわしゃかき混ぜる。濁っためんつゆに、出来損ないの残骸が浮いてきて、ぐるぐる回った。ずるずるっと、一気にすする。つめたい。心地いい。ワサビとうどんって、どうしてこんなに合うんだろう。返事をしないあたしに、浅田は肩をすくめ、自分のつゆにえび天を浸す。
 あたしはテレビのニュースを

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