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アスリートは翻訳家であれ - 後編:翻訳がもたらす2つのメリット -

このnoteは前編後編に分かれており、先日UPした前編ではアスリートにとってなぜ翻訳が重要なのかを説明しました。

前編の内容の繰り返しになりますが、アスリートにとって翻訳が重要な理由は以下の2点です。

① 必ず現役引退が訪れるから
② 理論を持たない超実践型の選手が多いから

そして後編では、翻訳によってアスリートが得られるメリットについてまとめています。キャリアに関する内容がメインですが、翻訳によって得られるメリットは何もそれだけではありません。

① 翻訳は社会に効く

これは先日のイチロー選手の引退会見で、改めて感じたことです。

アスリートは多くのリソースを競技に注ぎ、ピラミッドを登ってきた人達です。桁違いの量と質をこなしてきたからこそプロ選手になることができた。

私はアスリートと向き合う時に「人間的な強さ・しなやかさ」をビシビシ感じます。それは競技を通して一定以上の高さまで登った経験と自信に由来するもので、経営者と会話をする時にも同様の感覚に陥ります。

コレ!といった正解を定義しづらい現代においては、答えのない日々を走り続けてきたアスリートの思想や背中は多くの人に勇気を与えると思っていて、だからこそ、競技を通して得られた経験や思想をアスリートの中だけに留めておくのはもったいないのです。

そして、多くの人の心に届くアスリートの言葉は例外なく"抽象化"がなされています。この抽象化こそが、翻訳です。

イチロー選手が引退会見で話した言葉は全て野球人生で得た経験がベースとなっていましたが、その内容は広く一般市民の人生にも置き換えられるメッセージでした。

引退会見で特に印象に残ったイチロー選手の言葉がこちらです。

Q.質問
日本人としてイチロー選手を誇りに思っている人は多い。生き様で伝わっていたら嬉しいなと思うことはありますか?

A.回答
生き様というのは僕にはよくわからないですけど、生き方という風に考えれば、先ほども話したように、人より頑張ることなんてとてもできない。

あくまでも秤(はかり)は自分の中にある。

それで自分なりに秤を使いながら、自分の限界を見ながら、ちょっと超えていくを繰り返していく。するといつの日か「こんな自分になっているんだ」という状態になって。少しずつの積み重ねしか、それでしか自分を超えていけないと思うんですよね。一気に高みに行こうとすると、今の自分の状態とギャップがありすぎて、それは続けられないと僕は考えている。
地道に進むしかない。進むだけではないですね。
後退もしながら、あるときは後退しかしない時期もあるが、でも自分がやると決めたことを信じてやっていく。それが正解とは限らない。
間違ったことを続けてしまっていることもある。
でもそうやって遠回りすることでしか、本当の自分に出会えない。

繰り返しになりますが、アスリートの思想や哲学は現代を活きる人達に勇気を与えます。競技で得た経験や思想を翻訳・言語化し、社会に対して影響を与えていくアスリートが増えていくことを願っています。

▼イチロー選手 引退会見全文


② 翻訳はキャリアに効く

前編の記事で『アスリートが翻訳すべきは競技で培った経験』と述べましたが、後編のこの記事ではこの"経験"について具体的に説明します。

そもそも、アスリートが競技を通して得た経験から翻訳できるのは、“スキル”と”スタイル”の2つです。アスリートがキャリアを考えようとする時、スタイルとスキルを混同して捉えてしまいがちですが、この2つは明確に分けて考える必要があります。

スキルとスタイル

スキルの定義は【物事を行うための能力】であり、サッカーのスキルについて羅列すると以下となります。

パス/シュート/ドリブル/ヘディング/トラップ/ランニング/ポジショニング/語学/コミュニケーション/ etc..

競技を通して獲得したスキルの内、そのままビジネスへ翻訳・転用できるものは多くありません。強いて言えば、語学力・コミュニケーション能力でしょうか。

対して、スタイルの定義は【姿・格好・様式・型】であり、競技を通して身につけた考え方や行動のしかたのことです。これらは十分にビジネスシーンへ翻訳・転用することができます。

体育会系学生が就活の面接で言いがちな「リーダーシップ・チームワーク・忍耐・継続」等は確かにTHE 体育会系スタイルではあるのですが、より具体的に掘り下げた個々のスタイルにこそ意味があります。

イチロー選手の引退会見でも、スタイルに関する回答が非常に多かったことが印象的です。

Q.質問
最低50歳までは現役のために、日本に戻ってきてプレーする選択肢はなかったか。
A.回答
なかったです。有言不実行の男になってしまったけれど、その想いを表明してなかったら、ここまで来れなかった。難しいかもしれないけれど、言葉にして表現することは目標に近づく一つの方法じゃないかなと思います。
Q.質問
夢を叶えて成功して、何を得たと思っていますか。
A.回答
どこからが成功で、どこからがそうじゃないのかは判断できない。やりたいならやってみればいい。できると思うから挑戦するのではなく、やりたいと思うなら挑戦すればいい。そのときにどんな結果が出ようと後悔はないと思う。自分なりの成功を勝ち取ったところでじゃあ達成感が残るかというと僕には疑問なので、基本的にはやりたいと思ったことに向かっていきたい。


スタイルに関する3つの主張

1つ目の主張は、競技で培ったスキルをオフザピッチに翻訳することは難しく、反対にスタイルは積極的にオフザピッチへ翻訳すべきということです。

私自身もかつてはプロ選手を目指したサッカー小僧でした。

幼少期〜中学時代、身体が小さく・足も遅く・テクニックも特別優れた選手でははなかった私は、中盤の位置から常に周りを見て・運動量を増やして・パスコースを作って・コーチングをして、人を活かしながら自分も活きることを意識してチームの中に居場所を作っていきました。

結果的にプロ選手には遠く及びませんでしたが、サッカーにおけるプレースタイルと仕事のスタイルは一致しているなぁと感じています。

仕事をする際に私が心掛けていることは、チームのスタッフが円滑に動けるようにプロデューサーとしてマネジメントすること。また、得意なことは情報を整理して企画の切り口を見つけることです。ゴールよりアシストが好きで、ボランチっぽい動きが得意です(笑)


そして2つ目の主張は、自らのスタイルを基礎に置き、その上でどんなスキルを獲得していくのかを考えるべきということです。

競技を通して培ってきたスタイルはビジネスシーンでも間違いなく通用します。むしろ、競技を続ける過程で一般的なサラリーマンとは比較にならない強度のスタイルを全アスリートは身につけていて、そうでなければプロ(=突抜け人材)にはなれません。

その上で、アスリートがキャリアについて考える際には
①自らのスタイルを理解した上で
②スキルは新しく習得するものである

ということを認識する必要があります。

当然と言えば当然なのですが、ビジネスシーンで活きるスキルが手元になければ、新たに身に付けなければなりません。そして身につけるスキルは、自らのスタイルにマッチしていることが望ましいです。GKタイプなのにシュート練習ばかりしていても効果的ではありません。

また、引退後に指導者に転身するアスリートは多い一方で、プレーヤーに求められるスキルと指導者に求められるスキルは異なります。指導者になる場合であっても、きちんと顧客に価値提供できる指導者になる為には身に付けなければいけないスキルは山程あるということです。


3つ目の主張は、メタ認知能力を高める必要があるということです。

結論から言うと、アスリートが自分の経験を翻訳出来るようになる為にはメタ認知が出来るようになる必要があります。

メタ認知とは「客観的な自己」「もうひとりの自分」などと形容されるように、現在進行中の自分の思考や行動そのものを対象化して認識することにより、自分自身の認知行動を把握することができる能力である。 

つまり、メタ認知とは俯瞰的に自己を捉えることであり、自分が認知していることを客観的に把握し、制御することです。

加えて、アスリートは社会人⇔競技者の間を行ったり来たりする、という意味でのメタ認知能力も高める必要があると考えています。

アスリートは優秀であればある程、どうしても幼少期から閉鎖的な環境で過ごす時間が多くなりがちです。それ故に、外の領域と照らして自分はどうなのか、を客観的に理解することが苦手な選手も多い。

日頃から意識的に外の領域から刺激を受け、傾聴力&対話力を高めていくことで、競技者としての自分を社会人としての自分からメタ認知することができるようになっていくでしょう。

本田圭祐選手が、サッカー界から飛び出して横断的に活躍することができるのも、サッカー以外の領域に飛び出して各界のトップランナーから刺激を受けて自分自身をメタ認知していることに起因します。

ACミラン移籍を決断した理由を問われた本田選手が「リトルホンダがそう答えた」と言ったエピソードも、もう1人の本田選手が本田選手自身をメタ認知しているからこそ生まれたのではないでしょうか。


体育会学生も、翻訳を。

先日、学生団体「I am」のスポーツ×キャリアのイベントに参加させていただいた際に、体育会学生も就職活動に際してスタイルとスキルが混同しているケースが多いように感じました。

語学やプログラミングのスキルを持っていたり、インターン等で実務経験を積んだ学生であればそのスキルを積極的にアピールすべきですが、就職活動の時期にビジネスシーンで通用するスキルを持っている学生は一握りだと思います。

「学生時代、どんなことをしましたか?」

「あなたにはどんな強み/弱みがありますか?」

面接官がこのような抽象度の高い質問を投げかけてくる訳は、あなたのスタイルを知りたいからです。「この子であればA社の社風にマッチするかな、頑張ってくれるかな」といった具合に。

専門職採用の場合は当然スキルを問われますが、総合職採用の場合はスキルよりもスタイルを問われています。


最後に

アスリートが競技を通して培ってきた経験や人間的魅力を、スポーツの領域だけに留めておくことは社会にとってもアスリート個人にとっても大きな損失です。

アスリートの経験や人間的魅力を広く社会に還元することが出来れば、社会を前進させるエンジンにも成り得ると大真面目に考えています。それだけのポテンシャルがアスリートにはあります。


最後までお読みいただきありがとうございました!



fin.

五勝出拳一[ごかつでけんいち]
電通ライブ ← 東京学芸大学蹴球部&全日本大学サッカー選抜 主務|サッカー選手育成アカデミー神村学園淡路島キャリアアドバイザー|アスリートの価値を世の中に還元する|COYG|日本に40人の苗字、ゴカツデです。



いつも読んでいただきありがとうござます:)