訳者あとがき
―――幸福になる義務について―――
公共施設といいながら、超満員の通勤電車ほど人間性がふみにじられる現象は少ない。さいわいに熟睡できてリフレッシュされた肉体的精神的エネルギーの大半は、この不快とそこから否応なしに発してくるネガティヴな思考と情動とによって食いつぶされてしまう。このとき訳者は眼をつぶって、吊皮にぶらさがりながらでもいい、ナ・ダームと唱えつつ瞑想し、深呼吸することをおすすめしたい。吸うときにナーといい、吐くときにダームという。このリズムと吸と呼とのなだらかな調和を図るととろみが、心を落ちつかせてくれる。これが本書によって訳者が教えられた、いますぐ実行できる、そして大変効きめのあるかんたんな心身健康法である。
だが本書は、もっと根本的な、人間の幸福ということを究明し、アドヴァイスしようとしている。
人間はみんな幸福になる素質があり、権利がある。しかし著者たちは権利とはいわず、義務だと主張している。幸福とは正しい(right)ことである。
人間はみんな幸福になるのが正しい自然の姿なのである。それへ向かって努力することが、われわれ自身に対する、また造物主に対する、われわれの義務であり責任である。しかるにまた、それができないのが人間の常であり、むしろわれわれの考え方、行動パターンは、多くの場合、救い難いまでに歪んでいる。これが人間の不幸の根元的原因であり、これを矯正するためには、われわれがその本来の姿である霊性を再発見し、自己および世界の認識を革新しなければならない、と著者らは叫ぶ。
かくて本書は、病める現代人へのきわめて実際的な建設的アドヴァイスであるとともに、人類未来の無限の展望へむかっての貴重な一指針であろうと志向しているのである。
著者の一人、ローリエン・チェーズ女史はビヴァリヒルズ精神医療研究所、脳性麻痺児童ファウンデーション、カマリヨのカリフォルニア州立病院などのスタフを歴任し、また精神療法補助手段として、記憶、精神賦活剤などの脳波との関係の研究に没頭した経験もある。現在はクリフトン・キングと組んでチェーズ=キング・センターを主宰している。共著者クリフトン・W・キングは、カリフォルニア州アーカディアのサンタアニタ教会の神父で、精神療法としての夢分析と瞑想法のオーソリティである。
昭和五十年十月十二日 川口正吉