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シン・五感散歩のススメ 銀座花伝MAGAZINE Vol.44


銀座中央通りを歩いていると、「舗道が広いな」と感じます。この時人は無意識に「人間を大事にしている」という印象を持つのだそうです。そういう意味で、銀座の歩行者天国は車道までも舗道になり「街が人のためだけにある世界」を私たちに提供してくれます。
その歩行者天国も緊急事態宣言で長く遠のいた時期がありました。3年のコロナ禍の混沌生活で気づいたのは、資源があるかどうかということはそれほど重要ではなくて、今ある資源をどれほど丁寧に磨き活かしきれているか、実はそのことが問われているのだということ。広々とした空間やゆったりとした時間は「見たいものがきちんと見えてくる」状態を私たちに与えてくれます。

銀座は「街が人間化」するように創られています。五感を使って銀座散歩をしながらその謎を解いていく、シン・五感散歩のススメをお届けします。

銀座は、日本人が古来から持ち続ける「美意識」が土地の記憶として息づく街。このページでは、銀座の街角に棲息する「美のかけら」を発見していきます。



1. 銀座 見えないものを見る 「五感散歩」


外出がためらわれる状況の中で、TVやカタログ、インターネットなどで商品を買う機会が増えています。通信販売が活況を呈する中、届いた商品が思い描いたものと違うという理由で「返品」もまた急増しているといいます。このような中にあって、とりわけ高級品が売れ、なおかつ返品率が低い媒体はなんだと思いますか?
それは、なんとラジオ。実際に商品を手に取れないばかりか、目で見ることもできないのに、なぜなのでしょうか。

その話を聞いて、五感の不思議について考えさせられます。
目(視覚)は、健常者においては日常生活の中で実に多くの情報を収集していて、私たちはこれに頼りきっています。常に当たり前に「見える」ので、「過信」や「うっかり」、「見たつもり」「見えたつもり」、私などは結局「見ているようで見ていない」ということが頻発している気がします。
これに比べて耳だけの情報はどうでしょう。視覚情報が全くないラジオで買い物することを想像してみてください。そうなると人は、肝を決めて、繰り出される言葉の一つひとつに集中し、注意深く吟味しようとします。この商品を売っている人について信じられるのか、怪しい点がないのか、おそらくこの時人は「全身で聞く」状態になっているのではないでしょうか。つまり「五感で聞く」スイッチがONになるということです。
視覚を遮断され、聴覚だけが頼りのラジオ。いわば肉眼で「ただ見る」ことと、心眼で「よく見る」ことは全く違うことを示唆してくれます。もしかすると、「見えないものを見る」=事の本質を見抜くための最強ツールであるかもしれません。



▪️「五感」をフルに高揚させて


お散歩マイスターとして銀座をご案内すると、必ずと言っていいほど問われることがあります。

「街を歩いているだけなのに、気持ちが高揚する、この感動はなんですか?」

そんな時に私はいつもこんな風にお答えしています。
「それは、五感をフルに逆立てた、体感受信器が発動しているから」

加えて、こんなお話をします。
「銀座には過去がありません。老舗でさえも商売の鼓動が時を動かしていて、毎日が変化の連続。今この時の躍動感があなたの心を震撼させる、そんなメカニズムが働くのではないでしょうか」

つまり、銀座を歩くと通常より10倍ぐらいに五感センサー力が高まって、体全体で刺激を受ける状態をつくることができるようです。この体験から、実は人は散歩によって五感の感度を上げることができるのではないか、特別な刺激をさらに受けることでその感度はさらに高まるのではないか、私はそんな仮説を立てています。


▪️五感のはじまり


ところで、ここで五感について少しだけDeepに探ってみたいと思います。
外界を感知するために私たちには多種類の感覚機能が備わっています。皆さん良くご存知の5種類があって、すなわち視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚という分類は、もともとは古代ギリシャの哲学者アリストテレスによってなされました。
アリストテレスの提唱した「五感」は、古代ギリシャ哲学的に言うと「自然を把握する能力」を意味していたようです。視覚を使って光を感知することで自身を取り巻く環境情報を、嗅覚と味覚は化学物質を、触覚は温度や圧力を、聴覚は空気の振動を感知することで周囲の情報を得ている、という分類はとても示唆に飛んでいます。因みに五感は多くの生物が共通に持っているものですが、ヒトは視覚に頼ることが多く、イヌでは嗅覚で世界をみている、鳥だと視覚・聴覚が発達しているなどそれぞれの能力感度は、進化・適応してきた環境、条件によって大きく異なっていることが知られています。
因みに現在では人の感覚は細分化され、20種類余りあると云われています。



▪️目(視覚)で銀座を眺めると


ご存知のように、一般にヒトである私たちの五感の中でもっとも情報量多く刺激を受けるのは視覚です。例えば今、あなたが銀座の街、銀座4丁目和光前あたりに降り立ったと想像してみてください。
まず目の前の大きなウインドウを眺めながら、あちらこちらに数多くの小さなウインドウが広がっていることに気づかされます。店先に近づくとガラスの中を彩る特徴のある高級商品のヴィジュアルにまず目が止まります。そして、店から少し離れて店構えを眺めると、歴史的な建築物の輪郭の多様さや、デザイン豊富な看板、のれん、フラッグなどの工夫に目が釘付けになります。そこに、色覚が加わり演出されたビビットさや上品さを目の当たりにすることとなります。
このようにちょっと見ただけでも、他の街ではなかなか体験できない、数量的にも多様さから言っても圧倒的な量の視覚情報があなたの目に飛び込みます。


ここで、お散歩アテンド風に目に見える銀座建築物のお話に触れておきましょう。

街の第一印象となる建築物といえば、銀座4丁目の和光時計塔ビル。そして晴海通りを挟んで横手に三愛ビル(建て替え中)、振り向くと銀座プレイスという建築物の連なりが見えます。

文化の交差点「和光」
銀座のランドマーク・和光は、1881年(明治14年)創業者・服部金太郎による服部時計店(セイコー)が建てたネオ・ルネッサンス建築。アイアン・グリルの窓枠がアール・デコの歴史を語っています。(写真上/内部)老舗時計店らしい時計塔は商いのシンボルになっているばかりでなく、西洋文化と日本文化の交差点である「銀座」の象徴の役割を担って「ようこそ銀座へ」のメッセージを発信しているようです。(写真下/ウインドウ)


2020年4月 和光ウインドウ


西洋と日本が合流する

 和光から少し左に目を移動して、斜向かいにある三愛ビルを眺めます、といつもならお話しするところですが、実はこのビルは町から消えてしまいました。2023年の春をもって取り壊しになってしまったからです。
ぜひ、記憶に留めていただきたいので、想像しながら少しお付き合いください。

このビル、奈良の法隆寺五重塔をイメージして作られていたことをご存知でだったでしょうか?
精密機器やカメラなどを製造するリコーの創業者・市村清が戦後まもない1946年(昭和21年)に建設、「和光の西洋式建築にはない、日本の美意識を取り入れた建物を」と五重塔をヒントに総ガラス張りの円筒形ビルを考案。商売人としての既存のものに甘んじることのない進取の気概を感じます。
建設当時はビルのトップに広告塔機能をつけ、日産、東レ、三菱電機、コカコーラ等々、その時代を代表する企業のブランド宣伝が華々しく展開されました。斬新な銀座商いの象徴として、もう一つの銀座のランドマークとなっていたのです。


1946年建設当時の三愛ビル


日本の伝統工芸と銀座ビル 

                      
和光を正面にして、振り返ると見えるマットな網目の白亜の建物が、銀座プレイスビル(写真下)一階には日産ギャラリーが最先端のスポーツカーを披露して行き交う人々に車文化の艶(あで)やかさをアピールしています。ここはもともとは、銀座カフェ文化の代表と言われる「カフェー・ライオン」(明治44年開業)発祥の場所で、2016年(平成28年)にサッポロホールディングスや呉服老舗のつづれ屋によって建て変えられました。現在は日産、ソニーなどが入居しており、特徴的なのは、デザインが日本の伝統工芸(透かし彫り)の技法をイメージしたものであることです。


因みに同年には数寄屋橋交差点に建つ東急プラザビルも再建され、その外観は伝統工芸の「江戸切子」がモチーフになっています。(写真上)翌年2017年にはコンセプト商業施設としてGINZA SIXが開業しますが、こちらのデザインは「日本家屋の庇(ひさし)」がモチーフの建築物となっています。(写真下)

また、GINZA SIX正面前に2019年に移転した宗家 源吉兆庵の銀座本店ビル(写真下)は、和紙のアートワーク(堀木エリ子作)による吉祥文様がモチーフになっており、紙漉技術の柔らかさと吉祥「輪違い柄」のエネルギーの連鎖を感じさせるデザインになっています。
このように銀座の建築物を見ると、この時期を契機に一気に日本文化を取りいれたCreative Japanの潮流が街に流れ始めていることに気づかされます。


▪️食べる(味覚)の記憶

次に、五感のうちの味覚について探検してみましょう。銀座には400年余りの歴史がありますが、食の都として本領を発揮しはじめたのは、明治期以降です。江戸開幕とともに始まった銀貨鋳造の職人を中心として、武士、町人、両替商人、呉服の大店、江戸歌舞伎の役者たち、幕府の式楽・能役者たちが中心だった街に、新橋ー横浜間の鉄道開通を契機に、西洋文明が一気に流れ込みました。
それに伴い、銀座煉瓦亭(1895年/ 明治28年創業)に代表される洋食、資生堂パーラー(1902年/明治35年)に代表されるソーダ・ファウンテン、アイスクリームなどの西洋甘味が、新しい時代の味として人気を博し、いわゆる西洋料理が銀座の食の基盤を作ることになります。
時は移り、和食ブームとともに、2016年には和食提供の店が洋食レストランを上回りました。とりわけそれに引き続くスイーツ、ベーカリー、カフェの増加には目を見張るものがあります。
いうまでもなく銀座は国内外の有名店が集まるグルメの街ですから、グレードの高さを所望する古くからのお客様がお目当ての味を求めて銀座を訪れます。ある調査によれば、私たちがその街に再訪するか、しないかを決めるのはそのエリア内での食事経験が大きく関わっているということです。
「食」はその土地の歴史や生活文化を伝えるものですが、そこで味わう味覚は嗅覚と深く関係していて、食事をした時の料理の良い香りや店に漂う匂いが記憶として刻まれているといいます。ふとした折にフラッシュバックすることで「また行きたい」という気持ちになる、・・・なるほどと思います。



▪️香り(嗅覚)と脳の記憶


ふとした瞬間に匂いを感じた時、あたかも今起こっていることであるように、過去の情景が鮮明に蘇る経験はありませんか?
なぜ匂いによって、過去の記憶が呼び覚まされるのか。不思議に思われる方も多いと思います。老舗洋食店の店主から「そういえばお客様が思い出話をされる時に、うちのレストランで昔食べたメニューの香りが忘れられないとその経験を話される方が多い」というお話を伺ったことがあります。

ところで、五感には格付けなるものがあるのでしょうか。「五感の序列」には定説はないというのが一般的ですが、敢えて格付けするとすれば、視覚を最上位とする説が有力で、視覚と聴覚は高級感覚、嗅覚は味覚や触覚と共に低級感覚など言われます。それは視覚は最も知性と結びつきが強いから、嗅覚・味覚は感情、本能と結びつくからだそうで、本能と結びつくものは「実用本位」なので、一般的に低くみなされる傾向にあると言う考え方も実に面白いですね。さらに、嗅覚は味覚に比べると他者との感覚の共有が困難なため、社会性が乏しいことを理由に格付け最下位に位置づけられたりもするそうです。

さて、先ほどの【本能】に関連して思い起こすことがあります。
脳には感情、本能を司る「大脳辺縁系」と、理性的な思考を司どる「大脳新皮質」の2つがありますが、五感の中で嗅覚と味覚だけが脳の「大脳辺縁系」に直接情報が伝達されることが分かっています。
「大脳辺縁系」には記憶に関連する「海馬」と言う器官があって、匂い(嗅覚)が記憶に基づくリアルな感情を伴った追体験を想起させる理由はそこに関係しているらしいのです。
そういえば、100年前のフランスの作家・マルセル・プルースト作「失われた時を求めて」の中で、主人公がマドレーヌの香りに触れ幼少期を思い出した、と言うシーンが出てきます。「プルースト効果」として一部では有名なお話ですが、記憶と匂いとの密接な関係はこの当時既に発見されていたことが分ります。


・銀座の香り


ところで、街の空気に匂いはあるでしょうか。銀座の街の香りとしては、国内外の老舗ブランドの大きな出入り口から漂うフローラルな香りをあげる方が多いとよく耳にします。銀座3丁目のラグジュアリー・クロス(ヴィトン・シャネル・ブルガリ・カルティエ)やティファニーなどのエリアに佇むと、確かに甘く芳しい香りが漂ってきます。あるいは、書画の老舗・鳩居堂や香の老舗「香十」の前を通り過ぎるとき、【香】に代表される日本の懐かしい香りが頬に触れて思わず立ち止まってしまいます。
そういえば、明治伝来の香の調査によって蘇った「西洋と日本の香りの出会い」を銀座の街の香りとして再現している香があると聞きます。復刻版「香水香」「銀座花粒」(香十謹製)は、銀座老舗専門店の伝統の技術が生んだ逸品として今に語り継がれています。


▪️五感MAXの体験

さて、これまで銀座さんぽの感動の理由について、五感探検をしてきました。私たちは、歩きながら無意識の内に感覚センサーの感度を高め、使いこなして街を体感していることがお分りいただけたのではないでしょうか。
最後に、五感の中でも特に重要な聴覚についてアプローチする前に、五感フル活動のイベント体験での1シーンをご紹介します。

かつて、銀座の街全体をステージにして一日限定「夢のレストラン」なるイベントを開催した時のことです。何が「夢」か。銀座の老舗などから調達できる限り高品質の国産食材を集めて、ランチとディナーを著名シェフに創作してもらいお客さまに味わって頂く、つまり「銀座を丸ごと食す」を体験できるとんでもなく贅沢な企画でした。
食材の中には主食となる老舗料亭が仕入れる魚介類があったり、老舗ステーキレストランの牛肉、マリアージュのための老舗和菓子屋の瓦煎餅や最中の皮、イタリア・フィレンツェ発祥のサンタ・マリア・ノッヴェロのハーブ、デザートのための銀座蜂蜜プロジェクトの銀座ハチミツ、天空水田(白鶴)の日本酒、海外ブランドのアイスクリーム、ブルガリのチョコレートなどなども集められ、奇跡の一皿(フルコース)が出来上がりました。
料理を担当下さったのは、イタリアレストラン・山形アルケッチャーノの奧田正行シェフ。もとよりあらゆる食材の組み合わせができる天才と呼ばれる料理人のイベントとあって、5万円という参加費にもかかわらず30名ものお客様が参加下さった伝説のイベントです。山形から直送される新鮮な山の幸が盛り込まれたことも大いなる魅力だったと思います。
ランチが終わり、その会場(銀座7丁目)からディナー会場(銀座1丁目)への移動の時間を使って、食材調達の店を辿りながら銀座散歩に繰り出します。参加者一同インカムを装着して、銀座の街が紡ぐ時代の鼓動につながる物語りや、それぞれの老舗店主の語りをリアルにお伝えする仕掛け。ところがその道中、なんとインカムのトラブルがあり、しばらくの時間「音」なしでのご案内を余儀なくされてしまいました。その時に、一緒に同行してくださっていた奥田シェフからこんな言葉が興奮気味に発せられたのです。

「僕は今日、すごい発見をしましたよ。インカムから街や店の物語の解説がなくなった途端、今まで生きて見えていた街が全く色のない世界に見えた。同じ建物、街・店の風景なのに全然自分の中に魅力として落ちてこない。これは、一体どういうことだと考えていたんですが、そこにあるストーリーを活字で読むこととは異なる「声」の魔力。声が脳に届くことによって目の前の景色に命が吹き込まれて、静止画が急に動き出すような魔法を感じたんです」
他の参加者や店主からも「本当にそうだ」と共鳴の声をいただき、結果的に銀座アテンドのアナウンスに思わぬ賛辞をいただくことになりました。失敗から発見した新しい驚きは、イベントの栄えある教訓として今も「銀座散歩」のかけがえのない財産となっています。


▪️聞く(聴覚)ことは、心眼で見ること


「音が鳴り、空気を震わせ、伝播し、人の耳に入る」
この時に、物語が存在しうるのではないか。

目の前に広がる景色に「音」を通じて「いのち」を吹き込むことができる聴覚。ただの通りすがりのお店が、店主や職人の情熱的な語りによって「唯一無二」の特別なお店になる時、長い年月を経て培われたこだわりのある商品が勝手にその人心の内に住みついて、忘れられない思い出に変化します
実は「音」を通じて「いのち」が吹き込まれるのは、働く人々の気配、挨拶の声、大通りの雑踏、鐘の音、稲荷の賽銭箱の音、仕込みの慌ただしい音、シャッターの開閉、路地を掃くホウキの音、ウインドウを拭く音、のれんが動く気配、車のクラクション、ギギーというドアの開く音、自動ドアの開閉、EVのアナウンスなどなど、生きている街が奏でるすべての音がふくまれているからこそではないか、と思えるのです。



▪️街が人間化するということ


銀座中央通りに幾重にもクロスする、銀座の記憶を呼び起こす名のついた通り、並木通り、柳通り、マロニエ通り、松屋通り、みゆき通り、交詢社通り、花椿通り。碁盤の目の様に規則正しい通りの連なりで街は創られています。美しい形状の銀座の街を称して、縦糸と横糸が丁寧に紡がれた織物のようだ、と語られる一方、その織物に、まるでほころびに当て布をしたような異質な面白さをすべりこませている路地たちは、また別の次元の銀座らしい美意識を放っているようです。光と影、乾きと潤いを呼び込む、銀座の血流ともいわれる「路地」に潜ると、また別の銀座が見えてきます。今に至るも地下に「宝」が眠る路地や、人々の安全や繁栄を願う300近い稲荷、江戸時代から路地を守るために奮闘する「守人」たち。まさに、表面からはけっして見えない、奥底にある真の銀座です。その物語には枚挙に遑がありません。

フェルメールなどの展覧会を企画している銀座の老舗画廊の店主が、面白い話をしてくれました。
『絵を描くというのは物語を作ることと似ていて「事実を線に沿ってつなげる」ということを縦糸だとすれば、それ自体は作家にとっては不可欠な事。ですが同時に、それだけではいい絵(いい物語)は成立しない。いろいろ異質な要素をその中に招き入れることでしか、絵は生きたものにはなりません。その異質さが横糸だとすれば、それを私は「物語を人間化」することだととらえていて、銀座の街もどこかそれに似ている気がします』

私たちが銀座の街を回遊する時に感じる高揚感は、特に路地に潜った時に訪れます。バックヤードを垣間見るとその世界が身近に立体的に感じるのと同じで、表の銀座中央通りとは違う異質さに触れて、無機質な街が実は「生きている人間だった」という驚きを体感するのです。店主のお話を聞いて、その謎が解けたような気がして、今日もまた銀座の路地に迷いたくなる衝動に駆られるのです。

五感を高揚させてフルに使って街を歩くと、今まで見えていなかった、そうした時代の風や変化までもが見えてくるようです。
銀座の街を回遊するときには、どうぞご自分の感性を信じて街の空気感を身体中で感じてみてください。これまでとは違う銀座に出会えるかもしれません。


              銀座お散歩マイスター/ライター 岩田理栄子

〈editorprofile〉                           岩田理栄子:【銀座花伝】プロジェクト・プロデューサー         銀座お散歩マイスター / マーケターコーチ
        東京銀座TRA3株式会社 代表取締役
        著書:「銀座が先生」芸術新聞社刊








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