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クレバー(ショートショート)

「独立しようと思っているんです」

「そうなんだ」

半年ぶりに会った後輩から、唐突にこんな事を言われた。

彼はとてもクレバーで、与えられた物事はたいてい上手にこなすことができるが、自分で何かを生みだすことは得意ではなかった。本来、独立して己の力で勝負するなんて考えもしないタイプだ。だから僕は、少しだけ驚いた。

「向いてねぇよ」

「ですよねー」

年に数回は顔を合わす後輩で、遠慮するような仲でもなかったから、僕は素直にそう言った。

彼は会社の中で仕事を生み出すことにかけてはすごい能力を発揮する。3年程度、同じ職場・同じ事務所で働いていて、最初の方は一緒にチームを組んでいたから、彼のポテンシャル・特性についてはある程度分かっているつもりだ。営業で自ら売上を作るよりも、売上を作る仕組みを考える仕事をさせた方がいい。その方が向いていると思う。

一見、独立に向いていそうな感じがするかもしれない。でも、独立となるとちょっと違うと思う。今ある仕組みに便乗できない独立という仕事方法は、どうしたって「土台」が必要になる。土台をコツコツ作る作業は地味だ。華やかな彼には向いていない。そう思ったのだ。

「どうしてそんな風に思ったんだ?年末の忘年会の時には、そんな話は一言も出ていなかった。この半年で心境の変化でもあったのか?」

「よく言っていたじゃないですか。仕事の規模が大きくならないとダメだって。最近、僕の仕事の規模が大きくなっていない気がするんですよね」

「ですよねー」と言ったということは、本人も自分には経営が向いていないと理解しているということだ。それなのに独立を志す姿勢に、僕はシンプルな疑問を持った。

「仕事の規模を大きくするのが目的なら、独立以外の選択肢もあるだろう?」

「これも1つの選択肢じゃないですか?横に広く、手を伸ばしてみたいんですよ」

これも僕がよく使っていた言葉だ。やってみたいならやってみればいい。失敗したって死にはしない。そんな言葉と共に、2年目だった僕は1年目の彼によく言っていた。

まったく。過去の言葉を引用して、僕から言葉を引き出そうなんて。彼は本当にクレバーだ。

「君は、自分の事をよく理解しているタイプだ。独立が向いていないってことは、自分で一番分かっているはずだ。それでもやりたいということは、うまくいく・持続できる保証があるんだろう?」

「完全に思いつきなので、具体的な策は何もありません(笑)だから先輩を呼んだんです。昔もこうやって、無鉄砲な相談をしたでしょう?(笑)分からなければすぐに聞けってのも、先輩から教えてもらった言葉です」

確かに、そういう方法も教えた。うまくいく・持続できる保証が必要だという考えも僕が彼に教えたものだ。彼が引き出そうとしている話の流れに乗るのが癪だと思った僕は、あえてその言葉を使わなかった。でも、彼の方が1枚上手だったようだ。

さっぱり分からない。なぜ今独立という選択をしようとしているのだろうか?仕事の規模を大きくする方法なら、転職でもいいはずだ。

「お酒が入っているから、調子に乗って言いますね。先輩は、僕の事を育てすぎました。転職して、新しい仕事をして、そこでもそれなりに成果を出して。でも、僕の周りには僕の考えを理解してくれる人はいません。理解が及ばなければチャンスも来ない。チャンスが巡ってこなければ、仕事も大きくならんでしょう?」

「光栄だな。僕は君にこうも教えたはずだ。一発逆転を狙いたいのならば、水面下で着々と準備をする必要があると。毎日密かに行うローキックは、周囲の人間に一発逆転を錯覚させると」

少しキザなセリフだが、アルコールの力と喧騒的な環境のおかげで自信を持って言えた。ここまで来たら、出来るだけ思ったことを伝えなければ。

ここまで僕の教えた事を忠実に守り、しっかりと成果を出している彼が、周囲の人間に理解されない程度で根を上げるなんて考えられない。彼はこの場で僕が放った言葉をメモしていた。これも僕が教えた行動の1つだ。

「引き際を見定める重要性を教えてくれたのも先輩でしょう?」

「確かに引き際も大切だ。でも根本が違う。なんで、独立なんだ?はっきり言って、向いていない事はしない方がいい」

「それも先輩の教えでしたね」

彼のため。そんなきれいなものじゃない。僕としては、相談したいと言ってくれた後輩に対して、率直な意見を述べているに過ぎない。彼の人生だ。最後に決めるのは彼だ。僕の言葉が、彼の考えの一助になればいい。そのくらいの気持ちだからこそ、好き勝手言えるのだ。

「少し見方を変えよう。なぜ転職じゃダメなんだ?」

「こればっかりは、刺激が欲しくなったとしか言いようがありません。別の方向性を模索してみたい。人生、やりたい事をやらなければもったいないでしょ?これだって、先輩の方針に則っているつもりですよ」

ここまで規則性が明確だと、僕の教えが足かせになっているような気さえしてくる。僕が彼に教えたかったのは社会人として、組織人として生きていく術だ。彼の生き方の羅針盤ではない。これ以上、僕の教えが彼を縛っていていいのだろうか?

「そのマインドじゃ、独立しても失敗するぞ」

「ビジネスモデルもなしに、個人運営なんて厳しいと?」

この際、彼が独立という選択にたどり着いた経緯については捨てる事にする。しかし、このままじゃ絶対に失敗する。

現在、2年ほど経営をやっている僕にはわかる。彼の今後の方針・選択には一番大切なものが足りていない。独立の上で大切なこと。それは僕ではなく、彼自身なんだ。仕事柄、それぞれに独立した人を見てきたし、自分も思い思いに独立してきたから分かっているつもりだ。

「答えをそのまま教えるのは、僕の主義に反する。そこにあるメモを読み返して、自分で考えるんだな。それが見つかれば、独立したってある程度の事はうまくいくよ」

「・・・・覚悟とか本気度でしょうかね?」

少しの間をおいて、彼はそう答えた。

「その通り。さすがだね。経営にとって戦略とか鮮やかさは上塗りだよ。泥臭い事も沢山あるし、考えなければいけない事もある。不安に苛まれることもある。それを乗り越える方法は、覚悟とか本気とか信念だ。結局は根性とブレない志が大事だと思う」

「ありがとうございます。これで‘‘独立‘‘出来そうです(笑)」

食い気味に彼はそう言った。その顔は晴れやかで、少しだけニヒルだった。

どういうことだ?

「はい?今の話の中で、覚悟を持てたようには見えないけど」

「一緒に仕事をしてた頃、先輩言ってましたよね?売れるものがないなら作れって。僕は今、売り物を1つ先輩からもらいました」

彼は意気揚々と答えた。飛躍しすぎていて、全然話が見えてこない。

「僕がいつ、君に売り物を渡した?」

「今の話、レジュメにさせてもらいます。先輩から教えてもらったこと、社内でも評判がいいから、多分うまくいく気がします!これでちょっとしたお小遣い稼ぎが出来そうです!ありがとうございます」

「いや、さっぱり分からん。何の話をしてるんだ?」

「先輩。僕は一度も経営なんて言っていません。ただ、独立するって言ったんです」

これを聞いて僕はハッとした。なんだ。ただ利用されただけか(笑)

生粋の組織人。生粋の後輩。そういう事だ。

これが僕たちの在り方で、暇つぶしだ。刺激に満ちていていいだろう?(笑)

やっぱり彼はクレバーだった。

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