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「退職と気持ち」がやてっく~誕生前夜~#52

僕は、C社のフリーペーパーを超えるサービス。越谷市・広告・営業をすべて再現できるサービスを作ると決めた。この時はまだ、それがどれくらい大変なことかを理解しているわけではなかったし、自分の思いを乗せたサービスを作ると考えると、様々な可能性を想像して楽しくなった。

どんなコンテンツを発信するべきかを考えるよりも、どちらかといえば、ビジネスモデルや可能性などに思いを馳せていた。当時の僕は、解像度が粗かったように思うけれど、それこそ希望を持っていた。

やることはとにかく沢山あった。会社を辞めるための手続きや、サイトが立ちゆくようになるまでの食いつなぎ方を考えなくてはいけなかった。列挙したら、本当に沢山の事があったけれど、それはそれで楽しかった。

僕はC社の仕事が好きだった。辞めると決めたとき、初めて仕事のありがたみに気づいた。もっと出来ることはあったかもしれないし、やり方をブラッシュアップすれば、さらに良い方向へ話が進むことになるかもしれない仕事もいくつかあった。そんな事を考えてみると、後悔することもいくつかあったけど、全て過去だと置いていくことにした。

今振り返ってみると、何かを決めているようで何も決まっていなかったように思う。本当に見切り発車で、行き当たりばったりなことが沢山だ。

会社にいた方が安泰なのは間違いない。頭ではそう理解している。でも僕は、これ以上C社で働く気にはなれなかった。

荒井さんはいつのまにか降格していた。期末の査定で評価が著しく悪かったという理由で、係長から主任に降格となった。これには様々な説が流れたようだったけど、僕は単純に「はめられたのだ」と思った。

地域PICKSから、荒井さんは目立ちすぎた。組織には、そうした目立つ優秀な社員を、煙たいと思う人もいる。荒井さんはきれいに根回ししたけれど、実態が見えてきてしまえば、自分の地位が脅かされるかもしれないと感じれば、権力を持っている人間が勝つのだ。

僕がこの話を荒井さんから聞いた時、やっぱりここで働くのは危険なんだと感じた。荒井さんは一番目立った。じゃあ僕はどうだったのか?僕も目立ったはずだ。

僕に実害はないかもしれない。でも、この先C社で新しい事をやるのは難しい。次に何かを起こしてみて、それが意に沿わないようなものだった場合、標的は僕になるだろう。降格が嫌なわけではなくて、これ以上、新しい試みを提案出来ない環境で、同じ仕事を延々と続けるだけの人生は、僕にとっては耐え難いものだったのだ。

僕は僕のお客様の中で、信頼できる人にのみ、会社を辞めようと思っているということを伝えた。その中で、僕の事を雇ってくれると言ってくれた会社あった。僕はそこに行くことにした。越谷の会社なら、これからやろうと思っていることも進めやすいと思ったからだ。

会社には退職願を出した。

最初のうちは引き留められたが、今回は本気だと意志が伝わったようだった。最後には、素直に僕の話を受け入れてくれ、淡々と退職に向けての話が進んでいった。

僕はC社では問題児だと思っていた。抱えるのが大変な社員だったのではないかと思う。それでも、最後は引き留めてくれて、意志を見て素直に受け入れてくれたことには、本当に感謝している。

2021年7月。もろもろの手続きが終わり、会社を無事に退職することが出来た。

僕は新しい会社に務めながら、越谷雑談がやてっくの設立に向けて動き出した。

会社での最後の挨拶は、実は泣くかもしれないと思ったが、全然涙が出なかった。結局僕は、越谷市で仕事をする。僕にとっては、今までと何も変わらないわけで、そこを丁寧に考えていくと、涙を流す理由がなくなってしまったのかもしれない。

僕は希望に燃えていた。これからこの越谷市で、新しい事を始めることになる。C社では実現できなかった、越谷市を盛り上げるという活動に自分の力で挑んでいくことになる。

それはとてもワクワクすることで、心臓の鼓動は高まった。

こうして、がやてっくが出来るまでに起こった会社での物語は終わった。

僕は今も、越谷雑談がやてっくを運営している。

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