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『ROMA』絞り出すような、ある女性の声、ドキュメント

すごくいい映画だった。細密なのに、スケールが大きい俯瞰のモザイク画のような美しい映像。モノクロの静けさ、美しさが、物語の情感を際立たせる映画だった。

一定に保たれる対象との距離感、抑制された演技、ある使用人の女性の視点を主軸に据えた地味なプロット・・で進行するはずが、物語の縦糸横糸ともに思いがけずドラマチックな展開を見せ、クライマックスに向けての情感の豊かさには鳥肌がたった。

撮影手法やこの映画の背景、アルフォンソ・キュアロンのもろもろについては、町山先生が詳しく解説されているので下記を参照。

わたしが個人的に涙したのは、ラストの海岸のシークエンスで、クオレというその使用人の女性が、ある思いを告白するシーン。絞り出すようなその声に、ちょっと震えた。

※以下ネタバレ※


彼女はこう言うのだ、

「生みたくなかったんです」

観客は意外に思う。彼女は、赤ん坊を亡くした悲しみに打ちひしがれていた、というそれだけではなく、彼女はあの男の子供をおなかに宿しながら「生み育てる」ことを恐れていたのだ、その葛藤をずっと抱えていたのだ、ということが、最後に明かされるから。

まるで家族の愛に包まれてようやく、口にできたとでも言うような、抑制された演技があまりにもリアルな場面だ。

彼女の場合は、妊娠を知って逃げるような父親だから・・という理由は多分にあるし、そこから容易に想起される、性的暴行を受けて妊娠してしまった女性たちの例をわたしが語るのはあまりにも恐れ多い。

もっと卑近に、自分の人生だけに接続して考えると、自分自身が子を産み育てることを手放しに喜べる日は来るのだろうか、という半ば劣等感のようなものを、呼び起こされた感じだった。普段、淡々と口にする「別に子供は欲しくない」は本当か。逆にわたしのような人間にも「子供が産みたい」と思う日は来るのか。

日ごろ、脳の隅の方でもやもやと考えていることでもあったから、最後まで「生みたくなかった」と言えなかった彼女の葛藤に、いのちを宿すことの重みを思って、思わず唸るのだった。

そして、波に洗い流されながら、その告白で彼女の、そして家族の痛みが洗い流されていくようなカタルシスの美しさよ。

いやー、いい作品だ。NETFLIX映画、快進撃続く。ほんとすごいな。

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